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美少女作家のクソラノベを編集したら依存されていた  作者: 夏目くちびる
文芸部結成編

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007 ふたりの夜明け

 家に戻り夕食を済ませた俺は、牧野とのトークルームにベタ打ちされたテキスト群を一つずつ読んでいた。



 全部合わせて210キロバイトほど。

 ちょうど小説一冊分程度だが、これを分析したり推敲しながら読むのだから、それなりの重労働だと言えよう。



「……なるほど」



 どうやら、牧野の中でラブコメと言えばハッピーエンドが絶対らしい。



 特に余韻や余白は残さず、シンプルで読後感が気持ちのいい、インスタントに感動を得やすい物語、というのが俺の所感だ。



 特筆すべきは、最終的に不幸になっているキャラクターがいないことだろう。



 悪い奴は改心して善い奴になり、「ごめんね」→「ええんやで」の流れを必ず踏んでいる。

 なんなら、そもそも敵役が出てこない作品すらある。これで物語を成立させるのは、生半可なキャラじゃ不可能だったろう。



「凄いな」



 懲らしめたり、破滅させたり、復讐したり。



 そういうシリアスな物語は、実を言うと他ジャンルに比べて書きやすい。プロットの推進力が強く、作者自身も感情移入しやすいからだ。



 しかし、牧野はそんな便利な構造を使わない……と言うよりも、現時点の牧野は誰かを不幸にする物語を書けない作家なのだ。



 どう読んでも、意識的にやっていることではない。彼女が本気で面白いと思うものを書いた結果、すべてがこの形に収まってしまった、といった様子だった。



 ……妙だ。



 俺には、これが牧野の本当に――。



「「「お兄ちゃん!!」」」



 珍しく真面目に考えていると、突如として部屋の扉が弾けるように開き、パジャマ姿のクソガキ三人が部屋に飛び込んできた。



「お兄ちゃん、遊ぼ!! ゲームする!! ゲーム!!」


「お兄ちゃん、見て見て。見ててねー? ゎあ!!」


「お兄ちゃん、お菓子食べたい。買ってきて?」



 ……このかしまし娘たちは、俺の妹だ。



 三姉妹の三つ子で、上から順に(まつり)(ころも)(かすみ)

