告白
「……いつから気が付いてイタ」
「勿論、最初から」
スズは「何に」気が付いていたかとは聞かなかったので、取りあえずは答えてみた。
正直にいえば「裏がある」とは最初から気が付いていたが、スズの正体は後になって判明したという所だ。なんてことはない、本人がそれを明かした。
わたしたちは、程よい距離を保って睨み合っている。
傍目には熱烈な愛の現場とも見えなくはないが、悲しいかなお互い構えている刃がそれを全否定している。
「ほら、危ないというのに。怪我をするよ、剣を置きなさい」
わたしの言葉にスズは乗ってこなかった。残念無念。
「分かっていたのに、あたしを連れ帰ったノカ」
「ノコノコと付いてきたかわいい娘を全面的に信用するほど、わたしは親切な人間ではないんだよ」
純粋に面白そうだと思った、ただそれだけの理由だ。
「速攻で食ったくせニ」
ぼそりと呟いたスズの言葉は無視することにした。
「わたしを殺すのか、スズ。それともこれは新しい前戯かな」
「ふざけたことをッ!」
ふざけてはなかったのだが、この言葉はスズを刺激したらしい。軽やかに駆けると鋭い一撃を脇腹めがけて放ってきた。
咄嗟に受け止め、そのまま繰り出される手合いを流す。このままでは不利だと悟ったスズは再び離れた。間合いの取り方は完璧で、さすが、と賞賛するより他はない。
「どうせ殺されるなら、訳を知りたいね、スズ。なぜわたしに剣を向ける」
スズは答えない。微動だにもしない。
仕方がないので、自分で答えた。
「スズ。お前の本当の名前はワカという。クズハの王子、アオイについていた臣下がお前の仲間だ」
勿論、アオイも事情を知っているはずだ。
「お前たちは闇者だな」
金次第でなんでもこなす、闇に潜む連中。
「スズ本人がそう言ったではないか、けぶる森の中で。城に閉じこもらず、国中をブラブラと放浪していたわたしは、格好の標的だったのだろう。聾唖で頭の足りないふりをしていたのは、都合の悪い出来事を簡単に誤魔化せるからだ。途中からお前の鳴き声が分かるようになったのは、そういう術か何かなのだろう」
あの女が視線だけでわたしを絡め取ったような。
「そして逐一、城の状態を仲間に知らせていた。これで」
近くにあった卓を、手の甲で軽く叩いてみせる。コンコンと音がした。
スズの眉がピクリと動いた。
「さて、目的はなんなのか。これが分らなかったが、多分、チャルカが関係しているんだろうな」
王家と商人連合の対立が膠着している中、他国で戦が起きる。
例えばジンがティエンランかクズハに攻撃を仕掛ける。小国二国が大国に歯向かうことはありえないから、行動を起こすならジンが最初だろう。
そうなればチャルカは喧嘩どころではない。商人は流通の流れに敏感だし、王家も面目が保てる。あくまでも、チャルカが戦をしてはならない。国は何一つ人命を損なうことなく、協力の名の元、武器を供給して金を潤えるのが目的だとしたら。
そう考えると、ティエンランに恨みを持つハヅキがここへ来たのは、偶然ではない。
もう一つ言えば、クズハのアオイが挨拶回りと称して、各国を回っていたのも、それなりに意味を持ってくる。
勝手にやればいい。
唾を吐きたい勢いでそう思う。くだらない、勝手にやればいい。
「だが、お前に会えたのは感謝すべきだな」
心底、そう思う。
わたしに接触したのがスズでなくて、また別の女だったら。きっと散々遊んだ後、適当に捨てていただろう。
だが、スズだった。正体に気が付いても、わたしはこの娘を手放したくなかった。
美しい菓子の家を壊したくなかったのだ。
恋をすれば女は狂うというが、男だって狂う。
「愛しているんだ。どうしようもないほど」
ただ、お前なんだ、スズ。
お前の存在が絶対的なほど、狂おしく愛おしい。
剣を構えているわたしの愛姫は何も言わない。ただ喉が微かに上下した。
「だから、お前になら殺られてもいい」
手にしていた剣をぞんざいに投げると、ガチャンと安っぽい音がした。
気にせずにスズに近づく。
一歩。また一歩。ゆっくりと。
スズは明らかに驚愕の顔付きになった。はっきりともう怯えている。
「こないデ!」
声を振り絞ってスズは叫んだ。
「お願い、こっちこないでッ!」
スズの前に膝をつくと、その手に握られている短剣をそっと己の首に宛がった。
掌と首に小さな切り傷ができ、血が流れた。
「さあ、スズ」
不敵なほどにっこりと笑って見せる。
さて、吉と出るか、凶と出るか。
「ここが頸動脈だよ。一気に引きなさい」
スズは答えない。細かく震えている。