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金糸雀の唄  作者: 羽衣石みお
流れ落ちる砂
12/18

1夢のはじまり

またも花梨視点に戻ります

 夢、夢を見る。

 毎日、毎晩、夢を見る。

 色んな世界に散らばった記憶の断片。

 まるで割れた鏡のように、無数に存在し、それらが合わさって、少しずつ私を形成していくのを感じる。それでも、ある一瞬、闇の記憶が浮かび上がる。

 手足の自由を奪われ、恐怖の記憶。何が起きているのかわからないけれど、とにかく恐怖だった。

 やめてと、声を上げようにも、記憶は私のものであっても、体験したのは私じゃない。だから、声など出ない。恐怖で声が出ないのを感じた。

 その記憶が途切れる最後の瞬間『ごめんなさい』と言う声が耳に響いた。



 目が覚めると、驚くくらい汗をかいていた。真夏の炎天下を延々とマラソンをしていた、それほどの汗の量。普通じゃない、と自分に驚いた。

 あの日、横田双子に『金糸雀』という、不思議な存在を聞いた。

 ファンタジーの世界にでも紛れ込んでしまったのかと、立ちくらみを覚えたが、あの横田総一郎が双子の兄弟を必死に止めようとしていたところを見れば、それは真実なのだろうと思わざるを得なかった。

 よろりと倒れるように、ベッドから転がり出て、会社へ行こうと気分を切り替えた。

 いつの間にか日課になっているメイクをして、ポニーテールをシュシュで止める。幼く見えるかもしれないけれど、昔からポニーテールはお気に入りの髪型だった。

 一時期ショートの頃もあったけれど、やはりポニーテールが一番落ち着く。

 食パンを軽くトーストして、イチゴジャムを塗りつけて、カフェオレを淹れてほんのひととき、朝の忙しさを忘れる一瞬を楽しんだ。

 そして、私は家を出る。

 いつもの道を歩いていると、公園が見えた。そして、その脇に見たことのある白い車が停まっていた。

 足早にその横を通り抜けようとしたけれど、私の姿を確認した車の持ち主は、さっと車から降りて私の前に立ちはだかった。

「おはよう」

 にこり、と言うよりニヤリと言う表現が当てはまるような笑顔を私に向けた。

「おはようございます、横田玲一さん」

 私は顔も見ずに、彼の足下へ視線を落として返す。

 あれ以来、彼は毎日私の前へ現れるようになった。たぶん、監視なのだと思う。

 それ以外に私の価値があるとは思えないし。

「玲一で良いって、言っただろ」

 そう言うと、横田玲一は私の腕を掴んで、そのまま助手席へと押し込んだ。最初の頃は抵抗していたけれど、近所の人に通報されるぞ、と脅されて、それはそれでめんどくさいので仕方なく、横田玲一の言うことを大人しく聞いている。

