藍の報復
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
年明け一発目は短編になりました。
設定は適当でかつ説明文が多いですが、
お楽しみいただければ幸いです。
「だってそういうものだもん」
明るすぎる茶髪をくるくると巻き、一分の隙もなくメイクをした少女は、あたかもそれが世界の真理であるかのようにそう言った。
「男の子は皆ヒメを好きになって、ヒメに傅くのが当然なんだよ。……くんだってそう」
にっこり笑って、少女は両手を広げ。
「……くんに相応しいのは私で、私に相応しいのは……くん」
話は終わり、とばかりにくるりと背を向ける。
「お姫様には王子様が付き物でしょ?」
残された笑声は、優越感に溢れた高らかなもので。
笑みを浮かべたまま少女を見送り、相対していたもう一人の少女はギリ、と唇を噛み締めた。
口の中に鉄の味が広がる。
少女は、自らをお姫様と称する少女は、
――そんな理由で彼女をボロボロに傷付けたのというのか。
半年ぶりに顔を合わせたら、随分憔悴していた親友。
泣き出した彼女を家に送り届け、友人から切れ切れながらも事情を聞き出したのが一昨日のこと。
親友の様子と友人の話からこの半年のことを調べ上げ、オヒメサマの存在を知ったのが昨日。
そして直接相見えたのが今日、中学の卒業式。
たった三日で半年の事情を把握しておいて、それでもそれ故に少女は言うのだ。
自分が動いたのはあまりにも遅くて、
――だけど遅過ぎはしなかった、と。
「次ー桧山、問6の(3)」
「5.56L」
「正解。これは(2)で二酸化炭素の物質量が出ていることから――………」
四月も下旬。
幼稚舎から大学までエスカレーター方式のこの学校では環境が劇的に変わるということはないけれど、中学と高校の間にはやはり大きな隔たりがあると思う。
火曜の二時間目、比較的得意とする化学の授業に耳だけは傾けながら、一冊のノートに目を落とすのが高校生になってからの日課だ。もちろん化学のノートではない。
一番前の席なので普段はそういったことは自重しているのだが、化学の先生は何も言わないと確信が持てたから始めた。
ダークブラウンの真っ直ぐな髪をショートカットにした、長身の美女が私のクラスの化学の先生。
美人だけど男性的なかっこよさも合わせ持つ先生で、怒らせると怖いと評判なのだが。
多分私とよく似た気質をお持ちの彼女は、ことこの件に関して咎めることはないと思う。
「次、紫崎」
「えーヒメわかんなぁい! 澪くん教えてー」
「……じゃあ白塚」
「22g」
「正解。これは――」
私は先生に心からの拍手を送りたい。
クラス中の女子から凍えた視線が突き刺さっていることにも気付かず、澪くん澪くんと騒ぐ彼女は、ものすごく目障りで耳障りだった。
今度のターゲットは白塚澪らしい。
教えてとせがむ彼女とそれを甘やかすように笑う白塚に、何人もの女子が冷めた目を向ける。
彼女に泣かされた女子がいったい何人いるだろう。
泥棒猫。そんな言葉がぴったりだと最近は評判である。
ノートに書かれた複数の人名を確認して、小さく溜息をつく。
私の調べでは、学年の男子のおよそ半数が、既に彼女の毒牙にかかっていた。
男子を落としては侍らせ、彼女は好き放題に振る舞う。
理事長の娘、紫崎姫華。
普段なら、裏から手を回して適当にお仕置きするくらいで済ませるのだけど。
紫崎姫華は千里を泣かせた。
だからその報いは受けさせなければならないと、私は思うのだ。
千里は私の幼馴染みだ。
黄橋千里。可愛くて優しくて人気者の、自慢の幼馴染み。
私が千里に出会ったのは幼稚舎の頃で、その頃から千里は可愛かった。
諸々の事情につき少々……いやかなりスレていた私は幼稚舎の中でも浮いた存在だったが、彼女は物怖じせずに私に向かって言ったのだ。
『いっしょにあそぼ!』
その天使の笑顔に、私は一瞬でやられてしまった。
それがきっかけ。
千里と仲良くなった私は彼女を守ると決めた。
優しくて、だからこそ傷付きやすい彼女が壊れてしまわないように。
……ガキが何を言う、と笑いたければ笑えばいい。
私はちゃんとそれを忠実に実行してきたのだから。
もちろん、全ての悪意を排除した訳ではない。そんなことをしたら、千里は他人の痛みがわからなくなってしまう。
だから、明確に害する気のある悪意だけ、千里に知られないように先回りして潰してきた。
やろうと思えば揉み消せた分の悪意や揉め事に傷付く千里を見るのは辛かったが、苦しんでもうずくまっても涙を拭いて立ち上がる、そんな彼女が私は眩しくて仕方なかった。
そんな私の大切な千里には、私より長い付き合いの幼馴染みがいる。
名前は日向。紅嶋日向。
彼も千里と同じようなタイプのひとで、私は千里と日向が一緒にいる空気がとても好きだった。
あったかくて、優しくて、綺麗な。
それだけじゃないけど、そんな空気が。
ずっと二人を見てきた私は、だから二人が惹かれ合ったのには何の不思議もないと胸を張って言える。
進展はひどくゆっくりだったけど、それはもう私含め周囲の友人たちがヤキモキするくらいゆっくりだったけど!
