プロローグ
某社の恋愛ゲームにはまって、なんとなくそれらしい話を書いてみようかな?と思って書き始めました。でも、たぶんひねくれた話になると思います。
美術愛好家、闇の世界に生きる住人――。
それらの人々の間で、まことしやかに噂されている『金糸雀』。
その歌声は世界を揺るがすとも言われている。
しかし、その姿を見たものは未だ居ないという。
プロローグ
バレンタインで賑わう2月。漏れたため息は白く空を染めた。
昨年末に入った会社では慣れるどころか、失敗ばかり繰り返して、学習能力のない自分が許せない。
会社に損害が出る手前のところだったが、周囲にこっぴどく叱られた。
当たり前だ。
言われた時は、ちゃんとしようって心を入れ替えたのに、結局同じことを繰り返す。
どうして? と、尋ねられたが、私が知りたいくらい……。
もう一度、ふぅと息を吐いた瞬間。
――突然の衝撃に、体が傾いだ。
ゆっくりと、スローモーションで地面に近づいていく。
転ぶ。
そう思って目をつむって覚悟を決めた。
しかし、いくら待っても痛みも、地面の冷たさも、やってこなかった。その代わりに、私の手首に、ぬくもりと同時に痛みが走った。
「セーフ!」
聞いたことのない落ち着いた男性の声が、耳に届いた。
恐る恐る目を開けて、自分の手を掴んでいる人物を見た。
その人物は高級そうなスーツを着用しており、目鼻立ちの整った男の人だった。そして、その横に髪の毛がくりくりした可愛らしい男の子が立っていた。
男の人は私の顔を確認すると、ようやく手を離してくれた。
「もう少し優しく、と思ったのですが……それだと間に合いそうになかったので、すみません。痛くなかったでしょうか?」
丁寧な口調が、その人の育ちの良さが伝わってきた。
「ごめんね、僕が前を見ないで走っていたから」
可愛い顔の男の子が、申し訳なさそうな顔で私を見ていた。
二人の顔を交互に見比べた。
どう考えても、私の人生に縁があるような人物には見えなかった。
男の子も、可愛いけれど品格を漂わせているし、男の人は見るからに別世界の人。
「いえ、私がぼーっとしていたのがいけないので」
考え事をしていたのは事実で、もししっかりと歩いていたら、疾走してくる人の気配くらいは気づけただろうと思う。
「貴女は悪くないですよ。まだまだ弓弦は、子どもだね」
落ち着いた声が、静かにたしなめた。
その姿にも品格が漂っていた。その人の顔に見惚れてしまった。
「顔に何かついていますか?」
男性は不思議そうに私の顔を覗き込む。そのせいで、思った以上に近いところで視線が交わった。
顔が熱くなるのを感じた。
その視線から逃れるように、私は弓弦と呼ばれた少年へ視線を移した。
私に気づいた少年が、可愛らしく微笑んだ。
判断ミスだ、と気づいた時にはすでに遅く、またも頬が熱くなった。
「あの、そろそろ、私、行きますね」
この場から離れたかった。
平静を装って話してみたけれど、二人の表情を見れば私の心なんてお見通しなのだと知らされた。
「また、きっと会うよ」
少年が悪戯っぽく笑った。
その笑顔がまぶしくて、私は顔をそむけた。
一礼して、その場から逃げるように人ごみに足を運んだ。