「いつも、ありがとうございます」

 会社に送ってくれ、なんて一度も頼んだ事はないけれど、毎日車で送ってくれる。たとえ、横田玲一が来られなくても、変わりに横田総一郎が現れる。

 あの横田グループの優秀な双子にここまでされてしまう、自分に疑問が沸いて、一度横田総一郎へ尋ねた事があった。

「どうして私の事を送迎してくれるんですか?」

「私たちには、姉が居るのですが……その人が少し面倒な人なので、私か玲一が動くことにしています。あの人は私たちが自ら動くなんて、思ってもみないでしょうから」

 横田の双子の姉。

 どんな人かは知らないし、何となく触れない方が良いのかなと、総一郎氏の話を聞いていて感じたので、玲一氏にも聞けずにいた。

 それに、私に関係ない人のことを知ったところで意味がない。

「まぁ、俺たちが巻き込んだんだから、これくらいはするよ」

 シートベルトを締めると、玲一氏はこちらへ笑顔を向けた。

 その笑顔がまっすぐで、まぶしくて、私は直視出来ずに、うつむいた。

 横田の双子は優しい。

 きっと分け隔て無く、誰にでも優しいのだろう。そう思わなくては、時々その笑顔に勘違いしそうになる。

「体調の変化はない? 夢は、見てる?」

 まっすぐ前を向きながら、私に尋ねる。ラジオからは、今一番ヒットしている映画の劇中歌が流れていた。

 夢の話は、玲一氏にしかしていない。なぜか、総一郎氏に話すのは躊躇われた。玲一氏も何を考えているかはわからないけれど、総一郎氏の方が腹黒い印象があるのだ。

「夢、見てます。見ている時はしっかりとはっきりとしているのに、目が覚めるとかすんでしまう」

「いつも同じ夢が最後に来るんだっけ?」

「はい。内容はわからないけれど、とにかく怖い、と言う印象が残ります」

 その恐怖からなのか、他の夢の内容は忘れてしまう。夢が夢だと理解するのに、何日かかかってしまった。最初の頃は、夢と現実の区別が付かないくらい混乱していた。

 私の様子を心配して見にきてくれた、玲一氏に現実へ引き戻してもらわなかったら、今、私はどうなっていただろう?

「怖い夢か。早紀が何か関係しているのかもなぁ。残念ながら、金糸雀の事はほとんど解明されていないからな」

 金糸雀が存在している、と言うことは知っている人は知っている。しかし、金糸雀は自らの事を話さない、否。話せないと言うことらしい。

 横田家で早紀を保護したものの、早紀は金糸雀であることは間違いないらしいが、彼女がその力を発現させたのは、先日が初めてだったという。

 なぜ、どうして今になって、金糸雀の力に目覚めたのだろうかという疑問は消えないまま、解明することも出来ずに、早紀の実家に連れ戻されない様にするだけで精一杯らしい。

 全ての事象に『らしい』という、不確実な情報の証がくっつく。

「別に俺は金糸雀にも、早紀にも興味はないけど。花梨の見てる夢の方が気になるな。一緒に寝るか?」

 玲一氏の悪いところは、女性を口説きたがるところ。こんな私なんかを、口説いて何が面白いのだろうか。

「結構です」

 きっぱりと断ったのに、その横顔はなぜか楽しげだった。

 総一郎氏も変な人だと思ったけれど、玲一氏はそれ以上なのかもしれない。

「俺もまだまだだな」

 楽しそうに呟いて、彼は運転に集中した。

 私はラジオから流れてくる音へ耳を向けて、過ぎていく世界をぼんやりと眺めた。

 不思議と、玲一氏との間に流れる沈黙は気まずいと感じない。彼が、人との距離の取り方が上手いからだろう。

 私は人と距離をとるのが、とても苦手だ。

 近すぎるか、遠すぎるか。

 ちょうど良い、というのが難しい。ううん、出来ない。出来なかったからこそ、出会って親しくしてくれた友人達を、傷つけた。

 その刃は、諸刃の剣。誰かを傷つけるという事は、自分にも返ってくると嫌と言うほど、知った。

 玲一氏は、私に踏み込みすぎず、そして自分に近づけすぎない。その距離感が、とても居心地が良かった。何を考えているのかはわからないけれど、彼は私を傷つけたりはしないだろうと、なぜか思いこんでいる自分がいる。

「ついた」

 玲一氏の声で、一気に現実が戻ってきた。

「ぼんやりしてたけど、大丈夫か? 何なら俺の病院で診察しようか?」

 表情は完全に私をからかっていたけれど、その瞳の奥には優しさがわずかに宿っているのがわかった。

「大丈夫です」

「全然表情かわらないよなー。気分が悪くなったら、総にでも連絡して来てもらえよ」

 がっかりしたそぶりを見せながらも、さりげない優しさは忘れない。彼がモテるのは容易に想像できた。

 しかも玲一氏は医者らしい。ちゃらんぽらんに見えるので、そんな実感がわかないけれど。医者でイケメンでさりげなく優しくて。モテる要素しか持ち合わせていない。

 そんな彼の唯一の不思議なところは、自分の病院を持っていることだった。横田グループにだって、病院はあるはずなのに、彼は横田家から離れて暮らしている。

 二人の弟の拓海だって、横田グループに関連しているし、あの弓弦だって大学院を出たら、横田グループに就職するのが約束されているのだから。

「別に好きでこんな顔しているワケじゃないですけど」

 私は車を降りて、運転席の窓を開けている玲一氏へ言葉を投げた。

 私はあまり表情に出すのが得意ではないようで、何を考えているのかわからないと言われる事が多い。

「損だよな、まっすぐなのに」

「え?」

 聞き返した瞬間、車は発進していた。

「私の、何を知っているつもり……?」

 何も知らないくせに、なぜ知ったような口ぶりをしたのだろう。

 もの凄く気分が悪くなった。

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