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ネコとわたし  作者: まめご
第Ⅰ部 ネコとわたし
33/37

喪失

遠くで鳥が鳴いている。

寝台の宮にもたれたまま、目線を下に動かすと、これでもかと巻かれた包帯が目に入った。

全体を巡る痛みは未だに癒えないが、それでも動かす事はできる。

スズはいない。

あれから意識を取り戻し、震える腕の中に閉じ込めたスズは、どれほど呼んでも反応を示さず、瞳に光は宿らなかった。

スズがいない。

悲しいとは思わない。

きっとそれは後から湧いてくる感情なのだろう。

今は、信じられない。

あの小さな姿が消えたなど。

あの可愛らしい声が聞こえないなど。

スズはどこへ行ったのだ、探さなければ、と思い、ああもういないのだ、と思い直す。

しかしまたすぐに、スズはどこへ行ったのだ、と目線を彷徨わせ、同じ思いを繰り返す。

ただ繰り返す。

墓は極秘に森の中の、二人の秘密の場所に建てた。

葬儀はしていない。

公にすれば、現実を認めてしまうことになる。

わたしは現実を認めたくなかった。

窓の外、一羽の鳥が飛び立ち、もう一羽が追いかけて行った。

不思議なものだ。

スズが消えても、世界は崩壊することもなく、同じように流れてゆく。

「ヤン・チャオさま」

扉を叩く音がして、カイドウとリンドウが入ってきた。

「包帯をお替えします」

黙々と作業をするカイドウは、何かを言いかけ、そして俯いた。

普段なら軽口の一つや二つ、叩いたかもしれない。

横にいるスズが手伝っているつもりで邪魔をし、その愛らしさにクラクラしたわたしが襲い、カイドウ切れてが暴言を吐く、そんな日々はもうこない。

先程の鳥たちが戻り、枝の上でさえずり始めた。

「カイドウ、どけ」

怪訝な顔をしたカイドウが一歩引くと、手近にあった茶器を窓めがけ、怒り任せにぶん投げた。

激痛のせいで惜しくも壁に当たり、派手な音をたててそれは砕け散ったが、鳥たちは驚いたらしい、枝を蹴って飛び立っていった。

「ふざけるな」

めぐる怒りに身を任せ、喘ぎながら包帯を毟る。

なぜスズが消えたのに日常は呑気に過ぎてゆく。

なぜわたしは生き残っている。

なぜスズがいない。

なぜこんな理不尽な仕打ちをされねばならない。

怒りはいつかの黒いほむらに火を灯した。

滅んでしまえ。

焔はそう叫んでいる。

この手で全て滅ぼしてしまえ。

「取り込み中かな?」

暴れるわたし、すがるカイドウ、動揺のあまり泣きじゃくっているリンドウで混乱の最中、ハヅキが顔を出した。

そのハヅキに猛進した。

傷口が開き、血が滲んだが気にしてられない。

「お前」

さすがに驚いて立ち尽くしているハヅキの胸元を引っ掴み、勢いで引きよせる。

「えらくいい時期にわたしの前に姿を現せたな。いつからあいつらと接触していた」

友人でもありティエンランに恨みをもっているハヅキ。

もしわたしなら、こんな都合の良い人間を放っておかない。

目を見開いていたハヅキは、フン、とふてぶてしい顔になった。

「ぼくはね、ヤン・チャオ」

いっそ見下したように、口を歪める。

「過程はどうでもいいんだよ、結果さえ出れば。その為には誰に魂を売っても構わない」

「下郎が」

「何とでも。貴重なものも見れたしね。日頃スカしている君が取り乱している様子は、中々に見ものだよ」

締めあげられながら、それでも不遜な態度を崩さないハヅキの首をこのまま折ってしまおうか、と思った時、カイドウが中に割って入った。

「おやめください、ヤン・チャオさま。お体に障ります」

どこまでもわたしを心配するカイドウに免じて、ハヅキの体を叩きつけるように離す。

床に膝をついて咳き込んでいたハヅキはまだ嗤っている。

「全てを手にしてた者が、大切な者を失って崩れて行く様は、とても滑稽で美しいね。ゾクゾクするよ」

その顔を蹴り上げ、カイドウに言った。

「北の牢に繋いでおけ」

「殺さないんですか」

カイドウも無慈悲なものである。

「まだ価値はある。利用されっぱなしというのも胸糞悪い」

「畏まりました」


そしてこの夜、招かざる客が来た。




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