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ネコとわたし  作者: まめご
第Ⅱ部 王さまとおれ
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チャルカのイコマ

空は遠く、濃く青い。

「朝かー……」

ぼんやりと目覚を覚ませば、ムカつくほどの晴天だった。

ひっくり返ったまま伸びをすると、ぽすんと手に何かが当たる。

ウタだ。

人さまの寝台の半分をちゃっかり占領して、呑気に寝入っているバカ娘だ。

惰眠をむさぼるその姿は魚河岸のマグロの如し、ましてや涎をたらしてカーカーいびきすらかいている。

いくらとびきりの美少女といえど、全く欲情しない。むしろ萎える。

「おい」

そのケツを蹴り上げると、ウタはウニャウニャと呻き、うっとおしそうに頭を掻き、再び眠りに落ちた。

「おいこら起きんかい、このボケェ!」

「はうッ!」

二度目の蹴りで飛び上がったウタは、なんだお前か、というような顔でおれを見た。

「おはようございマス。オージ」

「はい、おはようさん……って違うわ!」

正座をしてペコリと頭を下げたウタにつられた後で、その頭に手刀を落とした。

「報告、報告はどないした! 深夜にやってきた思たら、何も言わんとさっさと寝よってからに!」

「エー。言いましたよ、おやすみなさいっテ」

「そら報告ちゃうわ、ご挨拶や! ジンは、あのスチャラカおバカ野郎はどないなっとんねん、さっさと言わんかい!」

「アハハ、オージったら朝から元気―」

元から頭の線が二、三本緩んでいる娘だが、さすがにおれも堪忍袋の緒が切れた。

よくそれで暗部が務まるな。大丈夫か、この国は。

「こんの……マグロ娘が……!」

「キャー、オージにおそわれルー」

寝台の上でウタとすったもんだしていると、扉が開いた。

「おはようございます、イコマさま。お目覚め……」

お付きのセンリが硬直して突っ立っていた。


「殿下になんてことをしているのです、手を離しなさい!」

硬直は一瞬のこと、センリはキンキンする怒声をあげて、猛然と駆けよってきた。

まるで怒れる雄牛の如く、黙っていれば可憐な美女なのに、本当にウタといい、お前ら

色んなところが残念だ。

「エー」

「お下がり! 暗部ふぜいが!」

ウタはもう慣れっこなので、ヘラヘラと笑うばかりである。どころか、おれの腕に挑発するように絡みついてきた。

「オージィ。ねえ、お腹すいター」

甘えるように腕を揺さぶり、乳を押し当てるこの光景に、センリのこめかみに筋が走る。

ウタがちらりと目を上げてふふんと鼻で笑った。火花を散らす女2人。

片や焦げ茶の長い髪に明るい胡桃色の瞳の色白美少女。片や紫紺色のたっぷりとした髪をきりちと結いあげた漆黒の瞳を持つ玲籠な美女。その間に挟まれているおれ。

誰か助けろ。

だいたい、ウタはお互いの利害一致ゆえにおれに接触しているだけだし、センリはその生真面目な性格上、「ご主人さま命」以外のなにものでもない。と言う訳で、一番割を食っているのはこのおれである。毎度毎度。

ほんと、誰か助けろよ。

「もう、ええから」

白旗を上げたのはおれだ。このままじゃあ、灰になっちまう。

「ええからセンリ。朝飯二膳用意せい」

「……畏まりました」

ぎりりと唇を噛んで、センリは踵を返した。

「わーい、ごはんごはン」

「お前も大概にせえよ」

呑気に喜ぶウタの頭をどついて、ため息をつきつつ寝台を降りる。朝の支度の為、女官たちがわらわらと寄ってきた。


おれの名はイコマという。

チャルカの王宮で産声を上げて、城下と言える港町を庭にして育った。

涙なしでは語れないような過去も、どこかのスカタンみたいに疎外感を感じたこともない。

ちびっとは責があるかもしれないが、親父や兄貴たちに比べたら、屁みたいに軽いものだ。

ちなみにどこかのスカタンは、おれの友人だ。

数年前に一緒に旅をした。変な奴で矜持は山のように高く、人を見下すきらいがある。そのくせ一度ひとたび懐に飛び込めば驚くほど温かい、そんな男だ。

拾った小娘を慈しんでいるという噂は聞いていたが、初冬頃に出したご機嫌伺いの返事のふみが、すごかった。

一言でいえば「お花畑炎上」。

笑いを堪えて読んでいたおれは、三行目で赤面し、五行目で気分が悪くなり、十行目で手が震え、十二行目で脂汗を滲ませ、十五行目で奇声を発しつつ手紙を投げ出した。

「どうかされましたか?」

「読んでみ」

センリは五秒で脱落した。これ以上は無理です、とゆでダコのような顔で。まあ、処女にはきつ過ぎる内容だったと思う。

あいつを陥落した娘を見てみたい、冬が終わったらジンにゆこうか、と思っていた矢先だ。

娘が殺された。王になった奴は、恐怖政治を慣行、国中を奈落の底に落としているという。果てはティエンラン侵略の噂まで飛び出す始末だ。


「本当ですヨ」

わしわしと際限ない食欲を見せながら、ウタは頷いた。

王宮の暗部はみそっかすのおれにまで、情報を公開してくれるほど親切じゃない。

だから、その一人であるウタを抱きこんだ。

頭は緩いくせに仕事はきっちりとしてくる。そういうところは役に立つ。

「城の中までは入り込めませんでしたが、確実デス。城下とか浮足立ってましたシ」

「なんで言い切れんねん」

「おかしらの報告書をこっそり見ちゃいまシタ」

エヘと無邪気な笑顔で笑ったウタは、漬物に箸を伸ばした。

「それにしてもヤン・チャオ陛下って嫌な奴ですネ。罪のない子供まで殺したそうですよ、サイテイ」

「そんな男じゃなかったんやけどなー……」

しばらくすがすがしいとまで言えるウタの食いっぷりを眺めていたが、よし、と決心した。

「おれ、ジンに行ってくるわ」

「え?」

後ろで控えていたセンリが裏返った声を出す。

「何ておっしゃいました?」

「ジンに行ってくるっていうた」

正直、あいつに恋愛なんてできるのかと思っていた。

とんでもない。おれは死んだからといって狂うほど、そんなに深く人を愛したことはない。

まさか、あいつにそんな激しさがあったとは(傍迷惑なのが、らしいといえばらしいが)。

普通の人間ならば、心の内で葛藤しながら昇華させていくのだろう。

だから、驚きと共に衝撃だった。

こういう時こそ傍にいてやりたい。

なんとかできるもんなら、してやりたい。

「だっておれ、あいつのこと好きやもん」

言った瞬間、センリが手にしていた茶器をガチャンと落とした。

「なにしとんねんな」

「え、オージってそういう趣味? そういう趣味?」

ウタはやけにキラキラした目で聞いてくる。

「そういう趣味ってどういう趣味やねん! ちゃうわアホンダラ!」

「なんだ、つまんなイ」

今まで散々親父に反対されて引きさがっていたが、もう決めた。国をぬけだしてもあいつの元へ。

ただ手をこまねいて傍観するなんて、友情がすたる。

ヤン・チャオ。おれはお前を助けに行くよ。


結果的に言えば、おれは傲慢だった。

引き連れていった仲間たちは、次々と戦場に命を落とし、ウタとセンリもおれの前から消えた。

祖国のつらに泥を塗り、そして友人ですら救うことはできなかった。


だけどな。

例え全てを知っていたとしても、おれはどうしてもお前を助けたかったんだ。


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