005 編集は切り貼りするだけの簡単な仕事
……さて。
改めて牧野の作品全編に目を通した俺は、大きく息を吸って吐き出した。
編集として彼女の創作に携わるのならば、必ず確認しなければならないことがあったからだった。
「なぁ、牧野。お前さん、この小説をどうしたいんだ?」
「どうって、どゆこと?」
「とにかく完成させたいのか、面白くしたいのか、色んな人に読んで欲しいのか、カルト的な人気が欲しいのか。
一口に小説を書くといったって、目的は色々あるだろ」
ややあって、楽しそうに答える牧野。
「んっとね……。
やっぱり、色んな人に読んでもらいたいなぁ。書くだけで面白いけど、みんなに読んでもらえたら、きっともっと面白くなるって思うんだ〜」
「なら、これはボツだ。今すぐ新しい作品を書き直せ」
「え、えぇぇぇぇぇぇ!?」
恐らく、牧野の悲鳴は部室棟全体に響き渡っただろう。戸棚からはペンが転げ落ち、湯呑には波紋が発生している。
それらの行方を見届けてから、俺は説明のため、牧野にテキストを表示したスマホの画面を見せつけた。
「あのな。現実でモテまくってるお前さんの経験から生まれたラブコメに、ラブコメの読者が共感する要素なんて生まれるわけ無いだろ。
面白い、面白くない以前の問題だぞ。これは」
「偏見過ぎるよっ!!」
いや、偏見じゃないね。お前さんほどモテる高校生が、この世にそう何人もいてたまるか。
「そもそも、お前さんはインプットが貧弱過ぎるんだ。だから、せっかくの経験を物語に落とし込めてない。
面白い作品の構造を知らない限り、評価される作品なんて一生書けない」
「で、でも、花は面白いって言ってくれたよ……?」
「言ってない!! 俺は『エネルギーを感じる』と言ったんだ!!
大体、読者のみんながみんな、俺みたいに作品を深堀りしてると思ったら大間違いだ!!
読書そのものの感動と、追体験から得る感動は別物なんだよ!!」
「わ、私は面白いと思って書いたのにぃ……」
ぐるぐると目を回した牧野は、やがてテーブルにバタンと顔を突っ伏すと、夜の田んぼを支配するウシガエルのように「ぐえぇ」と情けなく呻いた。
そんな声、美少女が発したらダメに決まってるだろと思った。
「『恋愛ってめんどくさい』は現段階じゃクソラノベだが、救いのあることにまだ未完結だ。
ならば、いつか力を蓄えたお前さんが面白く完結させられるように、今は棚上げしておいた方が得策だろう。だから、俺は新作を書くことを提案してる」
「う、うん」
「もちろん、商業作品ではないのだから、好きなように書いて好きなように終わらせたって構わない。それは牧野の自由だぞ」
少しの間、音のない時間があった。しかし、彼女は唐突に――。
「ねぇ、花」
「なんだ、牧野」
「花は、私の書いた小説、好き?」
「あぁ、好きだ」
すると、牧野は天井を仰いで両手を広げ、弩級の深呼吸をブチかました後で、自分の両手を頬へピシャリと当てるといつも通りの朗らかな笑顔に戻った。
「よし!! じゃあ、新しい小説を書くよ!! 実はね、既にいいアイデアがあるんだ〜っ!!」
「そうか。参考までに聞いておくが、ジャンルは?」
「ラブコメ!!」
宣言すると同時に、とんでもないスピードでスマホを操作し始める牧野。
そんな彼女の湯呑に新しく茶を注ぐと、俺は待ちがてら、戸棚から寛の想い人が好みそうな純文学を探すことにした。
それにしても、本人は恋愛嫌いのくせにラブコメを書くというのは興味深い。
『恋愛ってめんどくさい』は主人公の女子が言い寄ってくる男共を遠山の金さんが如く無情にバッサバッサ斬り倒す話だったが、果たして今回はどうなるだろうか。
……えーと。
高校生が読みそうもない純文学と言えば、中島敦みたいな哲学系だろうか。それとも、川端康成あたりのモダニズム文学は――。
「書けたっ!!」
「うそつけッ!!」
信じられないセリフ過ぎて頭ごなしに否定してしまったが、ドヤ顔で掲げる牧野のスマホを誘われるままに人差し指でスクロールすると、そこには、確かに10キロバイト程のテキストが表示されていた。
執筆を始めて、まだ二時間も経ってないんだぞ。お前は西尾維新か。
「どうぞ、ご確認くださいな。編集者殿」
「あ、あぁ。それでは、読ませてもらいますよ。牧野先生」
「えへへ〜、うんっ!!」
タイトルは『ずっと一緒って言って欲しい』。
主人公のちょっと引っ込み思案な女子生徒が、勇気を出して部活の先輩に告白をして結ばれるという、言ってみればそれだけの短編小説だったが――。
「なるほど」
端的に言って、俺は感心していた。
理由は二点。短編小説に仕上げた点と、主人公のキャラ造形の深さだ。
まず、当たり前のように物語を完結させているが、これが既に凄い。実を言うと、出来ない奴はかなり多いのだ。
「なんで?」
「単純に難易度が高いんだよ。本屋には完成された書籍だけが売っているから、読者は勘違いしがちだけどな」
「ふ〜ん、そうなんだ」
それに、未完結のままの長編作品を幾つも抱えている素人作家を、俺は星の数ほど知っている。
ならばこれは、ひとえに牧野が『作家をやる資格を得た』と言って過言じゃないだろう。
天晴だ。
「やったぁ」
そして、次は主人公についてだが――。
「なんなんだ、このリアリティは」
血が通っているのを感じる。描写は稚拙なのに、そこには確かな説得力がある。
技術じゃないのなら、一体この素人先生のどこに、これだけ実在を信じさせるキャラを生む力があるというんだ。
「……あ、あれ?」
「ん〜? どした〜?」
「ひょっとして、この主人公、同じクラスの山田か?」
「んふふ、せいかーい。かわいいでしょ〜?」
そ、その手があったか〜っ!
