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金糸雀の唄  作者: 羽衣石みお
有栖川早紀
11/18

早紀視点になると、元々狭い世界がますます狭くなる…読みにくかったらすみません。

 日常が、戻ってきていた。

 花梨ちゃんに出会う前と、全く同じ日常。それなのに、花梨ちゃんが居ないという事だけで、なぜか心がぽっかりと、穴が開いてしまったかのようだった。

 みんな、そんな私の様子に気がついているのだと思う。

 でも、あえて言わないのは優しさなのだろう。いつも、いつだって、ここにいるみんなは私に優しい。

 総一郎さんや拓海くん、そして弓弦くん。翔平(しょうへい)さん、(ひろし)くん、哲也(てつや)くんに邦彦(くにひこ)くん。

 一見つながりが見えない皆が、私を通して出会い、今は親しくしていて、そしてお互いを尊重しながら、この場所へ集まっている。

 それは、見慣れた風景でもあった。でも、それがもう以前の風景と違うことを、私は知ってしまった。

 この小さな私の世界に、新しい風が吹いた。私の世界には同性の子はいなかった。

 各界の特別な人たちが集まり、時折パーティーへ連れて行ってもらって、皆が女性にとてももてる事は見て知っていたから、不思議ではなかった。でも、そう言う場所へ行っても、私には友達と呼べるような存在は出来なかった。

「羨ましいんだろうね」

 そう、弓弦くんが言って居たことを思い出す。私にとって、皆が居ることが普通だった。羨ましがられる事だなんて、言われるまで知らなかった。気づかなかった。

「花梨さんにとっては、私たちの肩書きというのは、どうでも良いことのようですよ」

 総一郎さんが、花梨ちゃんの事を言っていた。

 横田家の時期トップだとか、海外で活躍するサッカー選手だろうが、有名な建築士だろうが、花梨ちゃんは興味がないのだと、言っていた。その感覚は、とても私に近い気がして、勝手に親近感を持っていた。

 だからこそ、余計に私にとって花梨ちゃんという存在は大きかったのかもしれない。

 小さく溜息が漏れた。

「早紀ちゃん、溜息すると幸せが逃げていっちゃうんだよ」

 いつもの優しい笑顔を浮かべて、弓弦くんが私を見ていた。

 弓弦くんの言葉が、ふと、引っかかった。

「ねぇ、弓弦くんの幸せって、なぁに?」

「え」

 弓弦くんが、驚いた。

 その弓弦くんに、私もまた驚いた。

 こんな風に弓弦くんが表情を変えることは、とても珍しかった。

「早紀ちゃんにそんな風に返されるなんて、思っていなかったよ」

 弓弦くんは、ゆっくりと息を吐き出した。

「僕にとっての幸せは、早紀ちゃんが笑っていてくれること、だよ」

 まっすぐに、その眼差しは真剣そのもので、ドキっとさせられた。

「それで、本当に弓弦くんは幸せ?」

 私の笑顔が幸せ。本当に、それで弓弦くんは幸せなのだろうか。

「……そうだよ」

 何かを言いたげに瞳を揺らしながら、少しの間を開けて、答えた。

 これは、きっと聞いてはいけなかったのだ。

「ほら、そんな顔しないで? 僕の事は気にしないで? 辛い思いをさせてしまって、ごめんね。僕は、早紀ちゃんが笑ってくれていれば、幸せだよ」

 弓弦くんの手がゆっくりと伸びてきて、私の頬を優しく撫でた。

「ありがとう」

 そうとしか、言えなかった。

 花梨ちゃんだったら、どうしただろう?

