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金糸雀の唄  作者: 羽衣石みお
流れ落ちる砂
15/18

 むすっと膨れた顔を横目で覗き見る。

「お姫様は何がそんなに気に入らないのですか?」

「お姫様じゃないですし、別にいつも通りです」

 助手席に座る花梨は俺に視線を向けずに、表情を変えずに冷たく言い返した。

 踏み込ませない空気を纏っているのは明らかだったが、俺には関係ない。そこにずっと探してきた人物がいるのだから、話しかけたいと思うのは普通だろう?

「じゃあ、何でそんなに機嫌が悪そうなんだ?」

「元々こういう顔ですけど」

 ますます不機嫌な声音へ変わる。それが俺には面白くて仕方がない。

 変わった、とは思わない。その瞳に宿る輝きは一つも落ちていない。

 世の中の汚さを知り、それでもそんなに綺麗な瞳を持つ花梨は、やはり俺にとっては天の使いと言っても過言じゃない。本人に言ったら「気持ち悪い」とか言われかねないが。

 俺にとって花梨との出会い、そして思い出は運命を変えるものだった。けれど、俺は花梨の人生には欠片も残っていないのかもしれない。それでも、今こうやって一緒に居るのだから、人生というのは不思議なモノだ。

「そういえば、最近私の面倒を押しつけられていて、他の女性が嘆いて居るんじゃありませんか?」

 ヤキモチからの言葉だったら嬉しいが、それはない。

 たぶん、ホテルのメンバーの誰かに吹き込まれたに違いない。

「特定の相手はいないから、問題ないかな」

 特定の相手は作らない。肉体的な関係を持つことはあっても、それは一晩だけの関係。

 それ以上を求めるような相手とは、最初からそう言う関係にもならないが。

「ふぅん。本当に遊び人なんですね」

「まぁね」

 そこは否定しないでおこう。

 花梨の中での俺という人間は、きっと悲しいくらい評価は低いだろう。強いて言うならば、愛子除けみたいなものだ。

「つまらないでしょう?」

「何が?」

「私みたいな、特に可もなく不可もない、普通の……むしろ、普通以下といっても、過言じゃない女の相手をするの」

 普通以下どころか、ある意味早紀より特別な存在なのに、卑下するのは花梨の悪いところだと俺は思っている。本人に指摘した所で、受け入れてもらえるとは思っていないが。

「女の子に可もなく不可もなく、なんてないでしょ? みんな何かしら良いところがあって、悪いところがある。女の子に限らず、人間誰しも」

 花梨は変な顔をして俺を見ていた。

「どうした?」

「いえ、なんか、まともなことを言っていたのでびっくりしました」

 花梨の声はからかうような感じではなく、至極真剣だった。

 こんな風に花梨が、俺にまっすぐと視線を向けてきた事はあっただろうか。いや、ない。

「良いところ、あれば良いんですけどね」

 そう消えそうな声で呟いた花梨の横顔は、とても儚げで、今にも空気にとけ込んでしまいそうだった。

「……花梨は、真面目じゃん?」

「ただ、融通が利かないんです」

「優しいじゃん?」

「八方美人なだけです」

 思いついた良いところを挙げるも、即答で否定する花梨。

 花梨が少し前に、男にだまされたと言うことは、総の調べで知っていた。花梨が決めたのなら、それはそれで良いのかも、とは思っていたが、そのことで花梨は自らをずっと責めているのだろう。

