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ネコとわたし  作者: まめご
第Ⅰ部 ネコとわたし
29/37

崩壊

その日、わたしとスズは部屋の中で遊んでいた。

辺りにはリンドウの玉が無数に転がっている(城下で大量に購入してきた)。

それをお互いが弾いては玉に当ててゆく。

玉は可愛らしい音をたててはコロコロと転がって行った。

スズはこれをいたく気に入り、しょっちゅう誰かしら捕まえては遊んでもらっている。

もしくは一人で遊んでいる。

当初は力加減が分からず思い切り弾いた玉が(わたしの)額に当たったり、その玉で(わたしが)すっ転んだりしてある種の凶器ではないかと訝ったものだ。

しまうときは必ず数える。

数個でも消えていると危険だからである(と力説した)。

その度にお付きやら女官やらが総動員され、玉の捜索活動が行われた。

「スズの番だよ」

よし、と鼻息荒くスズが狙いを定めた時、扉が叩かれた。

やってきたのはボケだった。

玉が転がっている部屋に目を丸くしている。

「なんの用です、父上」

――おじいちゃんも一緒に遊ぶ?

「こら、スズ。余計なことは言わなくていい」

「用がなければ息子の部屋に来てはいけないのか」

それならば、ボンクラたちの所にも顔を出してやってくれ。

恐る恐る玉をよけながらボケは椅子に座った。

スズが茶を入れている。

おお、最上級のおもてなしではないか。

キムザたちをみて覚えたらしいそれは驚くほど美味かった。

茶を嬉しそうに啜ったボケは目を細めた。

「うまい」

スズもにっこりと笑う。

「ご用件は」

ボケの向かいに腰を下ろしたわたしがそっけなく言うと、スズが膝上によじ登ってきた。

「そろそろ王座を譲ろうと思うておる」

無言でその顔を見た。

いささか老け込んだような父の顔。この人はこんな顔だっただろうか、と改めて思う。

「お前に譲ろうと思うておる」

うんともすんとも言わず、娘っ子を膝に乗せてだんまりを決め込む息子に、父は王とはいかなるものかと切々と説き始めた。

勘弁してくれ。

栄光と愛に満ちた理念の物語は、王が熱を込めて語れば語るほど寒々しく聞こえる。

まるで酒場に生息するくたびれた親父の武勇伝のようだ。

都合のよいように歪曲された己の為の物語。しかも無限再生エンドレスリピート

「分かりました、父上」

降参の意味もこめて両手を挙げると、父は明らかにほっとしたような顔をした。

「そうか。お前ならそういってくれると思った」

心の中で舌を出している息子の心情にも気が付かず、

「愛姫スズよ。お前も我が息子を支えてやってくれ」

スズに微笑みかけると、父は静かに去っていった。

深いため息をついて肘をついた。

「昔な」

窓の外、遠くに見える青空に、薄雲が一刷ひとはけ、小僧が悪戯したような風情で浮かんでいる。

「本気で王座を望んだことがある」

スズは驚いたように目をしばたかせた。


十年と少し前。

城から初めて抜け出したわたしは、外の世界に圧倒された。

城の中と外はまるで昼と夜程の違いであり、すぐにわたしはその空気に馴染んだ。

今まで過ごしてきた場所から離れると、そこをまた違う目線で見ることが出来る。

三百年の歴史を誇った王家は脆弱し、比例して地方の役人が異常に威張っている事(実際、わたしも打ちすえられた。勿論、倍返しのお返しをしてやった)や、民は王家に対して尊敬の欠片も抱いていない事が分かった。

不思議な物だ。

立ち位置を変えただけで、見方が変わる。違う側面が見える。

結局は暗部に発見され連れ戻された訳だが、わたしは早速、父王に報告した。

「王家の威信はもはや民に届いておりません。早急に改善を図るべきです」

信じていたのだ。

父は臣下の都合のいいように改ざんされた報告などよりも、息子のわたしがこの身で見聞きして、体で感じた国の声を選んでくれるのだと。

違った。労わっただけで、興味の欠片も示さなかった。

何度か食い下がっても、結果は同じだった。それまで良好な関係だった兄たちもわたしに対して差別的な態度を取るようになった。

暗く閉じた政に置いて、明らかな異分子だったのだ。

何度も外に出て、自分が間違いでないことを確認した。

その内、心の中に燃え上がっていた青いほむらはいつしか、黒く転じた。

滅んでしまえ。

現在の王家は国が誕生してから続いている訳ではない。歴史の内に繰り返し興りは消える王朝の一つに過ぎない。

ならば、己が国の頂点に立ち、この手で滅ぼしてしまえばよいではないか。

国家が消滅しても民は残る。また新しい王となる人物が現れることだろう。

この思いつきは、ひどく甘美に思えた。胸の片隅にしまいこみ、いつしか小さくなっていったが、久しぶりに思いだした。

若かったのだ、と嗤うにはまだ時間が経っていない。黒い焔は小さいが未だにくすぶっている。

だが今のわたしには、それ以上に大切な存在がある。


「スズ」

膝の上にちょこんと座っている愛姫の頬を撫でると、スズは首を傾げた。

簪が小さくチリチリと鳴る。

「そろそろ旅に出ようか」

全てを投げ出して。たった二人で。

――いつ?

「すぐにでも」

わたしの口づけを受けながらスズはなにやら考えていたが、あのね、と鳴いた。

――もう少しだけここにいたい。

「そうか」

お前はやはりそちらを選ぶのだな。

胸の内で一人ごちて、小さなため息をついた。


その夜、ふと目が覚めた。

腕の中にいるはずのスズは消えており、暗闇の中でかすかに何かを叩く音がする。

どうやらスズが寝台を抜け出して、卓を叩いている音だった。

規則正しく繰り返される拍子リズム

わたしはただ黙ってそれを聞いていた。


二日後。スズはわたしに剣を向けた。

総毛立つような殺気を感じたと思ったら、後ろから襲いかかってきたのだ。

「こらこら」

振り返りざま、鞘から半剣抜いた刹那に、鋭い音がした。

「おいたはいけないよ、スズ。それを置きなさい」

「……いつから気が付いてイタ」

初めて聞くスズの声は、低く唸るようで、とても痛々しく聞こえた。

飛びさすって間合いを取ったスズにわたしは微笑んだ。

想像はしていた。覚悟もしていた。だが実際となると、目の前の現実が辛い。

「勿論、最初から」




菓子の家は崩壊した。







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