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金糸雀の唄  作者: 羽衣石みお
有栖川早紀
10/18

 金糸雀に国境はない。

 総一郎さんの言葉を聞いて、疑問が沸くどころかすとんと心の中に入ってきた。

「あれ、あまり驚かないのですね。もしかして、もう知っていらっしゃったとか?」

 私の反応は、総一郎さんの予想外だったみたいで、そのことがくすぐったかった。

「いえ、初めて知りました」

 ますます笑みが零れる私に、総一郎さんの困惑の表情は深まった。あまりにも珍しい光景で、楽しくて仕方がなかった。

「もう少し驚いてくださると思いました」

「すみません。初めて知ったのですが、なぜかとても納得してしまって」

「貴女もやはり、金糸雀の一人、と言うことですね」

「何かわかりましたか?」

 金糸雀の歌に力が宿る。それは噂のようなレベルであり、他の金糸雀を見つけるのも砂漠の砂に紛れ込んだ、ダイアモンドのような、奇跡のような事だと思う。見た目では決して見つけることが出来ず、もし居たとしても、すでに国家レベルの極秘事項。

 容易く触れる事が出来ない、そんな存在。

 自分もそんな存在だと言われると、違うと声を張り上げて否定したいけれど。

「わかったことは、金糸雀は本来は魂ほどの見えないレベルで繋がっているという事で、そのお陰で実際に顔をつきあわせなくとも、意志の疎通が出来た。と言う事です」

「意志の疎通?」

 少なくとも、今の私は他の金糸雀を感じる事はなかった。

 そう考えてふと、何かが心に引っかかった。

「そう、その意思の疎通が出来ていたお陰で、会わずともお互いの事を知ることが出来た。言葉が異なろうと、心の内側の声に国境はない、と言うことのようです」

 心の声。引っかかるのに、思い出せない。

「どこで、その話を聞いたのですか?」

 違うことを考えながらも、私は気になった事を口にしてみた。

「愛子が一人の金糸雀を見つけて、私が話を伺いに行ってきました」

 いつの間にか、総一郎さんは私以外の金糸雀に会っていたと言う。私に頻繁に会いに来ていたイメージが強いので、どこかへ行っていたと言われても、いまいちピンと来なかった。

「でも、よく、話してくれましたね」

 私は自分の力を誰かに話したいと、あまり思わない。躊躇われるのだ。誰かが頭の奥で警鐘を鳴らすのだ。『話してはいけないよ?』と。

「最初は何も話せない、と断られたのですが」

 総一郎さんは、小さく息を吸った。

「貴女の写真を見せたのです。そしたら、驚いたように目を見開いて、涙を流しました」

「え?」

 私の写真を見て、泣いた――?

 その言葉の意図がわからなかった。なぜ、その人は涙を流したのだろう?

