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ネコとわたし  作者: まめご
第Ⅰ部 ネコとわたし
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婚約者遭遇

朝餉を済ませたスズとわたしは手をつないで、散歩に出かけた。

「どこに行きたい? 庭園か。馬舎には馬がいるぞ。離れはちょっと遠いな。塔に登れば、国が見渡せる。森にいくのならば馬を出……スズ?」

スズがふと上を見上げた。つられてわたしも見上げる。

なんの変哲もないただの廊下の天井だ、石がむき出しになっている愛想のかけらもない。

「どうした」

なんでもない、とスズが首を振った。

そして人差し指を立てる。

庭園にいきたいという意味だ。

「仰せのままに」

こっちだよ、と手を引く。トホトホとスズが歩くたびに、首の鈴が小さく鳴った。

壮大な庭園にでると、歓声を上げるように鳴いた。

そして手を振り切って走ってゆく。

鳩の群れめがけて。

砲でも食らったかのように飛び立つ群れを満足げに眺めた後、今度は池に向かって走って行った。

「こら、スズ。危ないだろう!」

慌てて追いかける。捕まえようとすると、するりと手を抜けて逃げた。

立ち止まってこちらを見ている。わたしが走り出すと、飛び上がって再び駆けだした。

奇妙な二人の追いかけっこに、散策中の貴族や警備兵が丸い目で眺めている。

スズは素早い。翻弄するかのように捕まえる直前でチョロチョロと逃げる。

「このやんちゃネコめ」

やっと腕の中に閉じ込めた時は、二人とも息が上がっていた。

芝生の上にひっくり返って、息を整える。

気持ちよさそうに寝そべったスズは、楽しげに足をパタンパタンとならした。

「こらこら、外でそれをやっては駄目だ」

衣がめくれあがって、太ももが露出している。近くにいた若い警備兵が鼻血を出した。

「本当にお前という子は……」

抱きよせて直してやると、甘えたように身をすりよせて来た。

鼻血を出した警備兵、今度は唾を飲み込んだ。

「いいか、スズ。よく聞きなさい。ここに住む人は馬鹿が多い。部屋の外に出たら大人しく、人間の女の子の振りをするのだ。馬鹿に、スズを馬鹿にされるのは腹ただしくて仕方がない」

ここは、そういうところなのだ。

スズは黒い瞳で大人しく聞いていたが、不満そうに鼻を鳴らした。

「ただし、部屋の中ではなにをしても良いから。ああ、怪我をするようなことはするんじゃないよ」

分かった、と力強く頷いたスズは、おもむろに芝生に座りなおした。

足を横に流し、まっすぐ背を伸ばして遠くを見る。

少女ながらに色気があった。

「よし、いい子だ」

気取ったように、ゆったりと微笑む。

本当にこの子ときたら。

わたしも、足を投げ出して手を付き彼方を見る。

優しい風がそよいで頬を撫でた。スズの焦げ茶の髪と、わたしの深緑の髪も揺れる。

「ヤンさま」

背後から女の声がした。

内心舌打ちをする。

「久しぶりだね、セリナ」

笑顔を作って振り返ると、数人の侍女を引き連れ、柔らかく微笑している女に挨拶した。

「もう、わたくしのことなぞ、お忘れになったと思っておりましたわ」

悲しげにうつむく婚約者に心の中で舌を出す。

うん、忘れていた。きれいさっぱり忘れていた。

「その少女はなんですの?」

「わたしのネコだ」

凍りつく女を無視して、少女の手を取る。

「スズ。このおばちゃんはセリナという人だよ。ご挨拶なさい」

おばちゃんという言葉に、セリナの青い瞳が傷ついたように揺れた。

まあ、二十七は微妙なお年頃であろう。

しかしさすがは貴族の娘、笑顔を絶やさない。

スズはゆっくり立ち上がると、先ほどキムザがしたものとそっくりの、美しいお辞儀をした。そして花のような笑顔を放った。

さすがはわたしのネコ、とこの場でクルクル回してやりたいくらいだ。

セリナは一瞬、気圧されたものの、こちらも受け立つように満開の笑顔を作り、

「始めまして、ネコちゃん。ヤンさまの婚約者のセリナと申します」

と僅かに膝を落とした。

「さて、そろそろ帰ろうか、スズ。いくよ」

腰を上げてスズに手を差し伸べると、白くて小さな手がちょこんと乗った。

「では、セリナもお元気で」

「あ……」

何か言いたげな婚約者をのこして歩きだす。可愛いネコと手をつないで。


部屋に戻ると、即効スズを寝台に押し倒した。

仰天した鳴き声にもかかわらず、口づけを降り注ぐように浴びせる。

「殿下、そのようなことをされたら化粧が落ちてしまいます」

「お前はそれしか言う事がないのか、キムザ」

「ああ、御髪おぐしも乱れてしまって」

他の女官たちは、当てられたようにもじもじとしている。

「昼餉は、陛下たちと召しあがるようにとリンドウさまから言付かっております」

「そうか。スズ、一人でご飯を食べてお留守番できるか」

抱き上げて膝にのせると、その頬に口をつけた。

こっくりと頷いたスズの口に、舌を差し込む。

「すぐに帰ってくるからな」

了解したというふうに鳴くスズを抱きしめると、昼餉が用意されている椅子に下ろした。

「飯が終われば、お前たちは下がっていいから。この子を頼んだよ」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ、殿下」

キムザは少女を見て、ほほ笑んだ。どうやらこの老女は、わたしのネコを気に入ったらしい。

スズの額に口を落とすと、部屋を出た。

気合いを入れるように小さな息を吐き、ボケボンクラたちの元に向かう。



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