「花梨ちゃんのこと、気になる?」

「どうしてわかっちゃったの?」

「顔に書いてあるよ」

 弓弦くんは楽しそうに笑った。

「すぐ、顔に出ちゃう」

「いいじゃん、そこが早紀ちゃんの良いところだと思うよ」

「そうかなぁ」

 思ったことが、すぐに顔が出る事が良いことだとは、到底思えない。

「やっぱり、あれ以来僕も詳しくは教えてもらえてないんだよね」

「そうなんだ」

「拓海くんは教えてもらってないみたいだし。あそこの双子は、本当に秘密主義だよね」

 総一郎さんと玲一さん。

 性格は月と太陽の様に違うのに、その核に宿す光は同じ。

「やんわりと、教えてくれない総一郎さんに。きっぱりと、壁を作ってしまう玲一さん」

 昔、私が出会った頃の玲一さんは、もっと近付きやすかった。ある日、玲一さんは変わってしまった。

 何かが、誰かが、玲一さんに圧倒的に変化をもたらした事はわかるのに、何があったのかは教えてもらえなかった。変わってしまった玲一さんは横田家を捨てるように出て行き、一人でバイトや奨学金と言ったもので、大学に通って、お医者さんになった。

「早紀ちゃんもよくわかってるね」

「総一郎さんとは、ずっと一緒にいるからね」

 いつも、いつだって総一郎さんは私の隣に居てくれた。玲一さんが出て行く前からも、そして居なくなってからも変わらずに側にいてくれてた。気が付くと、私に危険が及ぶ前に、いつでも先回りしてくれていた。

