来客
深夜。
ふと圧し掛かる重圧に目を覚ました。
スズかと思いきや、その割には重いしごつい。
男だった。
かつてアオイの従者として城に入りわたしたちを憎々しげに見つめ、数日前にはスズを殺し、そしてわたしの顔を踏みつけたあの男。
確か、イランと呼ばれていた。
「よお」
まるで旧知の友人に対するような気軽さで、イランは笑った。
その割に目は冷えており、蜀台の灯りを受けて野獣の如く光っている。
「どいてくれないか」
わたしは言った。
「男に襲われるような趣味は持ち合わせていない」
イランは楽しそうに喉の奥で笑うと、手を伸ばしわたしの首にかけた。
「おれも男に突っ込む趣味なんてねえよ。ジンの第三王子は口減らずだな」
「生憎、口から先に生まれてきたものでね」
いい終わるか否やで、足を蹴り上げ男の首にかけようとした。同時に枕の下の短剣に手を伸ばす、という動作は未遂に終わった。
素早く羽交い絞めにされたからだ。
暴漢に襲われた乙女の様な態勢になってしまった。
「何の用だ。殺すのならばさっさと殺せ。いい年をした男をいたぶって面白いのか、お前は」
ぎっちり手を押さえ付けられながらも憮然として言うと、イランはまた笑った。
「いいや。親愛なる王子サマにお願いがあってここに来たんだ」
にやにやとイランは続けた。
「ティエンランに侵略してほしんだよ。聞けば王になる最有力者はあんただってゆうじゃねえか。それにあんたの不満とも一致するし、悪い話じゃねえと思うんだがなあ」
「断る」
確かにこの王朝を滅ぼし、国土を焦土としてしまいたいという願いは、大戦を起こせばたやすく実現出来るのかもしれない。
だが、人に命令されるのはまっぴら御免だ。違う道を模索する。
「ならば」
イランはそこで声を落とした。
「お前の愛姫を凌辱してやる」
頭の後ろがカッと熱くなった。
「墓の検討はついてるんだ、遺体を掘り起こして野ざらしにしてやるよ。衣装もはぎ取って、すっ裸でな。さぞかし、いい姿だろうなあ」
「この……虫けらが……」
あまりの腹立たしさに、うまく呼吸ができない。
「ああ、そうさ。おれたちは底辺で生きる虫けらだ。だが覚えておけ。お前が執着した女も、所詮は虫けらの仲間だった。どんな綺麗事を言っても、どんなに着飾っても、光に焦がれて死ぬような程度も見極められない、そんな女だったんだよ」
感情すら露わにしてまくしたてるイランに、ああ、そうか、と怒り渦巻く頭の隅で、納得した。
この男もスズを愛していたのか、と。
数年後、イランをスズの墓の前で殺した。