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ネコとわたし  作者: まめご
第Ⅰ部 ネコとわたし
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闇者襲来

目を見開いて追い詰められたように震えていたスズが、突然、悲鳴を上げてわたしを突き飛ばした。両の手で、思い切り。

予想外の行動に、したたか床に尻を打ちつけた。

「痛いではないか、スズ。何をする」

そのまま掻っ切られていたら痛いどころではないが、と思いつつもスズを見上げると、涙に濡らせた目を光らせて、スズが私を睨んでいる。

拳を握り締めて、まるで満身創痍のごとく。

「光なんか、知らなければよかっタ」

魂を振り絞るように、スズは叫んだ。

「ただの愛玩物のままでよかったのに、玩具のまま捨ててくれたらよかったのに、光など知りたくなかったのにッ」

まるで癇癪を起こした子供のように号泣している。


「愛なんか、欲しくなかっタ!」


多分、今までスズは、道具として扱われてきたのだろう。

目的のためならどんな手段も問わない闇の連中。

そんな者たちにとって、愛だの恋だのは、手段でしかない。

これほど美しい娘だ、これまでにも幾人かから惜しみない愛を受けたに違いない(おそらくアオイもそのうちの一人だ)。

それにスズがどう応じたのかは知らないし、知りたくもない。

だが、私に対しては一番激しく反応した。その証拠に晒してはならない本心を、今、激情のままにぶち上げている。

愛される喜びを知ってしまったスズは、愛など欲しくなかったと叫んだ。

任務と情の間でもがき苦しんだ。


闇に染まりきれなかった優しい娘。

冷徹な心を持てなかった不幸な娘。      


「スズ」

床に腰を下ろしたまま、片腕を上げる。

「おいで」

スズは一瞬、ためらったが、素直におずおずと近づいてきた。

その身を思い切り抱きしめた。

ああ。

涙さえ零れそうな、この愛おしさ。

ああ、お前はわたしの半身だ。

繋がる唇から溶け合い融合しないのが不思議なくらいだ。


「あなたがあたしより、先に逝くのはイヤ」

スズはわたしの胸に頬をつけている。ぴっとりとくっついて、いつものように。

「ものすごい矛盾だな」

つい先ほど、本気で襲い掛かったくせに。

クスクスとスズは可笑しそうに笑う。

「他の人にやられるくらいなら、あたしがやると言ったノ。でも、無理だっタ」

「二人一緒に西に行くのも悪くない」

静かに時の流れる室内、傍からは誰も見当たらず、閑散としている。

風が梢を揺らす音が遠くに聞こえる。

だが、ひたひたと殺気だった気配を感じる。いうなれば飢えた狼に囲まれたような感じの。

その中でわたしは床に座り込み、膝の上のスズと抱き合っていた。

時折、睦むように口づけを交わす。

「何人いる?」

可愛い耳に囁くように聞くと、スズは感じて(スズはいつだって感度良好だ)ピクリと動いたが、すぐに小声で答えた。

「四人」

甘えたように擦り寄って、わたしの耳たぶを甘く噛んだ。

「東に一人、西に二人、北に一人、東が一番強イ」

「そうか。困ったな」

本当に困った。唯一空いている南側は窓のない壁面だ。頼るべき剣は遠くに投げ出されたままだし、傍に転がっているスズの短剣はいささか馴染みがない。

「ね、砂漠を知っていル?」

潤み始めた瞳でスズが私に聞いた。状況から全く明後日の質問に、わたしは答えた。

「知っている。見渡す限りの砂山で、この大陸にはない」

答えながら、差し出された指を口に含む。ちゅくりと音がした。

「月が砂丘を照らし、ラクダという不思議な動物がサバサバと渡る」

「いつか行きたい、二人デ」

「死ぬ気はないんだな」

深く頷いたスズを引きよせ、口付けた。


「では行こう」

あまりにもあっさり立ち上がると、気配が一瞬、動揺したのが分かった。

スズを抱えたまま、スタスタと扉に向かう。とにかくここを出てしまえばどうにでもなる。


天井から四つの黒い影が落ちてきたのと、わたしの腕の中からスズが飛んだのと、わたしが落ちていた馴染み深き剣を拾ったのは、ほぼ同時だった。


乱闘が始まった。




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