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美少女作家のクソラノベを編集したら修羅場になった  作者: 夏目くちびる
文芸部結成編

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003 適当な解決は陽キャの特権

 保健室につくと、俺はクラスでの出来事を矢代(やしろ)先生に報告した。



 矢代先生は、白衣にタイトなミニスカートとハイヒールという格好をした変な人だ。



 あまり気は進まないが、仮にも大人である彼女ならば、何か窮地を切り抜ける術を教えてくれるかもしれない。

 俺が人を頼ることなど滅多に無いけれど、この際仕方ないだろう。



 頼むぜ、先生。



「バ、バ、バージン?」


「えぇ、そうよ。ヴァージン。処女っていうのは、つまり未通女(おぼこ)のことね。フランス語ではヴィエルジュだったかしら。

 懐かしいわ。先生も、あなたくらいの頃は純潔だった」



 遠い目をして何を言っとるんだ、この人は。



「……私は、そんな言葉を教室の真ん中で叫んだの?」


「へぇ、叫んだの? 花ちゃん」


「叫んでましたよ。しかも、そこのセリフだけ」


「あらまぁ。アメリちゃんって、かなり大胆なのね。お母様のお国柄かしら」


「ああああああ!!!!」



 保健室のベッドの上に腰掛けながら、俺は隣のベッドでのたうち回る牧野を眺めていた。

 どうやら、こいつは本当に天然でやらかしていたらしい。



 期末考査の順位を見る限り、間違いなく勉強は出来るはずなのだが――まったく、本当にやれやれだ。



「花ちゃん、アメリちゃんはどうだった? フランスの女性は、とても声が大きいと聞くけれど」


「あの、俺の話聞いてました?

 牧野が勘違いで起こした自爆に俺が巻き込まれただけです。そんなこと、知るわけないでしょ」


「あぁん」



 何が「あぁん」なんだよ。訳わかんねぇ。



 ところで、先生の話から察するに牧野の母親はフランス人みたいだ。



「なんでっ!? なんで誰も教えてくれないの!! てか、花!! あなた、どうしてそんな言葉で私を褒めたのよぉ!!」


「しょ、処女作自体は普通の言葉なんだよ。

 というか、お前さんみたいな陽キャ女子がその言葉を知らない方が、俺からすれば不可思議だ」



 言うと、牧野は枕を抱き締めて口元を隠したまま俺をジトッとした上目遣いで見つめる。



「だって、恋愛は嫌いなんだもん」



 俺は、ほんの少しだけ、その言葉の意味を考える時間を得た。



「……あぁ。そう言えば、作品のタイトルは『恋愛ってめんどくさい』だったな。

 あれ、お前さん自身の言葉だったのか」


「……うん」



 考えてみれば、牧野の趣味趣向性癖を全力で叫ぶ作品の名前がそれだったのだ。

 そこを考慮すれば、無知に情状酌量の余地もあるかもしれない。



「とにかく、俺とお前さんの関係をクラスメートたちに弁明しなければならないな。

 矢代先生、何かいい方法はないでしょうか」


「そうねぇ。ここで本当にヤッちゃうってのはどうかしら。少なくとも、勘違いではなくなるわ」



 はいはい、分かりました。すいませんでした。



 あなたに助けを期待した俺が愚かでしたよ。まったく。



「もしくは――」


「牧野。どうやら、矢代先生は調子が悪いみたいだ。俺たちでなんとかしよう。

 お前さんだって、俺との間に変な噂が立つことは迷惑だろ」


「う、うん」


「いけずねぇ」


「……あ、失念してた。

 そうだよ。牧野は、自分が創作してることがバレても恥ずかしいとは思わない奴なんだ。

 だったら、クラスメートにすべてを正直に説明すれば片が付くかもしれない」


「う〜ん、それはちょっとなぁ」



 聞き間違いだろうか。今、断られたような気がしたが。



「なんでだよ。

 だって、お前さん、俺のスマホを見るや否や、頼みもしないのに自ら正体を曝け出したじゃないか」


「いや、そうじゃなくって。えっと……」


「分かってあげなさいよ、花ちゃん。アメリちゃんは、自分が恋愛嫌いであることを周囲にバラしたくないのよ」



 急に調子が戻ったのか、先生は物知り顔で偉そうに語った。

 しかし、奇妙なことだ。牧野アメリは、恋愛嫌いがバレたくないだって?



