二つの血
スズが素早いのは知ってはいたが、まさかこれほどまでとは。
床や壁を利用し、跳躍しては相手に切りかかる。
黒い衣を纏う彼らの中を、踊るように跳ねるスズの姿は、永遠に閉じ込めておきたいほど美しかった。
とはいえわたしも見惚れてばかりいた訳ではない。
黒の中の小柄な一人に集中して剣をなぎ払う。
放っておいてくれればいいものを、他の黒が襲いかかってくる。
彼らは異様だった。
全身黒ずくめ、顔さえ黒い布で覆われて覗くのは眼のみ。
なんだその格好は。
黒頭巾ちゃんか。
「強者に相まみえる幸運に感謝すれども」
ほんの僅かにできた隙を縫って、わたしは嘲笑した。
「顔すら見せぬとは卑怯者め。今日び色町の女でも素顔をさらすというのに」
春をひさぐ女以下、との侮辱に激高したのは彼らではなく、スズだった。
しかも全然別の方向で。
「あなたはそんな所でも遊んでいたんですかッ!」
怒りが増幅されたような蹴りをその相手に叩きこむと、ものすごい形相でこちらに向かってくる。
「違う、違う。スズ、誤解だ、いや、昔の話だ」
わたしは慌てた。心底、慌てた。
「まだお前と知りあう前だ、今は行っていない」
「門答無用!」
とっさに押しやった目の前の黒の腹に、スズの拳が入る。
そいつは大音量をたてて壁に叩きつけられた。
恐るべし。スズ、怒りの鉄拳。
「昔の話だというのに。おい、君からも何か言ってくれないか。スズと仲間だったんだろう」
剣を交えていた小柄な黒坊主に助けを求める。
「ええ!? ぼくぅ!?」
動揺した奴の腹を一気に貫いた。黒坊主は呻き声を上げて床に転がった。
なに、卑怯者は彼らだけではない。
「スズ、お前はわたしの心を知っている癖に、なぜそんなに怒る」
「知っていマス。だから腹立たし……」
言葉は途中で途切れて、スズがのけぞる。喉がヒュッと鳴った。
「茶番はここまでだ」
スズの背中に深々と剣が突き立てられている。貫通して胸元から剣先が付き出ていた。
その後ろに男が一人、まな板に包丁でも差しているような目でスズを見下ろしている。
「ア……」
目の前の光景が信じられなかった。一瞬、全てが止まった。
「スズッ!」
駆け寄ろうとしたその時、背中に激痛が走った。
二度。三度。
四度目でわたしは床に倒れた。体は動かず、目だけで必死にスズの姿を探す。
「手間どらせやがって」
ぎちりと視界が歪んだ。おそらく頭を踏みつけられたのだろう。
この男、殺す。今、死んでも取り憑いて恨み殺してやる。
「騒ぎを聞きつけましたね」
「遅せえなぁ」
「引くわよ」
遠く声が聞こえ、闇者が退散する気配がした。
体は動かない。
もどかしさを抱えて頭をどうにか巡らせると、スズの白い腕が見えた。
その脇からじわりじわりと紅い血が流れ出ている。同じものが此方からも流れ進んでいるのが分かった。わたしの血だ。
二つの流血が触れ合った時、スズの小さな鳴き声が聞こえた気がした。
――西で
意識はそこで途切れた。