003:親友のお仕事
「今日のホームルームでは、まだ決まっていなかった学級委員長の選出をしてもらいたいと思う。後一月もすれば体育祭が迫っているからな」
教室に入ってくるなり、担任がそう言った。
今日は四月十五日。五月中旬に体育祭か……。普通なら秋にやるんだろうが、夏の暑さが残っている九月とかよりはまだ涼しさのある五月に開催して貰える方が良いかもしれない。
なんてことを思いながら、俺は瞳を閉じてうつらうつらとし始めた。昨日は遅くまでインターネットで調べ物をしていたせいで眠くて仕方ない。過去の神隠しに関する事例や、それに関連した研究など、俺と弘司の身に降りかかったこの事件に関係しそうな物に片っ端から検索をかけて見漁っていたら、睡眠時間が一時間にも届いていないという酷い事態に陥ってしまったのだ。
今日の最終授業がホームルームで良かった。これ以上は最早持ちそうにな――、
「とりあえず学級委員長については、推薦制を取りたいと思っているんだが、多分いないだろうからくじ引きで……」
――その言葉が聞こえた瞬間、俺は勢いよく腕を振り上げた。教室が小さくざわめく。
結果、時同じくして、ホームルームには天に届くかのように鉛直方向へぴんと張られた腕が二つ現われることとなった。
「……い、いきなり推薦する相手がいるのか……、春野、湊……」
「湊くんを推薦します」「春野を推薦する」
驚いた教師が言うが早いか、俺と弘司の声が被る。
畜生あの野郎、俺を学級委員長に推薦することで自分がその役職に落ち着いてしまうリスクを軽減しようという魂胆だ……! 小狡い奴め、クソッタレ!
……まるきり俺も同じ考えだったが、些細な問題だな、うん。
「湊くんはリーダーシップがあるので向いていると思います」
「春野は中学時代に学級委員の経験がある。過去の経験は大きな武器だと思うぞ」
またもや被る俺と弘司の声。
先に推薦理由を述べることでヤツに対するクラスの皆の印象を固めておこうと思ったが、弘司も全く同じ考えだったようだ。チィッ……!
ちなみに弘司には学級委員の経験など無い。
しかし、どうしたもんか……。とりあえずは――、
「長い付き合いの俺が言うから間違いない」
「長い付き合いの僕が言うから間違いありません」
最終的には殆ど被った。クラスの皆も俺と弘司の仲については知っているはずなので、ある程度説得力はあると踏んだがヤツも全く同じ考えか!
ていうかあのクソ野郎、俺にそんな貧乏くじを回してどうするつもりだ。
「あー……、春野と湊の二人が挙がったが、他にはいるか?」
いるわけがない。学級委員長などというただ面倒くさい役職、好き好んでやりたがる人間はいないはずだ。それに、それがわかっているからこそ他人を推薦するのも気が引けるというもの。
つまり、今の状況はクラスの皆にとっても願ってもないものであるはずだ。誰一人として首を振る者はいない。
と、そこでおずおずと手を挙げる人物が一人。日比野咲良だ。
「日比野? どうした」
優等生がこの空気に混じるとは思っていなかったのか、若干目を丸くした教師が続きを促す。
「いえ……、私、湊くんに賛成します」
「よく言った日比野!」
日比野の素晴らしい決断に俺は感涙を禁じ得なかった。彼女としては自分の惚れている相手である日比野の活躍する姿を見たいのだろうが、そんな乙女心は今はただ弘司を追い詰めるだけ。それに日比野がこちら側にいる以上ヤツはこの役職に就かざるを得な――、
「それなら先生、私も春野に賛成だね」
「よく言った倉橋ィィィィッ! 後で覚えてやがれェェェェェ!」
倉橋の素晴らしい決断に俺は本気の涙を禁じ得なかった。彼女としてはただただ面白そうだからという理由で俺を推薦したのだろうが、そんな好奇心は今はただ俺を追い詰めるだけだ。余計なことを言いやがってあの女ァ!
見れば弘司はニヤニヤと笑ってこちらを見ている。クソが! まだ勝負は始まったばかりだ!
何が何でもお前を学級委員長に据えて、あたふたしている様を見て嘲笑ってやるから覚悟しておくんだな!
