祈りの時間
ところで国王に認められた我が愛姫スズは、イドーラの祈りの時間を強制された。
「そんなもの出なくてもいい」
突っぱねようとすると、スズはわたしを制して首を振った。
――少しだけでも長く、あなたの傍にいたいの。
いじらしいことを言うじゃないか。
「そうか。わたしもお前と一緒にいたい。だが、馬鹿の集う部屋だ、何を言われても右から左へと流すのだよ」
そして、初めて祈りの間へと入ったスズは、不思議そうにあたりを見渡した。
神とその守護神がぎっしりと描かれている丸く高い天井。
スズほどの身長のある神の像。
肘をつくための長椅子、膝を折るための座布団。
末っ子のわたしは、一番後ろの席だった。
今までセリナがいた場所にスズが跪いた。
神官の祈祷が始まる。王以下全員が頭を垂れる。
しばらくして、ちらりとスズを見やった。
どうせうたた寝でもして、船をこいでいるものだと思ったのである。
違った。
真剣な顔で何かを必死に祈っていた。
見惚れてしまうほど美しい横顔だった。
手が伸びる。スズの頬をそっと撫でると、静かに目を開いた。
こちらを見る。黒い瞳と目があった。
頬を撫でていた手は、そのまま滑って、ふっくらとした唇へと動く。
僅かに開いた口の中に指を差し込むと、味わうように舐められた。
優しく甘噛みをされる。
我慢できなくなって、差し込んでいた手を頭に回す。
静かに引き寄せた。同時にわたしも近づいて行った。
ゆっくりと、じらす様に、じらされる様に距離は縮まってゆく。
触れ合った唇から零れたスズの吐息と秘かな衣ずれの音は、神官の朗々と張り上げている声が消してくれた。
こうして不遜な祈りの時間は、より不遜になってしまった。
別にイドーラは怒らないだろう。
そんなに尻の穴の小さな神ではないはずだ。
朝っぱらから、神の部屋の片隅で不謹慎なことをしているわたしたちを、苦笑して見逃してくれるだろう。
祈りの時間は公務ではないが、王家の人間が集うので、それ相当に準ずる。
スズは母たちとボンクラの妻たちの茶会にしょっちゅう誘われた。
女たちは城内の噂話や美容や料理や衣や簪などの(しょーもない)話を、優雅に茶を啜りながら言い合うのが好きだ。
そんな所へスズを出すのは嫌だった。
くだらない会合でも、権力が渦巻いている。
特に我が母は鼻高々である。
スズの人気は、息子であるわたしの人気、ひいては母自身の株も上がる。
「心優しい息子が、身寄りのない町の娘を引き取って大切に慈しんでおりますの。わたくしもあの娘の母だと自負しておりますのよ」
などと吹聴しまわっているらしい。
ちゃんちゃらおかしい。ヘソで茶が湧いてしまうほどだ。
滅多にそういう席へスズを出さなかったが、都合の悪いことに王もスズを気に入っている。
何とか譲歩して、十日に一度は祈りの時間の後のアホらしい茶会に参加させることになった。
わたしは政務がありスズの横にいることが出来ない。
カイドウ、リンドウはこの顔ぶれ(母たち、ボンクラ妻たち)では修行が足りない。
こんな時こそキムザの出番だ。
「お前にもやるべきことがあるだろうが、馬鹿どもからスズを守ってくれ」
「お任せください。この身に変えましても死守いたします」
「いや、死んでもらっては困るのだが」
先の短い老女は、鼻息荒く引き受けてくれた。
女たちの話題はスズの衣に集中するらしい。
その管轄をしているキムザは淀みなく質問に答え、上手くスズを守ってくれた。
「スズの様子はどうなのだ」
「それが……お部屋で過ごされている時と、別人かと思うほどお行儀がようございます」
ちんまり椅子に座って、静かに微笑んでいるだけらしい。
あのやんちゃ姫が。
当のスズも報告をしてくれた。
が、菓子が美味かったの、珍しい果物を食ったの、見事に食いもののことばかりだった。