この件に関しては一切手出しをしないと決めていた私は、中学二年でようやくくっついた二人に胸を撫で下ろしたものだった。まったく心臓に悪い。
それでも、抱きしめたくなるくらい素敵な日常だった。
こんな毎日が続けばいいと、捻くれ者の私が思うくらいには。
だけどそれをぶち壊してくれたのが、紫崎姫華だったのだ。
ところで私たちが通うこの学校は、わりといいとこの若様お嬢様が集まっていたりする。
例に漏れず私もそうな訳で、父はとあるグループの会長だ。
いや、だったというのが正しいか。
中二と中三の間の冬休みに、兄と私を置いて二人で旅行に出かけた両親は、交通事故に巻き込まれて帰らぬひととなった。
結果私は兄と共に会社の仕事に奔走する羽目になった。自分で言うのも何だが、私は結構優秀なのだ。それに輪をかけて優秀な兄はグループを継ぐことが昔から決まっていたし、それに異を唱える者もいなかった。
つまり中学三年生の間はほとんど休学するより他はなく、それ故に私は止められなかった。
紫崎姫華の愚行で、千里がボロボロに傷付くのを。
何があったのか、詳しくは知らない。千里は頑として話してくれなかった。
『変わったことはなかった?』
卒業式の三日前、ようやく学校に行けた私を笑顔で迎えてくれた千里は、あのね、と小さく答え。
『日向と別れました』
これ以上ないくらい儚く笑ったのだ。
当然私の脳の血管がぶちぶちっと切れたのは言うまでもない。
気丈に振る舞う千里を甘やかしまくって泣かせ、宥めて家に送り届けた後、私はとりあえず日向をぶちのめすことに決めた。半殺しくらいにはしないと気がすまない。
私の千里を泣かせた愚か者めが!!
……と息巻いた私を友人の一人が引き留め、簡単な説明をしてくれた。泣きながら。
曰く。
中三の半ば頃に転入してきた勘違い系の美少女が学年の男子を片っ端から誑し込み、日向もその標的になった。
日向は千里一筋で髪一本たりと少女に靡かず、苛立った少女はあの手この手で日向を落とそうとした。
千里はその犠牲になったのだと。
つまり有り体に言うなら千里は苛められたのだと。
ふふふと笑った私に涙目で縋り付き、彼女は言い募った。
紫崎姫華は今世界に名を轟かせているグループの社長令嬢で理事長の娘で、権力と財力を振り翳してやりたい放題なのだと。
逆らったら自分どころか家族にまで類が及びかねないくらい溺愛されていて、だから止められなかったのだと。
――ごめんなさい、ちぃちゃんを助けてあげて、と。
どんなに怖かっただろう。紫崎姫華に脅されて、それでも彼女は千里のために私に事情を打ち明けてくれたのだ。
そんな彼女に慕われる千里は、やっぱりすごい。
会社に集まっていたひとたちが有能だったこともあり、その頃には兄の末恐ろしい才の下、会社はすっかり落ち着いて、社員からの信頼も無事勝ち得た私は兄の秘書のような役割をしていた。何より人もノリもいい社員のいるこの会社が、私は好きだ。
ので、会社では基本的ににこにこしている私が珍しくブチ切れて帰ったのは会社中の衝撃だったらしく、代表して事情を聞き出した兄は、それはそれは綺麗に微笑んだ。
『どこの誰かなその無能は。ついでだから会社ごと潰してやろうか』
兄の全面協力を取り付けた私は、とりあえずその社長とやらの調査を兄に任せ、日向を殴るのは後回しにして(でも殴る、絶対殴る)、会社の権力を濫用して紫崎姫華について調べ上げた。
社員たちは快く手を貸してくれた。もちろん自分の仕事はきっちり終わらせて、だ。
やっぱりこの会社はいい。
次の日の夕方、お互いの調査結果を持ち寄ってわかったのは、二人がいかにろくでもない人物であるかだけだった。
頭は悪い、授業態度も最悪、男とオシャレにしか興味がない、ひとを傷付けることを何とも思っていない。
仕事はしない、金は湯水のごとく使う、公私混同は当たり前、意見を握り潰す、利権を横取りする……エトセトラ。
