異世界転生?ありきたりな物語
目を覚ますと、知らない天井があった。
窓の外には、見たこともない街が広がっている。
高層ビル。空を走る車。見慣れない文字。
「……異世界?」
最後に覚えているのは、事故だった。
トラックのクラクション。
身体に走った衝撃。
そして、誰かの声。
『もう一人のお前を、絶対に見つけるな』
それだけだった。
俺は自分の名前すら思い出せなかった。
病院を出ると、少女が待っていた。
「やっと起きたんだね」
「俺を知ってるのか?」
「知らない。でも、あなたを待ってた」
少女はミナと名乗った。
俺が記憶喪失だと知ると、彼女は妙なことを言った。
「あなたは、向こうの世界から来たんだよ」
「向こう?」
「この世界とは別の世界」
ミナはスマホを見せた。
そこには、俺がいた世界とそっくりな街の写真が映っていた。
ただ、一つだけ違う。
写真の東京には、俺の知っている建物がなかった。
「世界は二つあるの」
ミナは言った。
「あなたは事故で死んで、こっちに来た」
なるほど。
いわゆる異世界転生というやつか。
俺は妙に納得した。
それから俺は、この世界で暮らし始めた。
ミナと過ごすうち、少しずつ記憶も戻ってきた。
俺には妹がいた。
名前はユイ。
毎朝、俺を起こしてくれた。
そして、事故の日。
俺はユイと一緒に歩いていた。
横断歩道。
赤信号。
クラクション。
そこで記憶が途切れている。
「妹は?」
俺が聞くと、ミナは黙った。
「死んだの?」
「……違う」
「じゃあ、生きてる?」
ミナは答えなかった。
代わりに、古い新聞を見せた。
そこには事故の記事が載っていた。
『少年、交通事故で死亡』
写真を見る。
そこには俺が写っていた。
そして、その隣に――ユイ。
だが、記事にはこう書かれていた。
『死亡者は一名。妹は現場にいなかった』
「……おかしい」
俺は頭を抱えた。
ユイはいた。
確かにいた。
なのに、なぜ?
その夜、夢を見た。
白い部屋。
ベッドの上に誰かがいる。
俺だった。
そして、ベッドの横にユイが立っている。
『お兄ちゃん』
ユイが泣いている。
『起きてよ』
俺は飛び起きた。
汗で服が濡れていた。
ミナが部屋に入ってくる。
「思い出した?」
「……俺は、二つの世界を行き来してる」
ミナの顔が強張った。
「違う」
「違う?」
「世界は二つじゃない」
ミナは鏡を指差した。
「二人いるの」
鏡を見る。
そこには俺がいる。
当たり前だ。
「何を言って――」
「あなたは事故のとき、頭を強く打った」
ミナの声が震える。
「その瞬間、あなたの意識は二つに分かれた」
俺は鏡を見る。
鏡の中の俺が――笑った。
俺は笑っていない。
「……誰だ?」
鏡の中の俺が口を開く。
『やっと気づいた』
声は、俺自身の声だった。
『俺たちは同じ人間だ』
世界が歪む。
ビルが消える。
ミナも消える。
代わりに、白い病室が現れた。
ベッドには俺が寝ている。
その横で、ユイが泣いている。
そして鏡の中には、もう一人の俺。
『お前が生きるために、俺が死んだ』
「……じゃあ、今までの世界は?」
『全部、お前の中にあった』
「ミナは?」
鏡の中の俺は答えなかった。
代わりに、背後から声がした。
「私?」
振り返る。
そこにミナがいた。
彼女は泣きながら笑っていた。
「私も、あなたの記憶だよ」
俺は息を呑んだ。
ミナが手を伸ばす。
「だから、もう戻って」
「どこへ?」
「あなたが生きている世界へ」
その瞬間、全部を思い出した。
事故の日。
俺は一人だった。
ユイはいなかった。
ミナもいなかった。
俺は事故の瞬間、死を受け入れられず、自分の中に「もう一人の自分」と「妹のいる世界」を作った。
そして今まで、そこを異世界だと思っていた。
目を開ける。
白い天井。
病室。
母親が泣いている。
「……お兄ちゃん?」
ベッドの横に、ユイがいた。
俺は手を伸ばす。
「ユイ……」
「うん」
「俺、異世界に行ってた」
ユイは泣きながら笑った。
「夢でも見てたの?」
俺も笑った。
「たぶん」
その夜。
眠る直前、ふと窓に映った自分を見る。
鏡の中の俺が、こちらを見ていた。
そして、小さく口を動かした。
『また明日』
俺は目を閉じた。
――その瞬間、病室の外からミナの声が聞こえた。
「おやすみ」
俺は、もう一度目を開けた。
誰もいなかった。




