無責任王子
で、今日もわたしはウチワを仰いでやっている。
本人はぐったりと床に寝そべっている。
遊ぶ気力もないらしい。
リンドウの玉はしっかり手に握られていたが。
「今日は元気がないですね」
「昨夜は少し激しすぎたのかもしれない」
わたしの返事にリンドウが顔を赤らめた。
「ヤン・チャオさま。万一、その……スズさまがご懐妊されたら……」
「その時はその時だ」
スズの白い額にかいている玉のような汗を拭ってやった。
その時など来ない事をわたしは知っている。
しかし、わたしはこのネコを手放す気はない。
一生ない。
考え込んでいる内に、手が止まってしまったらしい。
スズが不満そうな声を出した。
「我儘なネコだ」
うるさい、お前のせいだと鳴いた。
「そんなことを言うのか、この口は。またいじめるぞ」
笑いながら唇を撫でると、慌ててご機嫌をとるように口を合わせてくる。
「よしよし」
「でも……いつまでも、今のままでは……」
「事態は焦らなくてもその内動き出す。勝手にな」
といいつつも、思う所は存分にある。
大陸一の大国、ジン。
日々の生活に必死の民は、城で王侯貴族がどんな生活をしているのか知らない。
鯛や平目の如く舞踊り暮らしているものだと思っているらしい。
ある意味正解である。
奴らは踊り暮らしている。権力と勢力の間をヒラヒラと慎重に、しかし狡猾に。
最高権力者である国王に近ければ近いほど、己の発言力や影響力が強くなる。
女たちはさらに壮絶だった。
ジンは十の小国が集まって形成された国だ。
その小国は部族となり、国王へ妃として姫を差し出す。
だから王は十の妃がいた。
今現在、紆余曲折を経て七人に減っている。
そして、兄たち、わたしの生母として後宮で猛威を振るっているのが、母たち三人の妃だ。
王族の男は母の部族の名を受け継ぐ。
例えば、わたしの名前。
ヤンはわたし自身の名であり、チャオは母の出身部族の名だった。
昔、そのチャオ族の国へ行ったことがあるが、まー。
猛々しいわ、喧嘩っ早いわ、獰猛だわで閉口して踵を返した。
一皮むけば、わたしもあんな風になるのかもしれない。
それはともかく、母たちは部族の期待を背負って後宮にいる。
背負うものが大きければ、責任も重くなる。
部族の上位の者、貴族として城にいる輩も必死である。
故に、余計に愛憎渦巻く魔窟になってゆくのだった。
こんな世界でいつまでもぬるま湯に浸っているような生活が続くはずもない。
まあ、いざとなったら逃げだすまでだ。ここに固執する理由もない。
スズはいつの間にか、わたしの膝の上に頭を乗せて寝ている。
丸まった小さな背中が上下に動いていた。
「昔からそうでしたけど、ヤン・チャオさまは本当に無責任ですよね」
「これから無責任王子とお呼びしましょうか」
「色ぼけ王子もアリですね」
「おいおい、笑顔でなんて毒矢を放つのだ、お前たちは。脆いわたしの心が壊れてしまったではないか」
「ヤン・チャオさまの心臓は鉄でてきています」
「そっとやちょっとのことでは壊れません」
「ご心配なく」
ニコニコしながら充実なる下僕たちは暴言を重ねる。
「そして、おれたちは無責任王子にどこまでもついてゆきますから」
「お覚悟を」
「お前たちときたら」
つい笑いだしてしまった。
スズがネコだとしたら、この二人はまるでイヌのようではないか。