『どうしてこんなのがいるのに、グループはやっていけているのかしら』
『会長が余程優れた人物か、社長が余程世渡り上手か、だね』
『社員も優秀なのが揃ってそうね。この社長の下なんかにいたら引き抜きたいわ。人材の無駄よ』
『その話は置いておくとして、まぁ多分会長が苦労してるんだと思うよ』
『……会長と会える?』
『そう言うと思ったから、今調整中』
『お兄ちゃん大好き!!』
とまぁそんな感じで大体の事情を把握して、卒業式の対面となった訳である。
思っていた通りの見た目と反応に、失笑を押し殺すのに苦労した。
かわいそうに。
小物のクセに、よりによって私たち兄妹に喧嘩を売るなんて。
罪には制裁を、悪には報復を。
この歳で社員たちに認められた私たちが、ただ優秀であるだけな訳がないでしょう?
ねぇ紫崎姫華。
すぐに楽になんてしてあげないわ。
真綿で首を絞めるようにゆっくりと、お前を破滅に追い込んであげる。
父もろとも無様にはいつくばって命乞いでもするがいい。
そうして誰ひとり助けてくれないことに気付いて、絶望するのよ。
まずは手始めに、お前から男を奪ってみようかしらね?
「起立ー、礼」
「さよならー」
日直の号令で授業が終わる。
「ちょっと手伝え」
クラス全員分の提出物を運ぶのは無理だと判断したのか、先生は出席番号一番の私に助力を願った。
半分引き受けて一緒に教室を出ると、先生は意味ありげににやりと笑った。
「面白いノートを見ていたな」
「何のことですか」
「もちろん、紫色のノートのことさ」
私は最近紫を周りから排除している。理由は単純、ウザいから。
つまり紫色のノートは持っていない。
「実に面白い。私も混ぜてくれないか?」
八割方予想していた台詞に、私はにっこり笑って頷いた。
「いいですよ。教師に協力者がいるのはありがたいですし。先生からは同じ匂いがするんですよね」
「奇遇だな。私もそう思っていた」
くつくつと喉の奥で笑って、化学準備室に荷物を運び終えた私を呼び止め、先生は私の耳元で一言囁いた。
「なかなか耳寄りな情報だろう?」
「はい。使い道がありそうです」
『あいつが落とせない教師がいるぞ』
実に小物の無駄な自尊心を刺激出来そうな情報だ。
先生には感謝しないといけないな、と思いつつ、私はどう利用すればいいか考えを巡らせた。
告白と言えば夕日の差す教室で、とでも考えているのだろうか、あのオヒメサマは。
先生の協力を取り付けてから数日後、私は教室で人を待ちながら昨日のことを思い返していた。
帰宅してすぐ兄に伴われ、訪れた先はムラサキグループ。
何かから隠すように通された部屋で待ち構えていた会長は、兄の言う通り出来た人物だった。
彼が言うには、ムラサキグループを立ち上げる時に社長からは多額の寄付を受けており、今もまだ経費のいくらかは彼の手によるものなので切るに切れないらしい。
もっともそのお金も彼の祖父母の遺産であるらしいのだが。
義弟と姪がすみません、と会長は言った。社長とは血が半分繋がっているのだとか。
『つまり経費の問題がなくなれば社長を切れる訳ですね?』
『すぐには無理でしょうが、いい加減私も彼らにはうんざりしているんですよ』
『お金はウチが何とかしましょう。貴社とは是非友好的にやっていきたいと思っていたんです。ばれないようにゆっくりと、彼の権力を削っていけばいい』
それから兄はあっという間に難しい商談をまとめあげ、会長の協力までも勝ち取ってしまったのだった。我が兄ながら恐ろしい。
どうやら会長の息子も私と同じ学校に通っているようで、それもネックだったらしい。
その件に関しては私が引き受けた。相手が理事長だろうが何だろうが、守り抜ける自信はある。
これで準備は整った。
あとはそう、彼を落とすだけ。
「あぁ、いた。いったい俺に何の用かな」
「いらっしゃい、待ってたわ白塚くん」
やってきた白塚澪を笑顔で出迎え、私は時計を確認する。
彼が紫崎姫華を呼び出した時刻の十分前。
