カイドウの恋
ある日、スズと手をつないで北の塔から部屋へと戻るときだった。
庭の片隅で娘と話しているカイドウを発見した。
スズの手を引いて、近くの茂みへと身を潜める。
ちらりとスズとみると、好奇心に顔を輝かせて、分かっていると頷いた。
娘の方は身なりからして、貴族の者に違いない。
文の返事がどうたらこうたらと詰っていた。
大方、色よい返事をもらえなかったことを問い詰めているのだろう。
女とは面倒なものだ。
相手には白黒を、はっきりつけることを要求する。
あたしが嫌いなのと聞かれ、嫌いではないと答えると、じゃあ好きなのねと言う。
好きでも嫌いでもない、その以前の問題だとはかすりも考えないらしい。
差しだした好意と同等、いやそれ以上の見返りを求める。
涙か笑顔をみせりゃなんとかなると思っている節がある。
本当に面倒だ。
だが、スズはその規定から見事に外れていた。色々な意味で。
何より一緒にいて飽きない。ただスズが横にいるだけで、あっという間に一日は終わってしまう。
「申し訳ありませんが」
冷の君に相応しい冷たいカイドウの声がした。
「おれには想う人がおりますので」
「それは初耳だぞ、カイドウ!」
勢いよく茂みから(葉っぱをくっつけて)、わたしとスズが立ちあがる。
カイドウは仰天して、何か飛び出るのではないかというほど口を開いた。
それ以上に仰天したのが娘の方である。
声を上げて逃げて行ってしまった。
「な、な、何……!」
「水臭いではないか、お前に好いている人がいるなど」
そうだそうだとスズが鳴いた。
「主に隠し事はよくない。さあ、吐け。吐いてしまえ」
言っちゃえ言っちゃえとスズが鳴いた。
「何しとんねん! こんなところで!」
先程の取りすました顔はどこへやら、カイドウは真っ赤な顔でうろたえている。
そしてくるりと踵を返して、早足で逃げた。
「誰なんだ? ん? リンドウか? 女官の一人か? 城にいる娘か?」
「違いますよ」
駆けるようにしてカイドウは歩を速める。
わたしも負けてはいない。歩幅はこちらの方が勝っている。
「まさかスズではあるまいな」
「違います!」
そのスズは、先を争うようにして歩くわたしたちに置いて行かれまいと、ほとんど走っていた。
「もしや、お前……」
思いあたって、愕然とした。さすがにそれは許されないだろう。
ぎくりとしたようにカイドウが止まった。わたしも止まった。
いきなり止まったので、スズがわたしにぶつかった。
「キムザなのか……?」
「違うわぁああ!」
脅しても賺しても、カイドウは想い人とやらを教えてくれなかった。
リンドウなら知っているだろうと、聞いたところ首を横に振った。
「知っていますけどね、絶対に教えません」
「臣下にも秘するものはあるのだろう。それにしても、水臭いものだ」
夜。随分と温かくなった夜風を感じながら、窓辺の椅子にかけて頬を付く。
あたし、実は知っている、とスズが得意げに顔を上げた。
「そうか、お前は知っているのか。こっそりわたしに教えてくれ」
足元に座っているスズを膝上に抱きあげると、ふふんともったいぶったように笑った。
そして、教えなーいと舌を出した。
「お前はいつからそんなに生意気になってしまった」
ちょんと出ている舌を吸うと、スズの手がわたしの頭に回った。
まあ、いい。口うるさく真面目なお付きが恋をしている。
その内、知ることになるだろう。どんな醜女だろうと、巨漢女だろうと、祝福してやろう。
わたしの可愛いお付きが惚れた人物なのだから。
これでカイドウ君の好きな人が分かった方は、ものすごく嗅覚が鋭いと思う。