 自分の見る目が無かったと。

 騙された自分が悪いのだと。

 花梨は悪くないのだと、言ってやりたい。しかし、俺にはその権利はない。権利を得ようとも思っていない。俺は花梨の人生に干渉したくない。

 花梨が幸せに、楽しそうに微笑んでいる、そんな未来を選び取るのを祈るしか出来ない。

 それで良いとのだと思っていた。

「融通が利かなくて、八方美人な事は、いけないことなのか? ダメなのか?」

 尋ねずにはいられなかった。

「人の顔色窺って、みんなにいい顔しようとしているのって、嫌でしょう」

「それは花梨の優しさ故じゃないのか?」

「私は優しくなんてないです。ただ、頭が悪いだけ。馬鹿だから、すぐに人を信じてしまう」

「人を信じる事は悪いことじゃないだろ。そう言う人間を騙そうとする人間が悪い」

「ちがいます。騙される方がいけない。世界は、そう言う風潮じゃないですか」

 確かにそうだ。

 騙す方が明らかに悪いのに、騙された方が悪い。そう言った風潮があるのは完全に否定することは出来ない。

「何も疑わず、ほいほい人の言うままに生きてきた。疑問に思いもせずにね」

「騙した方が悪いに決まっているだろう。信じた気持ちを踏みにじるような行為が正しいとは、俺は思わない」

 俺の生きてきた世界は、騙された方が悪いと言うのが当たり前のような世界だった。でも、花梨が生きている世界は、そんな世界であって欲しくない。

「何も知らないくせに、どうしてそんなきれい事ばかり言うんですか」

 花梨の言葉に、珍しく感情があふれていた。

「俺の生きてきた世界は、花梨の世界より汚い世界だ。こちらの世界では確かに、騙された方が悪いが、普通の世界だったら、それは違うと俺は思う」

 運転しながらこれ以上話すのは無理だと俺は思い、車を停めた。

「ちがう。騙される方が悪い。何も知らないのが悪い。結局最後に痛いのは自分なのに」

 花梨の両目からはいつからか涙があふれていた。

 花梨の傷は、何も癒えて居なかったのだろう。誰にも打ち明けられず、ひたすら自分を責めて生きてきたのだろう。

 どうして俺は、もっと早く花梨のことを探さなかったのだろうか。

 横田グループの力を持っていれば、人を一人くらい捜すことはどうにか出来ただろう。悲しみよりも、自分のふがいなさに涙を流す花梨を見ずに済んだかもしれない。

 守る事が出来たかもしれない。

 こんな大事なタイミングで早紀から、花梨へと導かれるなんて思っていなかった。

 いや、金糸雀である早紀だからこそ、俺の元へ花梨を連れてきてくれたのだろう。

「みんな私を笑ってたよ。アイツは馬鹿だって。信じていたから、相談してたのに、その人間に裏切られるだなんて、誰が想像していた? 疑えた? なぜ私はそんなにその人を信じてしまったの?」

 詳しい事は何もわからない。ただ、花梨は男に騙された、という事実しか俺は知らない。

 そんな俺が、何を言えると言うのだ?

 うわべだけの言葉じゃ、花梨の奥底までは到底届かないだろう。

「もう、誰も信じたくない」

 しゃくりあげながら、花梨は言葉を続けた。

「それなのに、一人は、寂しいよ。ホテルに行くと、みんな楽しそうなの。その空気の中にいれば、少しは気が紛れるような気がして、いたけれど、やっぱり私はあの輪の中には入れない」

「じゃあ、俺を信じろ」

 考えるより先に言葉が出ていた。

「遊び人なのに?」

「別に誰だって良かったんだ。俺には俺の女神が心の中にいたからな。その女神以外には興味がなかった」

「その女神がいるのに?」

 その女神は花梨、お前だよ。そう言いたかった。

 でも、今はまだそのときではないような気がした。

「その女神はいつだって俺の心に居る」

「信じて、裏切られるのがどれほど痛いか知っている?」

「神になんて誓わない。だけど、俺は、風間花梨を裏切らない。たとえ、世界の全てが敵になったとしても、俺だけはお前の味方であり、理解者である」

 少しでも伝わればいい。そう、願わずには居られなかった。

「なんでだろう。総一郎氏も、玲一氏も、恐ろしいほどのカリスマを持ってるからかな。その言葉を信じても良いんじゃないかって、思っちゃう。甘えかな、依存かな」

「甘えれば良いじゃないか。依存したっていいじゃないか。ダメだって、誰が決めた?」

「重いかもしれないよ?」

「良いよ。全部は無理かもしれないけれど、それでも花梨の苦しみの一部くらいは俺が持つ」

 だから、笑って欲しい。

 これは俺のただの予想でしかあり得ないが、花梨にはこの先も沢山の試練が待ち受けているのだろう。そのとき、何も出来ないかもしれないけれど、それでも、俺の側に居れば少しは心が安らぐような場所になりたい。

「俺は、花梨が側にいて、少しでも気が抜けるような居場所になってやる。だから、そんなに、頑張らなくて良いんだよ、そんなに自分を責めなくて良いんだ。花梨は、もう十分すぎるほど頑張って生きてきたじゃないか」

 俺はそう言って、花梨の涙を指ですくった。

完全に自分のマイナス感情に引きずられてる感がぱない、後半wすみませんw

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