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ネコとわたし  作者: まめご
第Ⅰ部 ネコとわたし
16/37

アオイ2

アオイはしょっちゅう、わたしの部屋へとやってきた。

そして午前中、わたしが政務でいないことをいいことに、スズを連れ出す。

はりつかせているリンドウによれば、池や庭でただ遊んでいるだけらしい。

「友達と呼べる人が周りにいなかったのです。だからスズさまに会えて嬉しい」

目を潤ませて大人たちを見る少年に、リンドウ以下女官たちはコロリとやられた。

あのキムザでさえも。

「そうか、そうか。ではわたしも君の友達とやらになってやろう」

「はい! ありがとうございます!」

皮肉は裏目に出た。

午前どころか午後までもわたしの部屋に入り浸る。

迷惑で邪魔なことこの上ない。

実際アオイとスズは、本当に仲が良かった。

わたしとスズは身長差が大きい。一概に「お似合いのお二人」とは言えない。

しかし、小柄なアオイと一緒にいると、微笑ましいというか、なるほどセリナの言うとおり「お似合いのお二人」だった。

無邪気に手をつないで池の橋を駆けたり、部屋の中であやとりをしている姿など見ると、口元がほころんでしまうほどだ。

なーんてこのわたしが言うはずがない。

あのマセガキ。スズに色目を使いやがって、と口汚く罵ってやりたい(大人げないので一応は自粛している)。

イライラとハンコを超絶高速で押しまくるわたしに、カイドウが呆れた。

「ヤン・チャオさま。落ち着いてくださいよ、相手は十六の少年ですよ」

「十六だぞ、十六。異性に目覚める青春真っただ中だ。発情期だぞ」

「ヤン・チャオさまは万年発情期ですよね」

「お前はいつも一言多い」

政務を終わらせ、室を出る。

どうせ、昼餉が終わってもアオイはわたしの部屋へやってくるだろう。

何とか追い払えないものか。

アオイも心得ているはずである。

一国の代表として挨拶に来ているわけであるから、まさかその国の王子の寵妃(は大げさか)に手を出すほどの馬鹿な真似はしないだろう。

だが、相手が「子供」としてスズに接している以上、わたしも「大人」として対応しなければならない。

西の王子め、そこまで計算しているのだとしたら大したものだ。

忍耐とは無縁のわたしが良く耐えている。

自分で自分を表彰してやりたいくらいだ。

考えごとをしていたわたしは、出合い頭に人にぶつかった。

女だった。アオイの臣下の一人だ。

「すまない、大丈夫か」

「はい」

女はわたしを見上げた。

瞬間、周りの景色と音が一切消えた。

黒い瞳から目が反らせない。身動きもとれない。

まるで蛇に睨まれた蛙のような、もしくは蜘蛛の巣にかかった虫のような感じだった。

女はゆっくりと近づいてくる。

背中に汗が噴き出した。

それでもわたしは動くことができずに、ただ女を見つめるだけだ。

女の紅い唇がわたしの口に重なろうとする。

抗えない。わたしも目を閉じて、紅い唇を受け入れようとした。

思考は全く停止し、朦朧としていた。

その時、左頬にバシンと何かが当たった。

呪縛が解ける。

振り向くと、怒りに涙をにじませたスズと、口を開けてこちらを見ているアオイ、リンドウの姿があった。

足元に落ちていたのは野花で作った花輪だった。

「スズ!」

スズは身をひるがえして駆けてゆく。

浮気(未遂)現場をみられたわたしも、慌てて後を追った(花輪を回収するのも忘れなかった)。

スズの足は速い。わたしも全速力で走る。

部屋に飛び込むと、すぐに扉を閉められた。

おかげでしたたかに顔を打ってしまった(星が弾けた)。

「スズ!」

顔を押さえながら、部屋に入ると昼餉の用意をしていた女官たちが目を丸くしてスズとわたしを交互に見ている。

そんなものはどうでもいい。

スズは怒りながら部屋をグルグルと回っている。

頭から湯気でも出そうなほど顔が赤い。そのくせグズグズと泣いている。

申し訳なさが募った。

なぜわたしはあんな女などによろめいたのだろう。

「スズ」

手を伸ばすと威嚇された。

「わたしが悪かった」

構わずに抱きしめようとすると噛まれた。

「すまない」

小さな体を捕まえて、腕の中に閉じ込めるとスズが暴れた。

活きのいい魚のような暴れっぷりだった。

「わたしにはお前だけだ」

寝台に押し倒すと、スズに腹を蹴られた。

一瞬息が止まったが、痛みを堪えて抱きしめた。

「スズ」

口づけをしようとすれば、歯をくいしばって拒む。

「もう二度としないから」

当たり前だと鳴いた。

「そうだな」

大嫌いと鳴いた。

「お前に嫌われたら、わたしは生きていけない」

とたんにスズが小さく笑った。クスクスと体を震わせている。

「大袈裟なんかじゃない。本当だ」

良かった、ご機嫌は少しずつ直ってきているらしい。

「花の冠をありがとう。お前が作ってくれたのだね」