俺は心の中で悪役よろしく高笑いした。……ふふふ、必ず吠え面かかせてやるぜ……、はーっはっはっは!
五分後、泣きべそをかきそうな俺が教卓の前に立っていた。
背後の黒板には、俺と弘司の名前と、投票数を現す正の字が書かれている。クラス四十一人中、俺に投票したのがちょうど三十五人。弘司は六人。俺は晴れて学級委員長の座に就くことになってしまった。
ちなみに弘司はクラスの皆からのあまりの信頼の低さにさめざめと涙を流している。……何だかここまでくると可哀想な気もするが、仕方ない。
こうして決まってしまった以上は、俺だってちゃんと責務を果たすさ。だがその前に挨拶だ。
色々と……、な。
「学級委員長になった湊仁一朗だ。よろしく。とりあえずこうして仕事を任されたからには精一杯やるつもりだから、協力を頼む」
俺の挨拶に、クラス中から拍手がわき起こる。なるほど、完全に安心しきっているな。
それを好機と見て、俺は早速本題に入ることにした。
「さて、体育祭について決めることがあるようだが、その前に。……俺一人で仕事をこなすのは流石にきついので……」
言って、教卓の上に空き缶を取り出す。ちょうど良い具合に教卓の内側の棚に置いてあった代物で、先ほど見つけたばかりの逸品だ。
どん、と教卓に置かれたそれを見て、クラスの皆が息を呑む。
上のフタ部分が切り取られた空き缶には、割り箸が何本も突き立っている。それだけで、何のために作られた物か容易に想像できるのが怖いところ。
そう、これは――、
「……誠に勝手ながら、副委員長を決めさせて貰いたいと思う。公平性を保つために、くじ引きで……な」
クラス全員の悲鳴は、中々に心地よかった。
「よーし、とりあえず割り箸の先が赤色の奴は副委員長としてこれから一緒に仕事して貰うことになるからよろしく」
――さて、誰だ? 憐れなる子羊はよォ……。
俺は教室の隅々に視線を走らせた。皆も興味津々で辺りを見回しているようだ。
さあ、来い……。一緒に苦しみを味わおうぜェ……。
「…………」
そんな中、自分の手にしている割り箸をじっと眺めた後ゆっくり立ち上がる少女が一人いた。
彼女は、とても染色したとは思えぬほどにナチュラルな茶の髪をふわりと流している背の高い女子だった。すらりとしているが出るところは出ていてモデル体型といった風だ。雰囲気からの印象は所謂クールビューティーという奴だろう。顔は凛々しく、可愛いと言うよりは綺麗といった表現が似合う。掛け値無しの美人である。
彼女が相方となるのか。これはなかなか役得だったかも知れない。
教卓の側にいる俺の所まで歩いてきたその女生徒は、俺に割り箸を見せた。端には赤色、ビンゴだ。
「……よろしくね、湊くん」
「ああ、よろしく頼む。とりあえず自己紹介を頼んで良いか?」
「ええ」
こくり、と頷き、少女がクラスの皆の方へと向き直った。
澄ました顔を崩すことなく、彼女はクラスの皆を見つめている。その瞳の内に籠もる感情を窺い知ることは出来ないが、俺はどうしてか彼女から視線を外せずにいた。
よくよく見ればどこか日本人離れした風貌で、凛として人を寄せ付けがたい――まるで刃物が如き――雰囲気をその身に纏っているが、それ故に惹かれてしまうのだろうか。
副委員長として同僚となる少女に見とれつつある自分に愕然としながら、俺は彼女の言葉を待った。
「土岐川奏。副委員長になりました」
ちらり、とこちらを一瞥する土岐川。その視線には妙に敵意が籠もっているようないないような……。
「よろしく」
短く纏め、最後に小さく、本当に小さく一礼。その後にクラスの皆からの拍手を受けたが、土岐川はやはりそのクールな仮面を外すことはなかった。
無表情を越えて不機嫌なのではと錯覚するほどに表情を動かさない彼女は、すたすたと自席へと戻っていく。
「これ、大丈夫なのか……?」
小さく呟いた俺の言葉は、誰にも聞こえてはいなかったろう。
一年ぶりの更新ですね……。
いずれ改稿しますが、とりあえず前半部だけを。