ネコと旅
金というものはすぐになくなる。
特にスズと一緒になってから。
宿はともかくとして、飯代がかさんで仕方がない(よく食うネコだった)。
仕事をすることになった。
日払いなのでありがたい。
この日は薪割りをやった。
わたしのネコも手伝ってくれる。
別にネコの手を借りるほどでもないが、一人でやるよりは楽しいものだ。
台の上にスズがちょこんと薪を置く。
そして慌てたように走って避難する(斧が薪を割るときの音が怖いらしい)。
わたしが薪を割る。
再びスズが駆け寄ってそれを取ると、新しい薪を置く。
繰り返している内に、スズが疲れたのだろう、キュウとひっくり返ってしまった。
「飯にしようか」
笑いながら言うと現金なものだ、すぐに起き上がった。
宿の飯をうまそうにワシワシと食う。
「満足したか」
満腹満足満悦というふうに腹を叩いた。
薪割りを再開する。
スズもチョロチョロと走って、手伝ってくれる。
全てが終わったのは、昼過ぎだった。
腕が痺れている。やはり斧と剣は違うものか。
スズも疲れたように鳴いた。
「よくがんばったな」
焦げ茶の頭をグリグリと撫でてやる。
「少し町をぶらついてから帰ろうか」
いこう、いこうと手を取る。
「こらこら、スズ。まだ金をもらってないよ」
有難く賃金を押し頂いて、スズと手をつないで町にでる。
出店で買った饅頭を食い歩きながらブラブラ歩く。
何気なく雑貨店に寄った。
「何か欲しいものでもあったのか」
スズがじっと一点を見つめている。
ビロウドの首飾りだった。紺色の地に赤い鈴が付いている。
「お前がこれをつけると、本当にネコになってしまうよ」
笑いながら言ったが、ねだるように見上げてくる。
その可愛らしさに負けて、結局買った。
外に出て、早速つけてやると黒い瞳が喜びに輝いた。
自分でリンリンと鳴らして遊んでいる。
そして大通りの真ん中でわたしに飛びついた。
抱き上げると、人目を憚らず嬉しそうに唇を重ねてきた。
「こらこら」
苦笑しつつも、応じる。
人々の好奇の視線が集まったが、まったくかまわなかった。
ある日、ちょっと足を伸ばして川へ遊びに行った。
大きくも小さくもない、ごく標準的な渓流だ。
目の前の流れは緩やかだが、上流は岩の上から水がゴウゴウと落ちていた。
スズが歓声を上げて走り寄る。
と、その足が止まった。
一点を凝視したまま動かない。
「スズ?」
不思議に思ってみると、一匹のカエルがわたしのネコと対峙していた。
「まさか食う気じゃあるまいな」
からかうように言うと、スズは奇声を発してわたしに飛びついた。
そのままものすごい勢いでよじ登ってくる。
「こら、スズ、どうし……」
口を塞がれた。と、いうより顔を塞がれた。
スズはわたしの顔に真正面からしがみついていたのだ。
よほど怖いのか、手と足でぎっちり抱きかかえ、ガタガタブルブルと震えている。
可哀そうに思ったものの、このままではわたしが窒息死してしまう。
剥がそうとすると悲鳴を上げて、さらに力を込められた。
どうしようか。スズを残して死んでしまうのは忍びない。
震えている背を二三度叩くと、気が付いたのだろう(スズもわたしを殺すことは忍びないに違いない)、器用に後ろへ身をずらした。
カエルに近づくと、慌てたように髪を引っ張られる。
「痛い痛い、痛いだろう、スズ。わたしは馬か」
仕方がない。
「あっちの方にいってみようか」
同意する鳴き声を出すと、手綱を引くようにぐるりと髪を引っ張った。
やはり馬だ。
スズを肩車したまま、岩の重なるその場所に向かう。
木々の紅葉はもう終盤を迎えたのだろう、色とりどりの葉がピルリピルリと落ちてゆく。
スズを下ろすと、何を思ったかいきなり水に飛び込んだ。
「スズッ!」
川の流れは速い。秋の終りの水は冷たい。
慌ててわたしも飛びこむと、クルクルと回転しながら流されてゆくスズを追った。
「何を考えているのだ、お前は」
小さな体を捕まえて、岩場に引っ張り上げると、スズは再び飛び込もうとする。
「こら! やめなさい。また流されるじゃないか」
不満そうに川底を指差して鳴く。
そこには魚が数匹、団体になって泳いでいた。
「あれを取ろうとしたのか」
コクコクとスズが頷く。
「取ってどうする気だったんだ」
パクパクとスズが口を動かす。
食う気だったのか。
「お前という奴は……」
もぐることも出来ないで、流されていたくせに。
「危ないから駄目だ。それより日のある内に宿に戻ろう。風邪をひいてしまう」
スズが鼻を鳴らした。
「そのかわり、今日は酒場に行こうか」
提案してやると、嬉しそうに身を擦り寄せてきた。
そしてわたしの顔の前で、ブシュッとくしゃみをした。
いつものように、仕事帰りにスズと二人町をぶらついている時だった。
「こんな、所で、何を、されているのです」
恨み辛みを存分に含めた低い声に、思わず顔をしかめて振り返った。
カイドウとリンドウだった。
「どれだけ探したと思っているんですか!」
冷静沈着が売りの男、カイドウが声を荒げる。
「しかも、そんな子供を連れて」
リンドウが女性特有の冷めた目線でこちらをねめつける。
怯えたように、スズがわたしに縋った。
不安そうな黒い瞳で見上げる。
その小さな体に手を回して、安心させるように優しい声を出した。
「怖がらなくていい。この人たちはなんでもすぐに怒るんだよ」
「ヤン・チャオさま!」
なんでもすぐに怒る二人が、同時に声を上げた。
「陛下から重要なお話があるそうです。至急、城にお戻りください」
「本当に、何なのですか、その子は。まさか隠し子ですか」
「大きな隠し子だね」
スズを抱き上げて笑う。
そういえば、この子はいくつなのだろう。
「三日、待ってくれ。必ず城に戻る。ネコを連れてゆくから、そのように」
ネコのような少女だけれど。
「かしこまりました」
「お待ちしております」
カイドウとリンドウは憮然と返事をすると、踵を返していった。
スズはそれを見つめながら首を傾げている。
そして悲しそうな声で、耳元で小さく鳴いた。
「大丈夫だよ。お前も一緒に行くんだ」
白い頬に口を寄せると、ホッとしたように抱きついてきた。