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ネコとわたし  作者: まめご
第Ⅰ部 ネコとわたし
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愛姫スズ

「お前たちはなぜ止めなかった」

申し訳ありません、とカイドウ、リンドウが同時に頭を下げた。

命に別状はなかったものの、スズの脇腹には不気味な色の痣が残った。

そして熱を出した。

小さな口を開けて、苦しそうな息をしている。

「一瞬のことで、何が起こったか分からなかったんです」

じっと大人しく腰掛けていたスズ(気が付かなかったが、ボケが膝に乗せようとしたらしい。カイドウたちが必死に守ったそうな)は、あの時人間業とは思えないような速さで駆けていったという。

あっという間もなく、ジュズとわたしの間に手を広げて飛び込んだ。

汗で顔に張り付いた髪を取ってやり、濡れた布で拭った。

「本当に、この馬鹿ネコが……」

ボケはいたく感動したらしい。

王に同調するのが臣下たちの仕事である。

頭の弱い娘が、試合の意味も分からずただ純粋にわたしを守ろうとした。

その出来事は夢見る貴族の女たちや、臣下の心をキュンキュンとくすぐった。

スズの人気は城内で高騰した。

実際、見舞いの品が大量に送られてくる。

「殿下」

ジュズが入ってきた。

「スズちゃんの具合はいかがですか」

「良くも悪くもない」

心配そうにのぞきこむジュズの為に場所を開けてやる。

「殿下。わたくしは明日、ここを発つことにいたしました」

「また、急ですね」

愛おしそうにジュズが、スズの汗に濡れた髪をかき上げる。

「少し思い上がっておりましたわ」

淋しそうに言った。

「殿下。この子は……」

そのまま黙った。

「この子はなんです」

「……殿下のことが大好きなのですね」

ひっそりと笑った。


ジュズが退出した後、今度は国王がやってきた。

「なんのご用です」

「その娘の見舞いじゃ」

カイドウ、リンドウはさっさと消えた(逃げたともいえる)。

「わしはな」

ボケじいさんの為に椅子を用意してやった(優しい息子だわたしは)。

「その娘を側室に召そうと思っておった」

この好欲ジジイ。

「見事な礼ができるからだけではない。初めて無垢な娘を見たからじゃ」

そんなことはない。

スズにだって心はあるし、(食う寝る遊ぶと)欲もある。

「お前をかばったあの姿は……その極みをこの目で見てしまった。そして、いつもはのらくらとしているお前の、初めて本当の姿を見た。このわしに口応えしたのは、久しぶりじゃの」

「父上。かなり美化されているようですね」

スズが小さく鳴く。

「水か」

口移しで飲ませてやった。

よっこらしょ、とじいさんのような(じいさんだが)声をかけてボケは腰を上げた。

そして扉の前で振り返った。

「妃に迎えたいのならば、迎えるが良い。今の婚約者とお前の母は、わしが何とかしてやろう」

わたしの返事を待たずに父は部屋を出ていった。


国王が認めたネコは、公認のネコとなった。

スズの熱は下がったが、まだ体が痛むのか寝台から起き上がれない。

政務を投げ出し、ずっとつきっきりで看病している。

身体を拭いてやるのは勿論のこと、下の世話まで手伝おうとした。

スズは本気で嫌がり(なぜだ)、キムザを筆頭に女官たちの総スカンを食らった。

「早くお前の美しい声が聞きたいものだ」

激しい運動あれもそうらしいを禁止されているため、スズと体を重ねることもままならない。

夜は大人しく手をつないで寝る。

「もう大丈夫でしょう」

老医師のお許しが出て、真っ先にわたしがしたのは、激しい運動だった。

以前のように庭園に出れば、誰やこれやそれやが声をかけてくる。

一様にスズの可愛らしさを褒め、あの試合を持ち出した。

彼らの不幸は、わたしがそれを嫌っていたことである。

庭園からは足が遠のき、馬に乗ってよく遠出をするようになった。

城の塔から燃え消えてゆく太陽を眺めた。

奥深い森の中で湧水を飲んだ。

離れの東屋でこっそり体を重ねた。

しかし、スズを妃に迎えるつもりはなかった。

そうなれば限りない苦労を背負わせてしまう。

国王と人々は戸惑ったらしい。妃でも側室でも愛人でもない娘。

その内スズは、愛姫スズと呼ばれるようになった。


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