父と兄
「おや、久しぶりではないか、弟よ」
「体の具合は良いのか、病弱な弟よ」
意味もなく広い食堂に、二人のボンクラの声が響く。
「お久しぶりです、兄上方。相変わらずですね」
その間抜け面が、とは勿論言わない。
「父上も、お元気そうで」
無駄に、とも勿論言わない。
「お前の顔を見るのは、何年振りだろうか」
「四か月ぶりぐらいでしょうか、父上」
上っ面な会話をしながら、早くも飽いてきた。
家族ごっこをするのは苦痛で仕方がない。
王位には興味がない。この王子という地位も返上したいくらいだ。
隣に座る二人の兄は、お互いを牽制し合いしながら父に自分を売り込んでいる。
しかし、国王はなぜかわたしをお気に召しているらしい。
こちらにばかり話題を振る。
やめてくれ。
ボンクラたちをかまってやってくれ。
「ところで重要なお話があると窺ったのですが」
「そうそう、それじゃ」
食い終わった父は、茶を啜りながら嬉しそうに頷いた。
「近頃、暇でならん。なにか面白いことはないか」
思わず卓をひっくり返したくなった。
鈍重な机はビクともしないだろうが。
そんな下らない理由でわたしはここに呼び戻されたのか。
「では千人の美姫を集めてはいかがでしょうか」
ボンクラその一が声を上げた。
おお、さすが女好き。
「それとも、庭園の池を酒に変えてはいかがでしょうか」
ボンクラその二も負けじと言った。
おお、さすが酒好き。
「お前はどうなのだ、息子よ」
三人の目線が集まる。
「では手品をお見せしましょう」
そばにあった箸置きを適当に引っ掴んだ。
「この箸置きが」
くるりと手を回す。
「ほら、このように消えてしまいました」
ボケとボンクラたちは呆気にとられていたが、その内ボケが腹を抱えて笑いだした。
「本当にお前ときたら……」
しまった、受けてしまった。
父は満足げに頷いた挙句、散々わたしを褒め称え浮足立つように席を立った。
「ヤン・チャオに王位を譲ることも検討せねばのう」
どういう思想を経路して、そこに辿り着くのか分からない。理解不能だ。
「結構です、父上。それはどうかこの兄上たちに」
「その心優しいところも、お前の母に似ておる。悪いようにはせん」
そして退室してしまった。
あのボケ。欲の強い母に未だ騙されているのか。
それにしても。
内心大きなため息をつきながら、箸置きをおく。
「未だ妃を娶らぬ弟が、生意気なことを」
妃どころか、複数(二桁)の側室と愛人がいるボンクラその一が忌々しげに言った。
「病弱ならばそのまま逝ってしまえば良いのに」
病弱どころか、きっと何かの病気(肥満系)に違いないボンクラその二が吐き捨てるように言った。
「では、兄上方。がんばって実力で王座を勝ち取ってください。ご健闘を」
兄たちの醜い罵倒の言葉を無視して、扉を開けた。
「ああ、スズ」
汚らしいものをみたあとは、可愛らしいものを愛でるに限る。
部屋に帰ってきたわたしに、飛び付いてきたスズを抱きしめ、そのまま寝台にひっくり返った。
たかだか一刻、あいつらの相手をしただけで、本当に疲れきってしまった。
ぐったりと動かないわたしの腕の中で、スズが不思議そうに鳴く。
「一緒に昼寝でもしようか」
同意する声を出すと、起き上がった。
そして邪魔なのだろう、刺さっていた簪を抜いてゆく。
その度にサラサラと茶色の髪が落ちてゆく。
見とれていたわたしに口づけを落とした。
「昼寝はやめよう」
クスクス笑って、柔らかい唇を吸う。
「そんなに色っぽいことをされたら、襲いたくなってしまうではないか」
とまどったような鳴き声を聞きながら、唇を落としてゆく。
「ヤン・チャオさま」
扉が開いて、カイドウが咳払いをした。
「なんだ」
「今夜の宴にぜひ出席するよう陛下からご命令が……。セリナさまもいらっしゃるそうです。それと、おれが話している時はちゃんと聞いてください、この色ぼけ王子」
「色ぼけとはひどい」
嫌がるスズの抵抗を楽しんでいたが、忠実なる下僕の暴言に顔を上げる。
「風邪を引いて寝込んでいるから、出席できない」
「セリナさまが部屋に押し掛けてくると思いますけど」
「ああ、そうか」
しとやかな振りをして、結構攻めてくる女だ、あれは。
「お前も一緒に来るか? あの馬鹿げた宴に」
嫌だとスズは頭を振った。
「ヤン・チャオさま、それはさすがに……」
「とにかく、今日はもう外に出たくない。適当な言い訳を考えてくれないか」
「かしこまりました」
カイドウは口うるさい男だが、わたしがボケとボンクラどもを嫌っているのを知っている。
そして同情すらしている。時には頼りになってくれる。
お付きが退出すると、再びスズに唇を落とした。
「さて、スズ。続きをしようか」
スズは不機嫌そうに身をよじっていたが、その内大人しくなり、可愛い声で鳴き出した。