さぁふざけた茶番劇を始めよう――
「というかいい加減、その演技やめない? 鳥肌が立つんだけど」
「安心して、俺もだから」
――いや、終わらせようか。
「澪くん、私に用事ってなぁに?」
時間ぴったりに入ってきた紫崎姫華は、窓辺に座る白塚澪に頬を綻ばせた。
どこか遠くを見るように窓の外を向いていた端正な顔が紫崎の方を向く。
たん、と飛び降りて、白塚は優しい笑みを浮かべた。
「来てくれてありがとう。でも今日呼んだのは俺が用があるからじゃないんだ」
「? どういうこと?」
「最近、君の様子が変なのが気になって。何か言いたいことがあるんじゃないかな」
優しい声で甘い瞳で、彼は言う。
紫崎はぱっと頬を染めると、甘えるように白塚に擦り寄った。
「澪くんってば、私のことは何でもわかるのね」
「何でもじゃないけど、大抵はね」
「ふふ。じゃあ私が言いたいことも、ほんとはわかってるの?」
「さぁ。それはわからないよ」
君が教えてくれなきゃね、と片目をつぶる白塚。
「さぁ教えて? 君は何を言いたいのかな?」
「うん、あのね」
手を後ろに組み恥じらうように身を縮めて、紫崎は言った。
「私、澪くんが好きなんだ」
上目遣いに白塚を見上げ、何かを期待するような余韻を残す。
白塚は心得ているように頷き、優しく微笑んで、
「そうか。俺は君が嫌いだよ、紫崎」
そんなことを、言った。
「え、……澪くん?」
よくわからない、という顔で白塚に手を伸ばす紫崎。
やはり優しく微笑んだままで、白塚は紫崎の手をぱしっと払った。
「触らないでくれるかな。もう限界なんだよね、俺」
「何、言ってるの……?」
「二度も言わせたいの?」
「え、だって、澪くんは優しくて」
「勘違いだよ、君のね。……ところで名前で呼ばないでくれるかな?」
「どうしてぇ? 私はこんなに好きなのに……っ」
「君が好きでも相手が好きだとは限らない。そんな単純なこともわからないの?」
「だって、そんなこと一回もなかった……」
「というか笑わせないでよね。何人も男侍らせておいて『澪くんが好き』? これほど信じられない言葉にお目にかかったのは初めてだよ」
「私はお姫様だから、仕方ないの。好きだと言ってくれるひとを拒絶するなんてできないもん。皆が私を愛してくれるように、私は皆を愛してるんだよ。誰も困らないし、誰も悲しまないでしょ?」
「――だから俺は君が嫌いなんだよ」
「! 澪く」
「澪ー、終わった?」
がらっと教室の扉が音を立てる。
びくっと振り向いた紫崎をスルーして、話を中断した張本人たる少女はひらひらと白塚澪に手を振った。
「待たせて悪かったな。話自体はもう終わっている。紫崎に付き合ってただけだ」
「じゃあ一緒に帰りましょう。夕飯食べるでしょう?」
「あぁ、そうさせてもらう」
白塚澪は本当に興味がなさそうに紫崎の横をすり抜ける。
連れ立って出ていこうとした二人の背に、ひどく混乱した声が追い縋った。
「ま、待って、そのひとは……それに喋り方、変だよ澪くん」
「彼女は俺の大切なひとだ」
「澪くん!」
白塚は振り返らなかった。
代わりに足を止めたのは少女。
「全然変じゃないわ。澪の素はこっちよ。所詮あなたが好きになったのは澪の外面ということね」
それじゃあご機嫌よう、と微笑んで教室を出た少女は、「お父様に言い付けてやるんだから」という声を無視してドアを閉めてからもしばらく黙って歩き続け、ややあってほぅと息を吐いて隣を見上げる。
「澪、お疲れ。必要だったとはいえあんな女と一緒にいさせて悪かったわね」
少女改め私は、三人目の幼馴染みに向けてにっこり笑った。
翌日、登校した私は先生がうまいこと例の教師をそそのかして教室に行かせ、澪との会話を聞かせたことを知った。その後紫崎を追い出すのも彼に任せたという。頼りになる共犯者だ。
澪も一応頼んだことはやってくれたし、とりあえず成功と言えるだろう。
