008 恋愛なんかじゃない(牧野アメリ)
× × ×
電話を切ってしばらく経つのに、まだ心臓がドキドキしてる。
だって、花の奴が変なこと言うんだもん。
これだけ書いたんだから、試したいに決まってるでしょ。
分かってること確認するなんて、普通に性格悪いっての。
なんか、ちょっとムカつく。
「……ズルいよ」
あんな男の子、初めてだ。
小説を書き始めた頃から妙に気にはなっていた、いつも本を読んでいる不思議な雰囲気の男の子。
ぶっきらぼうで誰とも喋らない浅井君と、なぜか普通に、楽しそうにお話が出来てしまう謎な男の子。
それが、それだけが、私の中の花朔太郎だった。
彼のこと、クラスの誰も見てなかった。けれど、彼もそれを望んでいるように見えて、不思議と可哀想には見えなかった。
だから、私はあの時、声をかけた。
何を読んでるんだろう。好奇心を解消するキッカケにするには、十分な動機だったから。
……恋愛嫌いの私にとって、花はちょっぴり特別だ。
今まで出会ってきた男の子は、みんな私のやりたいことの邪魔ばかりした。
かけっこがしたいのに、ドッジボールがしたいのに、サッカーがしたいのに。
それら純粋な好奇心全てを、恋は邪な色で汚そうとしてきた。どうして、好きなことをさせてくれないんだろう。
私は、ずっとそんな悩みを抱えていた。
……日本に移住して、剣道を初めて、その時にようやく分かった。
好きに生きるためには、誰に何を言われてもブレない強さが必要だ。
断るための力は私自身で手に入れるしかない。ノーをノーだと言うためには、自分を磨かなければダメだったのだ。
それが、世界の仕組み。
やりたいことの邪魔をする、何より面倒くさい決まり事。こんなにも辛くて、頼みもしないのにいつも私の傍にある鉄の掟だ。
……そんな世界を否定したくて小説を書き始めた私の作品を、花は一番最初に見つけてくれた。
どれだけ嬉しかったかなんて、書いたことのない花にはきっと理解出来ないだろうな。
「……むぅ」
あれ、アメリ。
恋愛嫌いのクセに、もしかして気になってる?
「違う、そんなんじゃない」
花のことは……そう、信頼してる。
私の小説を誰よりも理解してくれる、世界に一人だけの理解者。それが花朔太郎であって、決して恋愛対象なんかじゃない。
だって、私たちは小説の話以外はしたことがない。恋をしてるなら、何が欲しいとかじゃなくて、ただ一緒に居たいだけって思うはずでしょ?
恋って、絶対にそういうものだもん。
だから、花のことはそういうんじゃない。
そういうんじゃ、ないんだよ。