 今回だけは、さすがの総一郎さんには予想できなかったから、多分、見える以上に焦っていたと思う。しかも、玲一さんまで、出てきてしまったのだから。

 本当は玲一さんよりも、先に総一郎さんへ連絡した方がよかったのかもしれないことに、今頃私は気が付いた。

「いくら僕ががんばっても、総一郎さんが早紀ちゃんにしてあげてきたことができるとは、思えないけれどね」

 そう言った弓弦くん横顔はどこか寂しそうだった。

「それにしても、いくら金糸雀が係わっているからって、よく玲さんが動いたよね」

「そうだね」

 あの時、私が電話した時、玲一さんには『出ない』という選択肢もあった。連絡しないでと言われているのに、連絡したのだから、そうされる可能性の方が高かった。

 それでも、玲一さんは私からの電話に出てくれた。

「僕が着いた時には、玲さんが花梨ちゃんを抱き上げて、車へ運ぶところだったかな」

 胸の奥がちくりと痛んだ。

 意識を失っている人を運ぶのだから、抱き上げていたってなにも不思議じゃないのに。むしろ、担ぐように連れて行ったとしたら、それこそ問題のような気もした。

「花梨ちゃんは大丈夫だったのかな」

 玲一さんの女性関係、というのは詳しくは教えてもらっていないけれど『派手』ということだった。

「意識を失っている人に手を出すほど、女の人には困ってないと思うよ」

 弓弦くんのは、フォローなのかそうではないのか……。

「そうじゃなくて」

「そうじゃないの?」

 間髪入れずに、弓弦くんが微笑んで首を傾げた。

「誰が、女に困ってないって?」

 いぶかしんだ声音、懐かしい声。

「玲一さん!」

 私はその声にはじかれた様に、顔を上げてその人を探した。

 目が合うと、玲一さんは軽く笑って答えてくれた。それだけで、胸の奥がぽかぽかした。

「そんな事言ってるって、総が知ったら怒るぞ」

 カラカラと楽しそうに玲一さんは笑った。

 裏のない笑顔。

「もう、そこで良いところもってっちゃうあたり、横田の双子は侮れないよね」

「お前は相変わらず生意気だな、弓弦」

「そうじゃないと、ついていけないからね」

「まだ拓海の方が可愛げがある」

「弟だからって、贔屓しているんじゃないんですか?」

「俺がそんな奴に見えるか?」

「みえなーい」

「だろう?」

 二人のやりとりを見ているだけで、それだけで楽しかった。

 何よりもそこに、玲一さんが居ると言う事実が、私にとっては奇跡のようだった。

「ところで、玲さんが来るなんて珍しいですね」

 先ほどの軽い口調から変わり、弓弦くんはまじめな声で話した。

「気が向いた」

「早紀ちゃんに会いに来たとかですか?」

「それはないな」

 一瞬期待してしまった自分が悲しかった。

 最初から答えはわかっていたのに、きっぱりと言葉にされてしまうとやっぱり悲しかった。

「玲さんは、もっと早紀ちゃんに優しくしてあげるべきじゃないですかー?」

「それは総の役目だろ? みんながみんな甘くしてたら、早紀の為にならないだろ」

「そのさりげない優しさも、計算?」

「計算もなにも、俺は優しくないだろ」

 玲一さんは呆れた様に笑った。

「僕にはわからないな」

 とぼけた様な声で、弓弦くんは答えた。

 玲一さんの優しさ。そんな発想は、私にはなかった。

 ただただ、玲一さんは私にだけは冷たいのだと思っていた。

「今日は二人しかいないのか? いつもはもっといるんじゃないのか?」

「みんな暇じゃないんだよー」

「俺だって暇じゃない」

「暇じゃない玲さんが、ここに来るなんて、やっぱり何か理由があるんですよね?」

「さっきも言っただろう。気が向いたって。それ以上の何があるって言うんだよ」

「……風間花梨」

 ぽつりと、弓弦くんが呟いた。

 玲一さんは顔色も表情も何も変えずに、弓弦くんの事を一瞥した。

「愛子さんが血相を変えて探してるよ」

 弓弦くんも、愛子さんが花梨ちゃんを捜していることを知っていた。

「愛子、か。どうして総じゃダメなんだろうな。アイツのほうが、よっぽど出来たヤツだと思うんだけどな」

「僕には横田家の姉弟事情はわからないからなぁ~」

「俺もよくわかってないけどな」

 玲一さんも、愛子さんがどうしてあそこまで自分に固執するのかがわからないという。

「私にもわかりませんね」

 新しい声が増えた。

「よ」

「総一郎さん! 花梨ちゃんも!」

 まさか二人が同時に現れるなんて、想像すらしていなかった。

 花梨ちゃんと目が合うと、花梨ちゃんは優しく微笑んでくれた。あんな事があってもなお、花梨ちゃんは私に変わらず微笑んでくれる。

「花梨ちゃんと総一郎さんが一緒に来るとは思わなかったよ」

「私が無理に連れてきたんですよ。愛子がしつこくて……」

「私は大丈夫です、って言ったんだけどね」

 花梨ちゃんが小さく溜息をついた。

「あのままでしたら、花梨さんは愛子に連れて行かれてましたよ?」

「私なんて、連れて行って何か良いことあるんですか?」

「そりゃ、金糸雀の被験者ともなれば、色々と調べたくもなるんだろう」

 玲一さんの口から、まさかその言葉が出てくるとは思っていなかった。

「ああ、風間花梨には俺達から早紀のこと、金糸雀のことは話したよ」

「被験者って言っても、何も異常はなかったんですよね?」

「異常はありませんでしたが、実はここ何年かは金糸雀の皆さんは、力を使えなくなっている状態が続いていたんですよ。そこに来て、早紀さんの力が発現したということは、実は結構大きなことなのですよ」

「え?」

 私が力がない、のではなくて、金糸雀自体の力が失われていた?

 総一郎さんの言っていることで、私は初めて自分が力を上手く使えない理由を知った。

 違う。

 あの時、知ったはず。

 夢の中で、黒い光が降ってきた時。

 私たち金糸雀の世界が、一瞬だけ繋がった瞬間。

 私には詳しいことはわからないけれど、黒い光はきっと金糸雀の世界では、とても大きな存在なのだと思う。

「でもさ、力なんてない方がいいじゃん」

 花梨ちゃんはさらりと言った。まるで、挨拶をするかのように、本当に自然に。

「風間花梨は、力に興味はないのか?」

「何度も言いましたけど、興味ないです。何も、力も、何もかも」

 ぼんやりとした瞳は、何も映さずにうつろに宙を漂っていた。

「あと、フルネームで呼ぶのやめてくれませんか? 横田玲一さん」

「それは君が俺のことをフルネームで呼ばなくなったら、考えてあげるって言っただろう?」

「嫌です」

「じゃ、俺も嫌だね」

 いつも通りの冷静な花梨ちゃんの態度にほっとした。

 二人を見る限り、何か特別な事が起きたようには思えなかった。

「玲一も、花梨さんも、本当に仲がよろしいんですね」

 二人のやりとりを静かに見ていた総一郎さんがそう言うと、二人は声を合わせて言った。

「それはない!」と。



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