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ネコとわたし  作者: まめご
第Ⅰ部 ネコとわたし
23/37

森の中

その日、わたしとスズは、森の奥深くへと入っていった。

大分と寒くなった。

二人と馬の吐く息が白くなるほどに。

「寒くはないか」

大丈夫、とスズが腕の中で鳴いた。

馬に乗る時、まずスズを鞍の前方に抱きあげる。

落とさないように、すぐにわたしが後ろに跨る。

ちょこんと横座しているスズを包み込むように手綱をとり、風を切って進む。

スズは寒がりのくせに馬を走らせることを好んだ。

速い、と楽しげに声を上げる。

森の入口からは、ゆっくりと歩に変える。

中の小道を駆ければ、木の枝で足が傷つく。衣の上からでも容赦なく。

わたしはどうでもいいが、スズの白い肌に傷をつけるのは嫌だった。

つまらない、と鼻を鳴らした。

けぶるような暗緑、上から大小の光の線がいくつも差し込んでいる。

その内、小川の流れる音が聞こえた。

辿って上流へと馬を進めると少しだけ開けている場所に出る。

わたしとスズが発見した、二人だけの秘密の場所だ。

小さな黄色い花が所々に咲いている。

「飯にしようか」

小川の近くに馬をつなぎ、大きな布を二人で広げる。

スズは嬉しそうにぺったりと寝そべると、パタンパタンと足を鳴らした。

わたしも座り込み、木に凭れてキムザが用意した握り飯と水筒を取り出した。

握り飯をちぎってスズの口に運んでやる。

スズは美味しそうに、口を動かした。

わたしの手に付いた米粒まで丁寧に舐めとる。

その感覚にゾクゾクする。

舌を出して舐める顔に見とれてしまう。

が、スズは早く、次、と口を開けて待っている。

「お前は飯の事しか頭にないのか」

――だって、お腹がすいたのだもの。

催促するように、足をパンパンと鳴らした。

キムザは果物まで付けていた。

「葡萄か」

皮を剥いてスズに食べさせる。

「うまいか」

――うん、甘い。

にっこり笑ったその顔を引き寄せて、唇を舐めた。

「確かに」

味わうように舌を絡ませてゆく。

「甘いな」

口を下げつつ、スズの帯を解く。

戸惑う声はいつものように、甘い鳴き声に変わった。


――あのね。

スズが小さく鳴いた。

――看病してくれて、ありがとう。

甘えたように顔を肩にもたせかけた。

下衣と上着を引っ掛け木に凭れているわたしの腕の中に、すっぽりとスズは納まっている。

その体は上衣を巻きつけており、覗いている細い足が頼りなげに見えた。

「礼を言うのはこちらだ」

頭に口を付ける。

「お前はわたしを守ってくれた」

死にはせずとも、あの一撃はもろに食らえば相当な致命傷だったろう。

ジュズはとっさの判断で僅かに逸らした。

――だってあたしは、あなたを守ると約束したもの。

「なあ、スズ」

なあに。

「わたしと会う前、お前はどこにいたのだ」

スズはしばらく考えるように黙った。

それから小さく鳴いた。

闇、と。

「闇か」

――今は。

白い指が上がって、わたしの唇を撫でた。

――あなたの横にいる。

そう鳴いてにっこり笑った。

光の中に。



国王と城がスズを受け入れても、そうは問屋がおろせないものが一名いた。

セリナである。

セリナのことは忘れていた。きれいさっぱり見事に忘れていた。

果敢にも元婚約者はわたしの部屋に押し掛けてきた。

その時、わたしはスズを膝の上にのせて本を読んでいた。

スズはぺっとりとわたしに抱きついて、リンドウの玉(好みの周期が巡った)をいじっている。

向かいではキムザが編み物をしていた。

女官が王子の前で内職などあり得ないことだが、編んでいるのはスズの上着らしい。

カイドウリンドウが床に座り込んで、毛糸を玉にしている。

スズは興味深そうにそれを見ていたが、わたしから離れるのが嫌なのだろう(寒くて)、再び玉で遊び始めた。

