アオイ
西のクズハから親書が届いた。
届けたのはその国の王子でアオイという名の少年だった。
たまたまスズと追いかけっこを庭園で繰り広げていたわたしは、入城した王子に出会った。
その日に限ってやたらなお転婆ぶりを発揮したスズは、とにかくチョロチョロと逃げまくり、姿を消した。
城壁の蔭から顔をだしたわたしは、ぽかんと口を開けて一点を見ている団体を発見した。
一人は水色のフワフワとした髪の少年。
一人は黒髪短髪の長身の青年。
一人は目付きの悪い青年。
一人は黒髪の艶やかな女。
一人は長い前髪に目が隠れている少年。
「すまないが、君たち。これくらいの少女を見なかったか」
多分、その目線の先だろう。
「あ……すごい勢いで走って行った後、あの木に登ってしまいましたが……」
呆然としたままの水色の少年が指を指したのは、一本の大樹だった。
礼を言い、ため息をついて大樹の下に立つ。
枝の間にスズの薄碧色の衣が見え隠れしている。
「こら、スズ。降りてきなさい」
嫌だという鳴き声が上から聞こえた。
「外では大人しくしていなさいと言っただろう」
知らなーいと小馬鹿にしたような鳴き声が返ってきた。
「そうか、そうか。ではしばらくそこにいなさい」
鼻を鳴らしてやった。
「今日の饅頭はわたしが全部食べてやろう」
すると慌てたように薄碧色の衣が動いた。
「こら、スズ! 気をつけ……スズッ!」
木の上から落ちてきたスズを、ガッツリと受け止めた。
枝や葉っぱをくっつけて、腕の中でキョトンとしてわたしを見ている。。
「驚かすんじゃないよ。本当にお前はやんちゃだな」
そして、恐るべき食い意地。
怪我も傷も付いていなくてホッとした。
ごめんね、と鳴くスズの頭に唇を落とす。
「さあ、帰ろう。キムザと饅頭が待っている」
抱えたまま踵を返すと、水色の髪の少年が笑いを堪えてこちらを見ていた。
その後ろにいる三人もそれぞれの格好で震えている。
短髪の男だけは底冷えのするような目で睨みつけていた。
「随分と元気のよいお姫さまですね」
「ありがとう。良かったな、スズ。お姫さまと言われたよ」
スズがペコリと頭を下げた。
「では失礼する」
「はい、後ほど」
その水色の髪の少年が、アオイだった。
知ったのは、クズハの王子が父に謁見した時だった。
ボンクラ二人とわたしも同席していた。
「我が父の言葉で各国を回っているのです」
うやうやしく親書を差し出した後、アオイは笑った。
流暢なジン語で。
「見るもの全てが珍しくて、勉強になります」
「ほうほう。たった十六歳でご苦労なことじゃのう」
ボケも相好を崩している。
「中々に大変です。でも、一緒にいてくれる臣下たちが頼りになるので、安心していられます」
「わしの息子も、よく外に出ておる。旅はいいものじゃのう」
ボケの目線がこちらに向いた。わたしもにこやかにほほ笑みながら、内心に吹き荒れる馬力雑言を抑えつけた。
良く言うわたしはこの城の空気が薄いから息注ぎに旅に出るだけだそれを病弱と勝手に建前ておいて勝手に他国の者に自慢するんじゃないよこのボケ老人。
勿論、言わない。
しばらく和やかなやりとりが行われたのち、アオイが嬉しそうに言った。
「ところで、先ほどとても元気のよいお姫さまを、お見かけしたのですが、あれはどなたですか」
このガキ。早速スズに目を付けたか。
「わたしのネコです」
「ネコ……」
アオイが目を点にしている。
「息子、ヤン・チャオの傍にいる娘じゃ。そうじゃ、今宵の宴に呼ぶがよい」
勘弁してくれ。
「ぜひ、お願いいたします」
少年特有のキラキラした目で見つめてくる。
「生憎、スズは……」
「ヤン・チャオ」
ボケは笑ったまま、こちらを見た。
この好欲ジジイも、スズを寄こせ、差し出せとうるさい。
「宴に呼ぶがよい」
ご命令された。
「ああ、スズ」
部屋に戻ったわたしに飛びついて来たスズを抱きしめ、そのままへたり込んだ。
「お前は老人から少年の心までわしづかんでしまう」
不思議そうに見上げるスズに口を重ねる。
「どうかされたのですか」
カイドウ、リンドウに事情を説明する。
二人はクスクス笑った。
「さすがは我らのスズさまですね」
「どうされますか、ヤン・チャオさま。その王子とスズさまが仲良くなってしまったら」
「何を言う。スズはわたしだけのものだ」
