冬の朝
翌朝。女官の声で目を覚ました。
腕の中にいるスズはまだ寝ている。
痛々しい背中はわたしの胸にくっついていた。
小さな肩が微かに上下している。
「朝だよ。起きなさい」
頭に口を付けても反応しない。
「スズ」
髪をかきあげて耳に息を吹きかけると、うるさそうに蒲団に潜り込んだ。
少し可愛がり過ぎたかもしれない。
身体を起こすと、女官たちが真っ赤な顔で戸惑ったようにこちらを見ていた。
ただ一人、老女のキムザは平然と茶を入れている。
「おはようございます、殿下」
「おはよう、キムザ。いい天気だ」
老女から茶を受け取って寝台の宮に凭れる。
辺りには脱ぎ散らかした、わたしとスズの寝着が落ちている。
「お嬢さまのお着替えも用意いたしておりますが、いかがいたしましょう」
それを拾いながらキムザは淡々と言った。
「まだ寝させてやってくれ」
ぺらりと蒲団をめくってスズを見る。熟睡していた。
二十五の立派な成人男性が、ただ突っ立って妙齢の女官(内一人は老女)に衣を着せられるのは、しごく滑稽なことであると思う。
思春期時は断固拒否したものだが、老女に「わたくしたちの仕事を奪うな」と諭され、納得した。
ここはそんな所だ。馬鹿馬鹿しくてやっていられない。
黙々と朝飯を食っている間も、五人の女官たちは控えている。
「ヤン・チャオさま」
「おはようございます」
リンドウとカイドウが入ってきた。
「本日の正午に、陛下からお話があるそうです」
「お二人の兄王子さまもお呼びがかかっております」
「ああ、面倒くさい」
あの父と、兄たちに会うのは。
思わずため息をついた。
隙を見計らって、また逃げてやろうか。
スズを連れて。
「……何を考えていらっしゃるのですか?」
「今日はいい天気だなあと」
午前中は、久しぶりに散策でもするか。
町中とは違うこの城内にスズも喜ぶに違いない。
窓の縁に腰をかけて、茶をすする。
ウラウラとした陽光の中、小鳥たちが飛んで行った。
今年の冬は暖かいな。
後ろからスズの鳴き声がした。目を覚ましたらしい。
ぼさぼさ頭で、まだ寝ぼけたように目をこする。
寝台の上で、ぺたんと座っている裸の少女の胸元と首筋には、昨夜付けた赤い斑点が散っている。
わたしとキムザ以外の全員が顔を真っ赤にした。
「やっと起きたか」
しかし、スズは部屋の人数の多さに仰天したらしい。
大きな目を見開いて、じりじりと後退した。
そして大きな音をたてて転げ落ちた。
「スズ!」
急いで駆け付けると、再度、頭を打ったようだ。
丸く頭を抱え込んで、痛みに震えていた。
「本当に、お前は……」
抱え込むと相当痛かったのだろう、涙を流していた。
「またコブを作ってしまったね」
寝台のふちに腰かけて、慰めるように揺らしてやる。
「あ、あのう……、ヤン・チャオさま……」
戸惑ったようなリンドウの声がした。
「お前たち、用は終わったのだろう。下がって良い」
二人のお付きと女官たちに言う。
「まだ、お嬢さまのお着替えが終わっていません」
「では、キムザは残りなさい。ああ、この子の朝餉もあるな」
「わたくしがご用意いたします」
わさわさとカイドウたちが出て行くと、いきなり静かになった。
「スズ」
もう大丈夫かと額に口をつけると、大丈夫というように鳴いた。
「おいで。このおばあちゃんが、衣を着せてくれるからね。大人しく立っていなさい」
抱き上げたスズをキムザの前に下ろすと、少女はきょとんと老女を見上げた。
「女官のキムザだよ」
「はじめまして、お嬢さま」
老女が美しい礼をする。
スズは、ペコンとお辞儀をし、にっこりと笑った。
釣られたように、キムザも微笑んだ。
驚いた。この女官が笑った顔なぞ初めて見た。
手際よく衣をつけられてゆくスズを、椅子に座って頬をついて観賞する。
女というものは、美しいものを身に纏うと変身する。素の良いものは当たり前だが、そうでないものもそれなりに。
しかもわたしのネコは、可愛い少女だ。
うっすら化粧され(白粉に咳きこんだ)、いつもは括りもしない髪を結われ(初めてなのだろう、硬直していた)、沓を履かされ(若干顔を顰めた)全てが終わった時には、城一番の美少女がそこにいた。
「なんて可愛らしい」
キムザがうっとりとした声を出す。
驚いた。この女官の柔らかい声なぞ初めて聞いた。
「すごいな。お姫さまの誕生だ」
おどけてスズの前に片膝をつくと、その小さな手を取って口を付けた。
にっこり笑って口を重ねてくる少女に苦笑する。
「殿下、紅がついてしまいますよ」
「それは困る」
そう言いながらも離し難い。結局、紅を舐めとってしまい、キムザに文句を言われた。