目の前には、湯気を立てた茶が置かれている。

「失礼いたします」

控えめに扉が叩かれた後、セリナが顔をだした。

「来てしまいました」

招かざる客は、そう言ってにこやかに笑った。

「久しぶりだね、セリナ。何の用だ」

わたしも負けじとにっこり笑う。

「少しお話がございまして。人払いをしていただけますか。そのネコちゃんも」

「スズもか」

「ええ。目障りですの」

笑顔で言い放ったセリナに、スズ大好き女官一名とお付きニ名の怒りの視線が突きささる。

「スズ。カイドウたちと一緒に待っていてくれるか」

ふっくらした唇に口づけすると、分かったと鳴いた。

しかしスズは、目障りと言われて黙って出ていく娘ではなかった。

セリナの前にトホトホと歩くと、ベエと舌を出した。

そのまま何事もなかったかのように、笑いを堪えているカイドウたちと部屋を出ていった。

まったくわたしの愛姫ときたら。

腹を抱えて笑いたいくらいだ。

元婚約者は怒りに顔を赤らめている。

「座るかい」

「ありがとうございます」

向かいに腰を下ろした。

「話とは」

「わたくしはヤンさまに捨てられたのですか。あの頭の足りない小娘に負けたのですか」

「そうだね」

「わたくしは」

セリナは静かに語る。

「幼い頃からあなたの許婚として育てられました。それを当り前だと思って育ち、部族の期待を一身に受けてまいりました。ヤンさまは、婚期が過ぎても迎えて下さらなかった。そしてあの娘を傍においていらっしゃる。わたくしの立場はございません。父も母も、お母さままでなじるのです。わたくしがあなたを愛していないからですか。愛など結婚に関係ないではないですか」

一息にいうと、小さく息を吐いた。

「重圧に息苦しくなる時がございます」

「それでセリナはわたしにどうして欲しいのだ」

「なにも。王はあの娘を認めておしまいになられた」

セリナも、その家族も、母も、大変なのだろう。

知ったことではない。所詮は己の都合を第一に考えている奴らだ。人のことは言えまいが。

「もしあなたが、わたしを愛している振りなどせずに、今のように素直に話していれば」

セリナが顔を上げた。

「話は違ってきたのかもしれない」

共犯者のような仲間意識が芽生えていただろう。

「仕方がございませんわ」

そう言って寂しそうに笑った。

「なにごとも恰好が必要ですもの」

「下手な芝居だったな」

「黙って娶って下されば、万事うまく進みましたのに」

愛など結婚に必要ない。

真理だ、とも違う、とも声がする。

どちらにせよ、わたしは出会ってしまった。

スズに。

「疲れたのです。もう」

今度はふてくされたように、足を組んで肘をついた。

貴族の娘にあるまじき姿だった。

「だから、異国にでもゆこうかと思います」

「異国」

「ここにいてもうるさいだけですし。いっそ海を渡って新境地へ」

「セリナは」

クスクス笑って、目の前の女を見た。

「もっと早く、その本性を見せてくれればよかったのだ。中々にわたし好みだったのに」

「仕方ないでしょう」

セリナも笑った。

「恰好が重要と教えられましたもの」

「その恰好をわたしが嫌っていると知っていたか」

「ええ、存じておりました。でも、貴族の娘ですから」

今更になって親しみが沸いた。多分、向こうもそうだったろう。

「ボイルにゆこうと思っています。雪というものを見てみたい」

「また物好きな。あそこは一年の半分が雪に埋もれているぞ」

「冬が好きなのです。草木が枯れて、すがすがしいあっけらかんとした風景が」

父たちにはまだ内緒にしてくださいね。

そう言ってセリナは片目をつぶった。

「さようなら、ヤンさま」

静かに礼をすると、沁みるような笑顔を残して消えた。

その後、セリナはボイルで再会したアオイと恋に落ち、クズハ国の王妃となる。

勿論、わたしは知らない。


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