表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネコとわたし  作者: まめご
第Ⅰ部 ネコとわたし
5/37

王子の帰還

城の中は相変わらずだった。

慇懃無礼な重苦しさと、高慢さ、そして空気が薄い。

なんでこんな所に生まれたのだろうとつくづく思う。

いっそ橋の下にでも生み落としてくれればよかったのだ、母上は。

少女を抱えて歩くわたしを、女官や臣下が不思議そうな目で見ている。

スズは怯えると思いきや、好奇心の方が勝っているようだ。

せわしなくあちらこちらを見渡していた。

南のティエンランの宮廷を厳格、西のクズハの王宮を華美、北のチャルカの宮殿を軽薄と形容するならば、東のジンは無骨だった。

戦闘を第一に設計されたであろうこの城は、ジンの国柄をよく現わしている。女子供が望む様な華麗さは微塵もない。ちなみに夏は地獄の様に暑くて、冬は極寒の如く寒い。


数ヵ月ぶりに自室の扉を開ける。

とたんにスズは喜んで腕の中から飛び降りた。

大きな窓に走り寄り、重厚な机を叩き、寝台の上で飛び跳ねた。

「こら、落ち着きなさい」

聞く耳をもたない。今度は大理石の感触を確かめるように、ぺったりと床に寝そべった。

「こらこら、汚いだろう」

慌てて抱き上げようとすると、そのままコロコロと転がってゆく。

「スズ」

追いかけるが、遊んでいるのか、からかっているのか、逃げるように転がる。

そして机に頭をぶつけた。

ゴンと大きな音がした。

「ほら、痛かったろう」

頭を両手で押えてうずくまっているスズを抱き上げ、窓の下の椅子に腰かけた。

触ると少しコブができている。

全くこのネコは。

クスクス笑いながら撫でてやると、むくれて横を向いた。

涙目になっている。よほど痛かったらしい。

「床は転がるものじゃないんだよ」

白い額に口を落とすと、ぷくりと膨れた。

「ヤン・チャオさま」

「おかえりなさいませ」

カイドウとリンドウが入室し、目を点にした。

まあ、仕方がないだろう。わたしとスズは口づけを交わしていたから。

「そ、そ、その子も連れてきたのですか!」

リンドウの悲鳴に近い声が響く。

「ネコを連れて行くといったではないですか、まさか……」

「そうだな、正確にいえばネコのような少女だ」

スズの頬に指を這わせながら、歌うように言う。

「駄目です! 今すぐ捨ててきてください!」

ビシッとリンドウが窓を差すと、嫌だというようにスズがわたしの衣に縋った。大きな瞳がうるんでくる。

「そうかそうか、離れるのは嫌か。では、一緒にゆこう」

こくりと頷いた少女を抱き上げて、窓枠に足をかけた。

「父上には、持病の癪が悪化して死んだと伝えてくれ」

「伝えるかぁあああ!」

お、切れたな、カイドウが。

お付き二人の叫び声と、わたしののらりくらりとした声、それからたまにスズの退屈そうな鳴き声が混じった時間が過ぎた。

一刻経った。

再び王子に逃げられるよりは幾分かマシだと判断した二人は、しぶしぶ了承した。

「では……。その娘の部屋を用意させますので……」

「必要ない」

「は?」

「このネコも、ここで暮らすのだ。わたしと一緒に」

なあ、スズ。ふっくらした唇を撫でると、賛同するように鳴く。

「それは、その、夜も含めて……」

「当たり前だ」

なあ、スズ。白い耳を優しく噛むと、甘えるように鳴いた。

「アホかぁあああ!」

カイドウがそばにあった机を叩く。ドンと響いた。

あ、二段階目に入ったな。

「王子に向かってアホとはなんだ、アホとは。口を慎め」

「アホやからアホゆうとんじゃあボケえ! こんなパッパラパーな小娘に手えだしやがって! ややが生まれたらどないすんじゃい、こいつが妃になるんか!」

この一見、涼やかな男は、興奮状態二段階目に入るとお国言葉が出る。

中々に下品で面白い。

昔はそれ聞きたさによくからかったものだ。

「子供は多い方がいいな」

なあ、スズ。抱きよせて、茶色い髪の毛に口をつけた。

しかし、スズははしゃぎ疲れたのか寝息を立てていた。

「ああ、わたしのネコが寝てしまった。そう言う訳でお前たち、退出」

シッシと手を振ると、カイドウリンドウの背後からゴオウと怒りの風が吹いた。

気にすることなく、可愛い寝顔を愛でる。

警戒心のない無邪気な寝顔。口からよだれが少し垂れていた。

お付き二人とは幼いころからの付き合いだ。性格も行動も読めている。

「それと、食事はこれから部屋で食べる。時間になったら持ってきてくれないか」

「……分かりました……」

結局、最後はわたしの我儘が通るのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