赤い釦の羽織
スズは衣や身を飾るものに興味がない。
化粧や髪の結い方などにも興味がない。
素直に黙って着せられている。
だから、キムザや女官たちの格好の着せ替え人形だった。
彼女らは愛をこめてこの娘を着飾らせた。
けして派手ではなく、むしろ簡素に、しかし美しく。
その手腕は見事だったといっていい。
また従来では飽き足らず、色々と手を加えた。
ある時、スズの頭に不思議なものが刺さっていた。
シダの葉状のふわふわした毛に卵型の碧色の模様がある。
可愛らしい耳の上に、丸く紅い宝玉と共に飾られていた。
トホトホとスズが歩くたびに、優雅に揺れる。
「なんだ、これは」
「孔雀の羽根にございます」
深緑色の衣によく似合っていた。
紅い宝玉と紅い帯が差し色となって大人びて見える。
手渡された扇の要をもって、クルクル回して遊んでいる姿にキムザたちは愕然としたが。
「今日のスズは一段と美しい」
にっこりとスズは笑って優雅にお辞儀をした。
そのまま手をつないで外に出た。
愛姫スズの人気は高い。というより時の人である。
そういう人物は影響力が強い。
貴族の女たちはこぞってスズの真似をした。
あっという間に城は、孔雀の羽根だらけになった。
単品だからこそ美しいのに、集団だと醜くみえるものだ。
ある時、スズの襟や裾、袖にヒラヒラした白いものが付いていた。
手にとって見ると、細かい網目がある。刺繍の布のない感じだ。
「なんだ、これは」
「西国の編物にございます」
珊瑚色の衣によく似合っていた。
スズの焦げ茶の髪と、乳白色の帯が差し色となって大層可愛らしい。
「今日のスズは一段と素敵だ」
にっこりとスズは笑って首を傾げた。
そのまま寝台に押し倒すと、キムザを筆頭に女官たちが猛烈に怒った。
城内の女たちは今度はヒラヒラを衣につけるようになった。
噴飯だったのは我が母まで付けていたことである。
そしてスズの首には必ず鈴が付いていた。
お前はもうネコではない。わたしの大切な愛姫である。
鈴を付ける必要はないだろうと諭しても、スズは不思議と鈴に執着した。
なので、スズ専用箱には様々な鈴付き首輪が並んでいた。
その日の衣によって、女官たちが色を合わせて選んでゆく。
着るものに頓着しないスズが、大喜びした衣がある。
キムザが編んだ卵色の膝まである羽織だった。
繋ぎで頭巾までついている。
前は赤い釦で止められるようになっていた(キムザが考案したらしい)。
これを着せられた時、スズはピョンピョン飛び上がって喜んだ。
嬉しそうにクルクル回って、姿見に映している。
ここまではしゃぐスズは久し振りに見た。
「そうかそうか。そんなに嬉しいか。キムザにお礼を言いなさい」
元気よく可愛らしい声で鳴くと、キムザの腰に手を回して抱きしめた。
幸せそうな顔して。
戸惑ったのは老女である。
「あ……」
皺に囲まれた目から涙が出てきた。
「そこまで喜んでいただけるとは、キムザは幸せにございます」
皺だらけの手がスズの背に回る。
後ろで控えていた女官たちも泣いていた。
全く、わたしの愛姫ときたら。
わたしは一人で笑いを堪えていた。
氷のような女官をついには泣かせてしまった。