どうして千里を守れなかったと問い詰めたいのは山々だったが、どうもまだ学年の半分しか紫崎の毒牙にかかっていないのは彼のおかげらしかったのでやめておいた。
それに幼稚舎から千里と日向と澪と私と四人で仲が良いとはいえどちらかと言うと日向に近い彼のことだから、千里のケアまでは手が回らなかったのだろう。
さすがの私だって日向が苦労しただろうことくらいはわかっているのだ。殴らずにいられるかと言われればそれは別問題だが。
昨日の帰り道、私を覗きこんできた澪はここ一ヶ月浮かべていた気色悪い爽やかな笑顔ではなく、いつも通りの人を食ったような笑みを浮かべていた。
そのことに妙に安堵しながら、澪の顔を押し退けた。
『何よ』
『見事に任務遂行した俺に褒美はないのか?』
が、澪はあっさり私の手を避けると額をくっつけてにやりと笑う。
拍子に息が唇にかかって、私は慌てず騒がず澪の頭を殴り飛ばした。
『痛いな。それが協力者に対する態度か?』
『だから夕飯作ってあげるって言ってるじゃない。他に何か欲しいものでもあった?』
『そうだな……お前のキスとか?』
『ばーか、そんなんだから彼女ができないのよ。見た目はいいのにね』
『……半分はお前のせいだと思うがな』
『何か言った?』
『いや、何も。ほら行くぞ。夕飯でいいからハンバーグにしろ』
『何でそう偉そうなのかしら? まぁいいけど。でも澪がハンバーグって似合わないわよね、子供っぽい』
『うるさい。自覚はあるんだ』
『はいはい、腕によりをかけて作ってあげるから楽しみにしてなさい』
……まあ澪も楽しそうだったし、これからもこき使うことにしよう。
ふいに。
「名前、何て言うのぉ?」
朝の教室、取り巻き数人を引き連れて、紫崎姫華が私の前に立った。
人目があるのでにこにこしているが、恨みは隠し切れていない。
おそらくお父様に言い付けたのに結果が芳しくなかったのだろう。その辺は会長がうまくやってくれている、と昨日兄から聞いた。
紫崎の目を真っ向から見返して、わざと口許に嘲笑を刻む。
「名を聞く時は自分から名乗るのが礼儀だと思うけど?」
「貴様、姫華様に対して無礼な……っ!」
「ありがとう、橙山くん。でも大丈夫よ」
姫華様だって、姫華様。
目の前で安っぽいラブロマンスを展開している二人を呆れと共に見遣る。
示威行為なのはわかりきっていた。こんなものを見せられても、馬鹿じゃないのくらいの感想しか持たないが。
「ひどいよぉ。私まだ澪くんと話があったのに」
「ごめんね、澪と帰る約束してたから。それに澪が私を選んだのよ?」
薄い笑みを刷いて言ってやると、紫崎の顔が一瞬歪んだ。
すぐに笑顔に戻って、彼女は言う。
「私に逆らわない方が身のためだよぉ。一応、忠告してあげるね」
「ありがとう、紫崎さん」
にっこり笑い返して紫崎を追い払う。
席についた私はあのノートを引っ張り出して次の案を考え始めた。
え、何? 最後に締めの一言? そうね。
私たちの報復はまだ始まったばかりだ!
……なーんてね。今回はちょっとぬるかったかしら?
〇主人公
とうとう名前が出なかった。千里大好きなちょっと痛いひと。
口癖は「千里可愛い!」
基本美人だけど諸々の事情で近寄りがたく敬遠されている。
最近たまに「お姉さま」と呼ばれるのが不思議。私に妹はいない。
〇黄橋千里
クラスの人気者。主人公の親友。
可愛くて優しくて文句なしの女の子。
優しすぎるのが欠点だとは主人公談。
〇紅嶋日向
影が薄すぎたクラスの人気者。主人公の幼馴染み。
かっこいいと評判。でも千里一筋。
今は千里を傷つけたことに傷ついて家に引きこもってる……かな?
〇白塚澪
主人公の悪友。ひそかにかっこいいと人気。
四人の中で一番外から物事を見ている。
興味がないものはあっさり切り捨てられる。
〇紫崎姫華
勘違い系逆ハー女。
蝶よ花よと育てられた美少女。お姫様。
いい男に傅かれないと嫌。というか男は皆私を好きになればいいわ。