「私が主人公の話にしちゃうとダメなら、私じゃない子を主人公にすればいいのだっ!! わははっ!!」
つまり、牧野は自分に恋愛相談を持ちかけた友人を元にキャラクターを創造した。
だから、これほどまでに既視感のある、そして共感を生むリアルなキャラクターに仕上がったのか。
「どう? ねぇ、どうかなっ!? どうかなっ!?」
「……悪くない」
「おほ〜!!」
「お前さんは、キャラクターを書く作家みたいだな。どう考えても、このリアリティは教えて身に付くものじゃない。
凡人じゃ一生辿り着けない領域に、お前さんは既に踏み込んでいる」
「そ、そこまでですか!? いや〜、ちょっと褒めすぎかも〜。でへへ〜」
両の頬に手を当てて、体を左右に揺らしながら喜ぶ牧野。どうやら、彼女は創作モードになると性格が幼児退行してしまうらしい。
「ただ、テコ入れが必要なのも確かだな」
「てこ?」
「改善する、ということだ。文章の読みにくさは、まぁ俺が編集で何とかするとして……」
「えへへ、ありがと」
「具体的に言えば、世界観が平凡過ぎて主人公が没個性になってる。
だから、強烈な要素のある世界を構築出来れば、この引っ込み思案な主人公の恋愛をよりドラマティックに出来るかもしれない」
「ズバリ、その世界観とは!?」
「……そうだな。
例えば、金持ちのドラ息子やお嬢様ばかりの私立高校なら、主人公のリアリティがより強調されるかもしれない。
ありきたりな設定だが、王道故に作者が支配しやすいという利点もある。物語も勝手に転がってくれるだろう」
「なーるほどねっ!! じゃ、その設定で書いてみるよっ!!」
そして、牧野は再び筆を持つ(テキストを打ち込む)。
というか、普通、作品にケチを付けられたら反論したり落ち込んだりするだろう。
なんで、そんなに素直に俺の話を聞いちゃうんだか。
「……そんなに楽しいかね」
「ん〜? なんか言ったぁ?」
「いや、なんでもない」
そんなこんなで、牧野の小説は完成した。
どこに出しても恥ずかしくない完成度、とまではいかないが。少なくとも、牧野にしか書けない作品であることは間違いない。
ハマる奴は必ずハマる。
そんな仕上がりになったと、個人的には思っている。
「やば、めっちゃ面白い。もう一回読も」
それにしても、自画自賛のレベルまで超高校級だな。完成してから三回は読み返してるぞ、このマドモアゼルは。
「やれやれ」
……まぁ、本人が楽しいならそれでいいか。
自家発電で満足出来ることほど、趣味として健全なことは他にないだろうしな。
「どうですか、牧野先生。初めて小説を完成させた感想は」
「超楽しかった!! あ、でね? 実は、もう次のアイデアもあるんだ〜。今度は、男子が主人公のラブコメ!!」
お、おぉ。
この女は、本当に俺の思惑をスキップ感覚で飛び越えてくるな。
少しくらい、せめてサイトへ投稿するまでの間は、完成の余韻に浸っていてもいいだろうに。
まったく。天才って奴は、本当に理外の存在だ。
「それじゃ、次の活動で取り掛かろう。俺も、お前さんの役に立つような知識を仕入れておくよ」
「うんっ。てか、一緒に私の湯呑を買いに行こ? ハンズとかにあるかなぁ、水色のやつ」
「……あ、あぁ。置いてあるといいな」
翌日も、その翌々日も、牧野は剣道部の練習に出ていたため、この二日間は、先日の出来事が嘘みたいに静かで穏やかだった。
そんな部室の中で、俺は最大手の小説投稿サイト『ノベル・ハウス(通称ノベハウ)』で、牧野の作品『ずっと一緒って言って欲しい』の動向をチェックしていた。
結果は――。
「本当に、こんなことがあるのかよ」
ラブコメ部門、短編枠。日間ランキング五位。
牧野は二作目にて既に、普通では辿り着くことの出来ない場所にいた。
「すげぇ」
しかし、こうも当たり前のように結果を残されると俺も喜ぶに喜べないというか。
そもそも、当の本人である牧野がちっともこの件に触れてこないため(教室内で喋ることがないから当たり前ではある)、これを彼女がどう受け止めているのかすら不明なのだ。
そんな中で、迎えた三日後の文芸部。
「やっほ、花〜。うぇ〜い」
満面の笑みを浮かべて言い放つ牧野。しかし、よく見るといつもより顔色が悪い。目の下も、うっすらと黒くなっていた。
「よ、よぉ。なぁ、牧野。『ずっと一緒って言って欲しい』の成果なんだが――」
「ねぇ、見て見て!! 小説、いっぱい書いてきたよっ!!」
俺の言葉を遮って見せつけられた彼女のスマホには、三十本もの完結した短編小説が保存されていた。
……さ、三十本?