 一体誰に似てしまったのか、今年で小学生になったというのに、三人揃って一秒足りとも落ち着くことを知らないメスガキたちであり――。



「「「きゃははっ!!」」」



 俺の時間を津波のように掻っ攫っていく、人生最大の悩みのタネなのだ。



「ねぇ、なに見てんの?」


「教えなよ、お兄ちゃん」



 気が付けば、祭と霞は素早く俺のスマホを奪い、牧野とのトークルームをスクロールしている。

 すぐに取り上げようとしたが、しかし、衣が俺の膝へよじ登るなり「ゎぁ!!」を連発するせいで行動が起こせなかった。



 大体、なんだよ「ゎあ」って。変なもんを流行らせようとするなっての。



「うわ、文字ばっか。

 これ誰? コイビト?」


「え!? お兄ちゃん、コイビト出来たの!?」


「出来てねぇよ。つーかお前ら、なんでコイビトなんて言葉知ってるんだ」


「知らないのぉ? コイビトっていうのは、キスする関係のことを言うんだよぉ?」



 クソガキが、浅い知識で講釈タレやがって。



「ねぇ、お兄ちゃん」


「なんだよ、衣」


「お兄ちゃんの足って、座り心地サイアクだね」



 俺は、衣をベッドの上に投げ飛ばして霞の手からスマホを取り上げ、即座に部屋を飛び出しそのまま階段を駆け降りて家の外に出た。



「あ、いけないんだ!! フリョーじゃん!! ママに言うよ!?」


「やることあるんだよ、今日は構ってやれねー」


「やだーーーーっ!!」



 祭の文句には一瞥もくれず、とっとと家の裏の小さな公園に向かう。ベンチが一脚に、半分だけのタイヤが二つ埋まっている謎の公園だ。



 想像力を働かせなければ遊べないこの場所は、俺がガキの頃から変わらない。

 一人でタイヤを反復横飛びしていた過去に浸った後、恥ずかしさを誤魔化すようにスマホを開いた。



「……まったく」



 改めて、牧野の小説に目を通していく。



 一本、また一本と消費していく中で、俺の中には、いつの間にか一人の読者としての疑問が生まれていることを自覚した。



「このキャラは、悲劇にどう立ち向かうのだろう」



 牧野の才能を言語化するならば、それは『察する能力』と『観察眼』だ。



 彼女は、相手が何を求めているのかを言葉にされる前に拾い上げる。

 だからこそ、誰とでも距離を詰められるし、気づけば周りの人間が彼女を頼るようになる。

 陽キャグループの中心となり、誰もが憧れる存在となったのだ。



 ならば、その力を使ってシリアスな作品を描けば――。



「……いや、待て。

 なぜ、俺はこんなことを考えてるんだ?」



 俺の仕事は、牧野の小説を編集することだ。それなのに、俺だけがランキングを気にして、俺だけが可能性を考え、俺だけが彼女の未来を想像してしまっている。



 挙句の果て、長編を執筆する妄想まで――。



「……チクショウ」



 果たして、俺は牧野をどうしたいと思っているんだろうか。

 前に同じ失敗をしているというのに……本当にバカな男だ。



「……ん?」



 その時、牧野から着信が入った。少し戸惑ったが、見ないふりをするわけにもいかない。

 俺は、一度だけ深呼吸をしてからすぐに通話に応じた。



「おはよう!!」


「……おはよう?」



 時計を見てみれば、時刻は午前四時。マジか、もう朝になるじゃないか。



 まったく、こんなにものめり込んでしまうだなんて、実に俺らしくない。

 一つの事に、ここまで拘ってしまうだなんて。こんな経験、本当に久しぶりで――。



「……あぁ、そうか」



 俺は、牧野アメリのファンになっていたようだ。



「え、なに? なんかあった?」


「いや、なんでもない。どうしたんだ、こんな時間に」


「いっぱい寝たから元気になっちゃったの。

 それで、えっとね。……えへへ。まぁ、ほら。どうかな〜って――」


「今も、お前さんの小説を読んでたよ」



 俺は、彼女の煮え切らない態度を遮って答えた。



「うそ!? えーっ!? やばーっ!! めっちゃ嬉しいんだけど!!

 てか、面白かった!?」


「まぁ、そこそこ楽しめたよ」



 俺は、咄嗟に嘘をついていた。



 認めたくなかったわけじゃない。ただ、ここで彼女のすべてを肯定してしまえば、もうこれ以上の作品が読めないんじゃないかと不安になったのだ。



「そっか。んふふ、ありがとっ!!

 それでさ、どう!? 花的にはどれが一番面白いと思った!?」


「そうだな。俺は『初恋絶対成功委員会』が面白かった。

 説明無しにギミックを受け入れられたし、依頼者の恋愛を叶える方法がユニークで良かったよ」


「でへへ〜。流石、花はお目が高いですなぁ。

 実は、私もそれが一番面白いと思って書いてたんだ〜」



 きっと、電話の向こうでは、牧野があの妙に子供っぽくて眠たそうな猫みたいな顔で笑っているであろうことが手に取るように分かった。



「……なぁ、牧野」


「なに〜?」


「お前さん、自分の小説を多くの人に読んでもらいたい。そう言ってたよな」


「うん、言ったよ。

 あ、聞いて聞いて? 今チェックしたらさぁ、『ずっと一緒って言って欲しい』にね、感想がいっぱいついてるの!! んふふ」



 今気づいたのかよ。



 しかも、ランキングは見てないし。やっぱ変な奴だよ、お前さんは。



「……嬉しいか?」


「うん!!

 『恋愛ってめんどくさい』は花にしか読まれなかったのに、花に手伝ってもらった瞬間こんなに感想がもらえたんだもんっ!!

 花のお陰だよ!! ありがとう!!」



 ……俺のお陰なわけないだろ。



「お前さんの実力だよ。今そこにいるのは、牧野の小説が面白いからだ」


「……ま、まぁねっ!! うん!! やっぱその通りだっ!! わははっ!!」


「だから、試してみたくないか?」



 電話の向こう側に、牧野が息を呑む音が聞こえた。



「なにを?」


「お前さんの小説が、どれだけ人を集められるのかを」



 ……。



「あれ、牧野? おい、もしも〜し」



 ――ツー、ツー、ツー。



「はぁ!? なんでこのタイミングで電話切るんだよ!?」



 俺、かなりの勇気を持って聞いたんだが!? 清水の舞台から飛び降りる覚悟で踏み込んだんだが!?



 というか、まだ質問しただけだろ! せめて、意思くらいは聞かせてくれたっていいだろ!



「あぁぁぁぁっ!!」



 いや、認める! 認めます! はいはい、そうです! 俺は陰キャです!

 いいよ、そこはもう! 言い訳しない! 暗いところとか好きだし!



 けど、陰キャだってたまにはカッコつけたこと、女子に言いたくなっちゃうんだよ! 仕方ないだろ!



 あぁ、マジで慣れないことなんてしなきゃよかった。牧野、俺が調子こいたからって怒ってんのかな〜。



「……死にてぇ」



 なんて項垂れていると、再び電話がかかってきた。



 相手は、またしても牧野アメリ。俺は、さっきよりも緊張しながら、おっかなびっくり通話に応じた。



「な、なんだよ。今は凹んでるから用事なら学校で――」


「ごめん、ちょっとびっくりして切っちゃった」


「びっくり? なんで?」


「だって、花のそんな真面目な声、知らなかったんだもん」



 ……なんだよ、それ。



「俺は、お前さんとは真面目な話が出来ないのか」


「ち、違う違う!! そうじゃなくてね!? えっと、私が言いたいのはそうじゃないんだよぉ。……あぁ、上手く説明出来ないなぁ」



 声が震えているからだろうか、牧野は俺以上に焦っているような気がした。



「なぁ、急にどう――」


「とにかく!! 私も試してみたいからもっかい電話したのっ!!」


「……あ、あぁ?」


「やりたいよっ!! 私と花がどこまで行けるのか、私も知りたい!!」


「お、おう」


「じゃあ、また後でね!! てか、寝なよ!! こんな時間までほんとバカじゃん!! べっ!!」



 ――ツー、ツー、ツー。



「そ、それをお前が言うのかよ」



 まぁ、最後の言葉を聞くに受け入れてくれたみたいだし、とりあえずはこれでいいか。

 学校でもこんなバカなことを言い出さないよう、少しくらいは眠っておくとしよう。



「……朝日、眩しいな」



 体には気をつけて活動するように。



 そうメッセージを送ってベッドについた俺は、気を失うように眠った。

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