カイドウとリンドウ
さて、昔っから散々わたしに振り回されているお付き二人である。
物心ついた時から、傍にいた同い年の男と女は、その時からうるさかった。
「ヤン・チャオさま。講師の椅子にいたずらはいけまてん」
「ヤン・チャオさま。食べ物で遊ぶと罰があたりまつよ」
舌っ足らずな声で、一著前に注意をされたものだ。
「違うよ、カイドウ。これは講師に対する試練だよ。我が尊敬する講師さまがどんな反応をするか興味深いじゃないか」
「遊んでなんかない、リンドウ。純粋なる好奇心だ。何故うまいものとうまいものを合わせてみると、まずいものになるのだろうね」
対しわたしは、舌先滑らかだった。適当に言い訳をすると、二人は涙をこらえて黙りこんだ。
カイドウは北のチャルカに近い部族の出身だ。中流貴族の息子で同い年ということで、わたしに宛がわれた。
その地方独特の訛りは、普段抑え込んでいるものの、怒り狂うと暴言と共に飛び出してくる。
「どんだけ無責任に育ったんや、おんどれはー! おれらの苦労もちったあ汲まんかい!」
「また城から抜け出しよって! 滅茶苦茶探したっちゅーねん! 脳みそに虫わいとんかいボケぇ!!」
真っ赤な顔して、机をバシバシ叩きながら怒鳴る。
見た目は涼やかで冷静を装っているカイドウは、女官や貴族の女たちから「冷の君」と呼ばれ人気がある。が、中身はこんなもんである。
その落差が面白くて、からかうことが多々あった。
根は真面目なカイドウは、いつも引っかかってくれた。
リンドウも地方の貴族の娘だった。カイドウと同じ理由で、城に召しあげられた。
こちらも四角四面な性格で、カイドウと共にキャンキャンとよく吠えた。
「あまりにも口うるさいと、嫁の貰い手がなくなるぞ」
「お嫁になんていかないもん」
幼いリンドウは、プイと横を向いた。
「母さまと同じ苦労をして、泣くぐらいなら、あたしは一生一人でいるもん」
聞けば、リンドウの父は女好きで有名な人物らしく(英雄色を好むというが、凡人でも男は色を好む)、母親はさんざんに苦労しているのだそうだ。
「男の人なんて大嫌いです」
「わたしもカイドウも男だが」
するとリンドウは腕を組んで考えた。
「ヤン・チャオさまは父さまと同じ匂いがするけど、カイドウは別」
「……と、いうような事を、その昔いわれたな」
スズを膝にのせながら、思い出話をすると、お付き二人は苦笑した。
「まあ、当たらずとも遠からずではないですか」
「城の中で浮名を流していた時期もありましたからね、ヤン・チャオさまは」
「あの時はさすがに、セリナさまに同情しました」
「節操無さ過ぎて、呆れを通りこして感心していましたからねぇ。おれたちは」
「あんなもの、ただの遊戯だ」
そうか。そういう時期もあったな。麻疹のようなものだ。
お年頃となれば、異性に興味を持つのは当たり前のことだろう。
好みだと思った女に適当な美辞麗句を並べると、つまらないほどよく釣れた。
そしてすぐに飽きてしまった。
人妻だろうが、箱入り娘だろうが、結局はどの女も一緒だった。
彼女らの頭の中は餡でできている。
わたしは饅頭相手に恋愛する気はない。
「こらこら、スズ。痛いだろう」
スズが不機嫌な顔でガジガジと腕を噛んできた。
甘噛みなんてものではない、本当に痛い。
「昔の話だ、今はお前だけだよ」
どうだか、と鳴いた。
「ああ、わたしのネコが機嫌を損ねてしまった。お前たちが余計なことを言うから」
お付き二人のせいにすると、生意気にも鼻を鳴らした。
「自業自得とは、こういうことをいうのですね」
「人の性格は中々変わらないといいますからね」
スズの目が見開いた。
慌てたのはわたしである。
「おいおい、お前たち。煽るんじゃない」
カイドウ、リンドウは、ニヤニヤと笑ったままだ。
わたしはスズに関しては、めっぽう弱くなってしまう。
それに気が付いた二人は今までの恨みを込めてか、度々このようにチクチクといじめてくる。
全く。主を苛めるなど不届き者め。
とはいえ、わたしもそれを楽しんでいることも否めない。
ところで膝の上のスズは、ツンと怒ったままだ。
カイドウ、リンドウを追い出して、そのご機嫌取りをする。
「スズ」
右を向いているスズを覗き込むと、今度はプイと左を向いた。
「スーズ」
そして、この機嫌取りの行為を楽しんでいる事も、これまた否めないのだった。