白い頬を撫でると手を取られた。

スズに噛みつかれたその手は、少しだけ流血している。

申し訳なさそうにスズが血を舐めた。

その顔と感覚にクラクラする。

「ああ、スズ……」

そのまま帯を解こうとした時、カイドウの声がした。

「はい、終了―」

「スズさま、昼餉のご用意が整いましたよ」

リンドウの声にスズが、ご飯! と飛び起きた。

そして踊るような足取りで、卓に向かう。

早く来て食べさせろと鳴いた。

ご機嫌は完全に治った。飯で。


「浮気者」

「不潔」

冷淡で冷酷なお付きたちの詰る声を聞きながら、スズの口へ飯を運ぶ。

「そうは言ってもお前たちも見ただろう。ただものじゃなかったぞ、あの女」

「まあ、いきなり他国の王子に迫る女なぞ初めて見ましたから」

「まさか、ヤン・チャオさまも素直に受けようとするなんて思いもしませんでしたし」

「なぜお前たちは止めなかった」

「止めてほしかったんですか?」

「そうは見えませでしたけどね」

スズが不機嫌そうに鳴いた。

「この話はもうやめよう。スズが怒る」

「そりゃ怒りますよ」

「ねえ、スズさま」

どうやら悪いのは全てわたしらしい。

しかし、アオイの四人の臣下たちはどこかおかしい。四六時中、金魚の糞のごとくアオイにひっつきまわっているのはいいとして。

短髪の男は笑顔の一つも見せず、スズとわたしを睨みつける。

目付きの悪い男は、たまに赤い顔して酒臭い。

わたしを誘惑しようとした紅い唇の女。

そして長い前髪に目が隠れている少年は、よく森に入って草を取っているそうだ。

が、所詮は他国の者だ。関係ない。

満腹して腹を叩いているスズを膝に乗せたまま、わたしも自分の膳を片付けた。


それ以降、スズはアオイの目の前で、わたしに大層甘えるようになった。

まあ、アオイというより、臣下の一人の女(?)への権制のようなものだが。

この男はあたしのものだ、手を出すなとばかりにひっついてくる。

何となく気分は良い。というより嬉しい。

その女(?)は白けたような目でスズを見ているだけだった。

「大変申し訳ありません。うちの臣下がつまらぬことを」

騒動の翌日、アオイが平身低頭で謝った。

「気にするな」

「御心の広いお言葉、感謝します。あの女、実は男なんです」

思わずあんぐりと口を開けた。

わたしは男に迫られたのか!

「ぼくの臣下たちは中々に個性派揃いで」

アオイがクスクスと笑いながら言った。

「おかげで旅も楽しいのですけどね」

あの人がいたらもっと楽しかったろうな。そう言ってアオイはため息をついた。

「あの人とは」

「ぼくの初恋の人です。スズさまによく似ているので……」

遠い目をして、カイドウとネコじゃらしで遊んでいるスズを見た。

「アオイ」

「はい。ヤン・チャオさま」

「その女性はどういった人だったのだ」

「美しい人でした。その時、ぼくは本当に子供だったので、大人の女性に憧れていたのかもしれない」

そう言ってひっそりと笑った。

「そうか」

アオイは語りながらも目線をスズから離さない。

ゆるゆると時間が過ぎていった。


ところでその夕方。丁度スズと厩で、かくれんぼをしている時だった。

その蔭で、言い争っている声が聞こえた。

「不用意な発言するんじゃねえ! どれだけおれらが肝を冷やしたと思ってんだ!」

「あれぐらい言わせろよ! そんな、ばれるはずないって。 大体、ワカを手放したイランが悪……もがっ!」

壁からひょっこり顔を覗かせると、不貞腐れた顔のアオイが一人で立っていた。

「一人か? 誰かと言い合いをしている声がしたのだが」

他国の言葉でも一応の教育を受けているわたしには分かる。

アオイが取り繕うように口を開こうとした時だった。

スズが後ろから飛び付いてきた。

探してくれるのを待っていたのにと大いに怒っている。

「こらこら、スズ、止めなさい」

ポカポカと殴るスズを抱き上げる。

「アオイと話していたんだよ」

知るもんかとばかりに鼻を鳴らして、ツーンと横を向いた。

「そろそろ帰って夕餉を食おうか」

ご機嫌はたちまちに治った。そのままスズを肩車する。

外では滅多にやらないこれにスズが喜んだ。

部屋の中では度々やってやる。

一度、余りにも喜んだスズに、調子に乗って担いだまま走ったことがある。

スズは仰天し、頭にかじりついてきた。

目を塞がれ、視覚を失ったわたしはそのまま蛇行し、二人で壁に激突した。

「アオイも一緒に来るか」

「いえ、お邪魔ですから」

またねーとスズが頭上で手を振った。

夕暮れ時の茜色の空に、鳥たちが声を上げてねぐらへと帰ってゆく。

わたしとスズも、腹を空かせた子供のように、今日の夕餉はなんだろうと笑いながら帰路についた。


アオイは盛夏の頃、四人の臣下と共に他国へと去っていった。



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