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ネコとわたし  作者: まめご
第Ⅰ部 ネコとわたし
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菓子の家

その日、政務室でいつものように報告書に目を通している時だった。

ふと手が止まった。

「チャルカに騒ぎが起こっているようだな」

「はい」

横に控えていたカイドウが頷いた。

この大陸には四つの国がある。

東にジン。西にクズハ。北にチャルカ。南にティエンラン。

それぞれの王家はそれぞれの事情を抱えている。

ティエンランは数年前、王の愛人が謀反を起こし、命からがら逃げ出した王女が巻き返しを図って、見事王座を奪還した。

豊かな国の独身女王誕生に、一時期各国の王は色めき立ったが、当の本人はさっさと自国の将軍を夫に迎え、ちゃっちゃと子まで成してしまった。

クズハは病弱の王を尻目にその弟と王妃が手を組み、嫡男であるアオイを亡きものにしようと企んだ。

アオイはティエンランへと逃亡、その国の力を借りて自国へと舞い戻る。

数ヶ月前にジンにも挨拶回りに来たのは、安定を取り戻したという表明アピールもあったのだろう。

大陸一の国土を誇るジンは、ちちがいつまでたっても後継者を決めないものだから、兄たち、そしてその側近や重臣たちが大わらわに動いている。

わたしは権力には興味がないから、参戦する気なぞ鼻からないが、それでも本人の意思とは関係なしに御輿に担ぎあげようとするものは両の手でも数えきれないほどいた。

そしてチャルカ。笑いと人情と金をこよなく愛する国を治めているのは、腹の突き出た中年親父で庭いじりが趣味なのだそうだ。中々に抜け目のない国王を、他国は愛と皮肉を込めて「北のタヌキ」と呼んでいる。

本人も自覚しているのか、それとも自虐ネタなのか、年賀の挨拶には黄金の狸の置物を送ってきたりする。

さて、このチャルカ。

王室内の関係は、他国と違いすこぶる良い。王妃が平鍋振り回しながら王を追いかける姿なぞ、世界広しといえどもここでしか見る事のない光景だろう(実際にわたしも目撃した。隣にいた友人は呵々大笑しながら、親に向かって野次を飛ばしていた)。

ただ、貿易が盛んなこの国は、商人たち、いわゆる豪商たちが独立権力を持っており、最近では王家と同等の利権を主張し始めた。

王家は勿論、面白くない。面目もない。

対立は深まり、とうとう死人まで出す騒ぎが起きた。それがさらに状況を悪化させたようでもある。

ついでチャルカは鉱山にも恵まれ、武器の生産国でもある。鍛冶屋も多い。対立が起こってからにわかにその業界が活気づいている、と手にしている報告書には記されてあった。

「イコマも愚痴をわざわざ手紙で寄こしてきたな。気楽に遊べなくなったと」

根っから人好きで祭り好きな友人が、ぼやいている姿が目に浮かぶ。

いくさでも起るんじゃないでしょうか」

卓の上に投げ出した書類を、カイドウが丁寧に揃えた。

「闇者でも雇いますか」

「どうやって」

各国が飼っている暗部という情報機関の他に闇者といわれる存在がある。

どんな仕事でも報酬次第でこなす、危険な連中だ。

とはいえ、接触方法はごく一部の者を覗いて知られていない。

当たり前だ、そんな都合のよい連中をほいほいと他人に知らせるものか。

「どうせここにはうようよいるだろうがな」

カイドウが不審そうにこちらを見る。肩をすくめてその視線を逸らした。

「まあ、いざとなれは我が父上さまがご決断下さるさ。それが仕事なのだら」

この時は本気でそう思っていた。

まさかこの他国の騒動が各国を巻き込んだ大戦になるなど、想像すらしていなかった。

そして原因をわたしが作り出すことになるのも。



自室に戻ると、スズは昼寝の最中だった。

ねぼけた風情で寝台の宮をペチペチ叩いている。

スズは城に上がる前からこのような癖があった。

卓や壁を一定の拍子リズムで叩いたり、打ったりする。

何度かふざけて、わたしも叩いてみせると、ものすごい形相をして怒った。

「スズ、起きているのだろう」

ころりとひっくり返すと、ふうんと甘えた声を出して、目を開けた。

「もうお出迎えはしてくれないのか? 本当にお前は日に日にものぐさになってゆく」

ふっくらと熟れた唇に舌を這わすと、くすぐったそうにクスクス笑う。

そのままスズにのしかかり、舌を耳元まで移動させる。スズの体が反応を始める。

一気に高まった愛姫の情熱は

「昼餉のご用意が出来ました」

この一言であっという間に霧散してしまうのだった。



わたしとスズは菓子の家に住んでいる。

屋根は鼈甲。

壁は饅頭。

餡を敷き詰めた蒲団に綿菓子をかけて、焼き菓子の椅子に座っている。

比喩だ。

そんな家があればスズは喜び勇んで飛びつき、何もかも食いつくしてしまうだろう。

猛烈な勢いで。

だが、わたしたちは菓子の家に住んでいた。

吐き気がするほどの甘い家に、ただ二人で住んでいた。

スズは最初からわたしなど見てはおらず、わたしはスズの向こうにあるものを探っていた。

そのはずであったのだ。

いつしか道を違え始め、気が付けば二人、菓子の家に閉じこもった。


甘い甘い菓子の家。

いつかは腐り果てる甘美な空間。






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