049 エゴイスト(牧野アメリ)
× × ×
時刻は十九時。
私は、投稿フォームの送信ボタンを押した。
「……終わっちゃった」
私の、夏の全部を込めた原稿。
花が、何日もかけて編集してくれた原稿。
それだけで、目の前から消えてしまった。
「……んふふ」
花、びっくりしただろうな。
だって、『ハッピーエンドの向こう側』は彼に送ったラブレターだもん。
花のことが、こんなに好きだってことを審査員の人に見せつけるなんて、自分でもどうかしてると思う。
けれど、もう、誰かに知ってもらわなければ気が済まないのだ。
みんなが、誰彼構わず惚気話を披露する理由がようやく分かった。
SNSで、カレシとの大切な写真を公開する理由がようやく分かった。
他の女子を牽制するとか、恵まれてる自慢とか、確かにそういう理由もあるかもしれない。
けれど、それはきっと、本当の理由と比べれば些末なことだった。
幸せが、溢れてしまうのだ。
そんなわけがないのに、自分が幸せであることを教えてあげなきゃいけない気になる。
いつも以上に元気が湧いてきて、「楽しそうだね」なんて誂われても、真っすぐに受け取っちゃうくらいポジティブになっちゃって――。
こんな気持ちにしてくれて、ありがとうって。
何をしてても、花のことばかり考えてしまうのだ。
……だから、大丈夫。
だから、きっと大丈夫。
花は、私のことも好きになってくれる。
たとえ、小説を書かなくたって、ずっと一緒にいてくれる。
一方的な約束だったけれど、テラスで花は頷いてくれなかったけれど、新人賞をとったら一緒にいてくれる。
だから――。
「……あれ?」
私、なんで泣いてるんだろう。
……あぁ、そうか。
「私、幸子と類ちゃんが羨ましいんだ」
本当は、分かってた。
頑張り屋で、自分が嫌いで――どこか、花に似ている。
だから、最初から壁がなくて、同じ方向を見ている。目的のためなら何をやったって構わないという考え方が、二人には最初から備わっている。
……私は違う。
幸子と類ちゃんは執筆が一番大切だけど、私は花が一番大切だ。
だから、もう書けない。
私の一番やりたいことが、恋になってしまったから。
小説を書いても、楽しくなくなってしまったから。
「はぁ、もう最悪」
いつだって、私のやりたいことを邪魔してきたものが、私の一番やりたいことになるなんて。
……私自身が、花のやりたいことを邪魔することになるなんて。
でも、それがエゴでしょ?
私の知らない私を突きつけて、私の見たことない景色を見せつけて、もう取り返しのつかないくらい好きにさせて――。
「だから、許してあげない」
私は、悪魔に魂を売る。
私のために、私のやりたいことをやる。
それ以外は、もう、どうでもいいから。