なあ、スズ。抱きしめると甘えたように鳴いた。
「とにかく宴には参加するが、すぐに戻る。キムザを呼んでくれ」
スズに口づけしながら言うと、カイドウがため息をついた。
「呼んでくるので、そこをどいてください。ヤン・チャオさま」
お付き二人から話をきいたキムザ以下女官たちは、衣の相談を始めた。
十六歳の少年に対し、大人びて魅せるか、愛らしく魅せるか。
わたしは不貞腐れて寝台にひっくり返っている。
腕の中にはスズがいる。
「西の王子など、どうでもいいではないか」
「いいえ!」
女官たちは声を揃えて口答えした。
「せっかくの機会ですもの」
「スズさまの魅力を存分に引き立てます」
「少年王子に惚れていただかなければ、女官の沽券に関わります」
「おまかせください」
この調子だ。
「スズー。お前はどこにもいくんじゃないよ」
スズはにっこり笑って、口を重ねてきた。
「ああ、スズ……」
抱きかかえ、くるりと回転すると、そのままひょいとキムザに奪われた。
「衣装が決まりましたので、お着替えをしましょうね」
お着替えをしたスズは花の精のごとく愛らしかった。
撫子色の衣に、真珠の玉が連なる簪。
女官たちがキャアキャアと自らの腕前を褒めている。
そしてわたしもお着替えをさせられた。
「行ってらっしゃいませ、殿下。スズさま」
行きたくはないのだが、仕方あるまい。
「早く帰ろうな、スズ」
了解したとスズが鳴いた。
宴の場に入ると父が目ざとく見つけ、大声で呼ばれた。
ボンクラ兄たちが怒りの視線で睨んでくる。
己らの不甲斐なさを嫉妬に変換しないでほしい。いい迷惑だ。
ボケは嬉しそうにスズの美しい跪礼を堪能した後、傍に置こうとした。
「母上たちが怒りますよ」
笑顔でかわして、自席へとむかう。
スズに飯を食わせている(相変わらず高級食材ばかり差してくる)時だった。
予想通り、少年王子は真っ直ぐこちらに向かってきた。
後ろには四人の臣下が付き添っている。
「始めまして。クズハの第一王子アオイと申します」
少年は真面目くさってスズの前に膝を折り、小さな手を取った。
そっと口を当てる姿にどす黒い感情が湧き上がる。
「この子の名前はスズという。聾唖で話すことができない」
パキパキパッキリと説明してやると、アオイは目を丸くしてスズを見た。
「ですが、とても美しい方ですね。ぼくとお友達になってください」
オトモダチ? オトモダチだと?
お前のいうオトモダチとは、狼を隠し覆う羊皮の意味だろう。
スズはコクンと頷いた(頷くな!)。
「では、お近づきの印に」
そう言ってスズの頬に口を付けた。
なにをするこのガキ!
胸に渦巻いていたどす黒いものが一気に突き上げる。
「まあ、お似合いのお二人だこと」
わざとらしい声を出してセリナがやってきた。
「始めまして、西の王子さま。ヤンさまの婚約者のセリナと申します」
お前は今来るな!
挨拶をするアオイにセリナはにっこりと笑った。
「碧色の衣がとてもお似合いだわ。ネコちゃんと並んでいると、花の精のようね」
わたしはセリナと同じ表現力しかないのか!
「本当ですか? ありがとうございます! セリナさまもヤン・チャオさまもとても大人びていて羨ましくなります」
大人びているのではなくて、大人だ!
「まあ、口がお上手ね」
どこが!
クルクルと周りの会話を聞いていたスズが、眠そうな声を出した。
よーしよし、いい見計らいだ。
「そうか、スズ。つかれたか。では、わたしたちはこれで」
スズを抱き上げると慇懃無礼に礼をし、さっさと退場した。
義理は果たしたし、害虫の傍にスズを近づけるわけにはいかない。
「まあ、殿下。早すぎるお帰りですね」
「遅いくらいだ。スズ、風呂に入ろうか」
こくりとスズが頷いた。
「お前はあの王子をどう思っている」
白い体を包み込むように優しく洗う。
お友達? とスズが首を傾げた。どうやら友達が何か分からないようだ。
「いいか、友達というものはだな、最初は親しい振りをしてにこやかにしているが、油断すると喉元かっ切られるぞ」
嘘を教える(わたしの心はとてつもなく狭い)と、スズはそんなもの返り打ちにしてくれると鼻を鳴らした。
「お前は勇ましすぎるな」
白い体を洗う手は、その内愛撫に変わる。スズの可愛い声も上がる。
わたしとスズが一緒に風呂に入るとき、女官が付かないのはこういう理由である。