「最後の子と、早紀さんの事を表現していました」

 最後の子。

 その言葉で、私の記憶が開いた。

 私はつい最近、夢でその単語を聞いた。

 そして、繋がった。私たち金糸雀が繋がっているという事が。でも、今までなぜ、繋がることが出来なかったのだろう? 今の私には、何もわからない。

「ここ三十年近く、金糸雀の世界は閉じていたそうです。だから、力を使おうにも引き出すことができなかったそうです」

 夢で見た、黒い光が目蓋に浮かんだ。

 ああ、あの光が金糸雀(わたしたち)の中心。

 どうしても近づきたくて仕方がなくて、それでも近づいてはいけない存在。

 考えれば考えるほど、色々な知識が溢れ出てくる。

 今まで、金糸雀の自分というものを、どこか訝しんでいたけれど、今なら理解できる。

 私は特別な力を持ち、そして他の金糸雀とは違う使命を担ってこの世界へ生まれ落ちた。

 そして、溢れる知識の中に、暗黙の了解が頭に浮かんだ。

『私たちの世界が繋がっていることは、他言無用』

 裏切り者には罰を、と夢の中で誰かが言っていた。それはきっと、総一郎さんと話した金糸雀の事だろうと、本能的に感じた。

「その、総一郎さんがお話された方は、今は……」

 なんと聞けば良いのだろう? 下手に何か尋ねることによって、私自身も罪を負うかもしれない。

 私が言葉に迷っていると、総一郎さんが口を開いた。

「その方は……もともと体が弱っていたようで、私にその話をした後、すぐに倒れてしまい、今は意識不明の重体です」

 やっぱり、だ。

 そして、体が弱っていたからこそ、話すことを決めたのだろう。

 何よりも『最後の金糸雀』として生まれた、私の存在を知って、総一郎さんを通して、私に何かを伝えたかったのかもしれない。

 何を伝えたかったのかは、わからない。

 でも、何か意味があるのだろう。私はこの託された何かを、解明しなくてはいけない。そして、私に与えられた使命を取り戻さなくてはいけない。

「早紀さん?」

 気づくと、総一郎さんの顔が目前へと迫っていた。

「大丈夫ですか?」

 何も話さない、話せなくなった私を、総一郎さんはショックのあまり言葉を失ったと受け取ったのかも知れない。

「大丈夫です。良くなると、良いですね……」

 その人は、きっとすぐに帰るのだろう。私たちは、息を引き取る時、鼓動が止まる時、魂はあの黒い光へと導かれるのだから。

 悲しいような、羨ましいような、そんな複雑な気持ちに襲われた。




「早紀ちゃん、おかえり!」

 弓弦くんが満面の笑顔で私を迎えてくれた。

 あの日、総一郎さんが訪れてから数日後、私は外に出ることを許された。と言っても、いつものホテルに留まる事が条件だった。

 そんな条件がなくても、私には行くところがない。だから、その条件に意味があるのか、わからない。

「早紀ちゃんが居ないと寂しいよ」

 弓弦くんの顔が曇った。

「私もみんなに会えなくて、寂しかった」

 ぐるりと室内を見回しても、今日は弓弦くんしか居なかった。皆が忙しい事は知っているし、弓弦くんしかいない、なんて事は日常茶飯事だったので、特別不思議ではなかった。

「そういえば、花梨ちゃんは元気?」

 私がここを離れていた間、花梨ちゃんはどんな風に過ごしていたのだろうか?

「んー、あの後に何度か来ていたみたいだけど、僕はその時は会えなかったんだよね。詳しいことを知っているのは、たぶん総一郎さんとか玲一さんだと思うよ」

 弓弦くんにすらわからない、と言うことは愛子さんの対策として二人しか知らないのかもしれない。

 花梨ちゃんと、玲一さん。

 なぜか二人の事を一緒に考えると、心の中がもやもやとする。

「玲一さんと、花梨ちゃんって……」

 言葉が続かなかった。

「まぁ、花梨ちゃんは仕事忙しいんじゃないかな?」

 私の消えそうな呟きは、弓弦くんには聞こえなかったようだった。弓弦くんはそう言って、にこっともう一度笑った。

「そう、だよね。お仕事しているんだもん、忙しくてもおかしくないよね。玲一さんだって、お医者さんだから忙しいだろうし」

 冷静に考えれば、二人とも社会人なのだから、仕事をしていることくらいわかるのに、どうして思い至らなかったのだろう。

 頭の回転の悪さに、悲しくなった。

 ふわりと、何かが頭に触れた。

 視線をあげると、弓弦くんと目が合った。弓弦くんは、優しく微笑んで、そのまま私の頭をなで続けてくれた。

「ありがとう」

 心が少しだけ、軽くなった気がした。

「気になるなら、花梨ちゃん呼ぶ?」

「え?」

 弓弦くんの言葉に、私は驚いた。

 いつの間にか、弓弦くんは花梨ちゃんの連絡先を把握していたという事実に。

 弓弦くんは素早く携帯電話を取り出して、操作した。

「あー……やられた!」

 悔しそうに呟いた。

「解約されてる。これは本格的に、関わるなって事かも」

「関わるなって、誰かに言われたの?」

「あの双子に言われたんだよー。花梨ちゃんの事は忘れてって。何でだろうね?」

 弓弦くんは不思議そうに首を傾げた。

 私と接触して、花梨ちゃんはここには来られなくなり、電話番号も変えないといけなくて、愛子さんはそんな花梨ちゃんの事を知ろうとしている。

 愛子さんが絡むのだから、きっと玲一さんがこの話の中心にいるのだと思う。

 何かが変わろうとしている。

 私や他の金糸雀の運命。そして、あの黒い光の正体。玲一さんに花梨ちゃん。

 一瞬だけ繋がった世界。もっと繋がる事が出来れば、もっと知識を得られるのだろうか?

 どうすれば繋がれるのか、今の私にはわからない。

「私、花梨ちゃんに謝りたい」

 そうだった。私は、花梨ちゃんにまだ謝っていなかった。

 金糸雀の力なんて、ほとんどない私。その私の力が暴走し、花梨ちゃんを傷つけてしまった事実は消えないのだから。

「今度、総一郎さんに相談してみるね」

「それが良いと思う。僕に出来ることがあったら、言ってね。僕はいつだって、早紀ちゃんの味方だからね」

 私よりも年下だけど、弓弦くんはしっかりしている。

 当たり前なのだけれども、世間知らずの私と比べたら、大体の人がしっかりしていることになってしまうけれど、それでもやっぱり弓弦くんはしっかりしていると思う。

 私もしっかりしないと!

 大きく息を吸って、はき出した。

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