「なんでまた、そんな素っ頓狂なことを」


「だって、だってね? 花。そんなこと言ったら、私はみんなの期待を裏切ることになっちゃうもん」



 ……。



「みんなが私に相談してくれるのはね。みんな、私が恋愛が得意だって思ってるからなんだよ。

 それなのに、急に私が本音を語ったらさ、きっと、みんな誰に相談すればいいのか分からなくなって、困っちゃうと思うんだ」


「そうか。だから、小説だったのか」



 『恋愛ってめんどくさい』から感じたパワーの正体は、彼女が決して周囲に見せない純粋な負のエネルギーだったらしい。



 つまり、彼女は文字だけの表現に縛られたのではなく、文字だけの表現に頼ったのだ。百パーセントのストレート、それを伝えられるのは他でもない小説だけだから。



「……まぁ、そんな感じかな」



 牧野は、一瞬だけ俺を見て、窓の外に視線を移した。



 大変なんだな、クラスのアイドルって。



「あ、とてもいいことを思いついたわよ。花ちゃん」


「眠っていていいんですよ、矢代先生」


「そもそも、処女とは言ってないことにすればいいんだわ。

 アメリちゃんはフランス語を喋れるんだもの。思わず、そう聞こえる言葉を口にしても不思議ではないでしょう?

 うふふ、我ながら名案ね」



 そんな、ギャグ漫画みたいな方法でなんとかなるわけないだろ。バカ。



「例えるなら、そう。日本語でもエッチな言葉と同じ――」


「オーケーです、先生。とてもナイスなアイデアだと思いました。

 分かりました、乗ります。その案で行きましょう」


「どんなのがあるの? 花」


「それを教えるのは俺の役目じゃない、今は気にしなくていい」


「ふ〜ん」


「ただ、バレないように一つ踏み込むなら、こういうのはどうだろう。『ショ・ジョウって、古代シュメル語で消しゴムなんだよ?』的な」



 言うと、牧野は一瞬だけ顔を強張らせてから頬を膨らませ、勢いよく吹き出してケラケラと笑った。



「あはっ!! あははっ!! なに!? 古代シュメル語って!!」



 俺が知るかよ、そんなこと。



「あははっ!! やばーっ!! 花って、そういうこと言う人だったんだぁ!! 真面目な顔して変なこと……ぷっ、あははっ!!」



 真面目にやってんだ。ほっとけ。



「メソポタミア文明にも消しゴムがあったのかしら」



 あるわけないでしょ。こういう時だけまともなこと言わないでください。



 無論、他人に結末を委ねる方法など、孤独な俺としては非常に不本意なのだが――矢代先生からこれ以上のアイデアは出そうにないし、牧野は笑い転げて何か提案出来る状況じゃないからな。



「そういうわけだ。小説家としての力の見せ所だぞ。牧野」


「え、なんで?」


「なんでって、お前さん。小説家ってのは、言ってみれば究極の嘘つきなんだぜ。

 この世にありもしない世界や人物を読者に信じさせて楽しませるのが、お前たちの本懐じゃないか。

 そうだろ?」


「……う、うんっ!! 分かったよ!!」



 どうやら、元気を取り戻してくれたみたいだ。



 しかし、考えてみると、俺はかなり珍しいものを目撃したんじゃないだろうか。

 顔を真っ赤にしたり転げ回ったりする牧野なんてのは、クラスの誰一人考えたことすらないだろうからな。



 いつもニコニコ明るい笑顔の朗らかな隣人。



 それこそが、牧野アメリという女子の人格だと思い込んでいたが――蓋を開けてみればこいつも寛と同じタイプ。

 誰にも理解されない側面を持った、中身は普通の女子高生でしかなかったらしい。



「どうやら、花ちゃんの周りには勘違いされやすい子ばかりが集まるみたいね」


「心を読まないでくださいよ、怖いな。

 ……まぁ、俺の口は硬いですからね。秘密を打ち明けるには、他より都合がいいんでしょう」


「都合じゃないわ、その長所は大変な美徳だもの。

 そこで、花ちゃん。次に私の誰にも言えない秘密も聞いて欲しいのだけれど」


「確実に高校生に聞かせられる話じゃないですよね、それ」



 処女騒動は、俺の想像を絶するほどにあっさりと鎮火し、午後の授業が始まる頃にはいつも通りのクラスに戻っていた。



 やはり、牧野アメリは凄まじい。



 ひょっとすると、彼女が白と言えば黒いものも自ら白に染まるんじゃないか。



 そう思わせるほど、圧倒的で巧妙な嘘のつき方を、彼女は俺に披露してくれたのだった。



「やれやれ」



 てなわけで、放課後。



 いつも通り、鍵を開けて文芸部室へ入り、鞄を棚へ放りつつ茶を淹れ、一息ついてから文庫本を取り出して栞を机に置く。



「ふぅ」



 ここまでが、放課後のルーティン。



 今から始まるのは、俺だけの時間だ。

 家に帰るまでの数時間、一人で読書を楽しむことこそが、俺が最も幸せを感じるモラトリアムである。



 あぁ、なんて清々しい気分なのだろう。



 そんな思いを噛み締め、湯呑から茶を一口。少しだけ重たい瞼を片方閉じ、頬杖をついてから、いざ本を――。



「ごめんくださぁい!! あっ!! いたいた、花!! 捜したよっ!!」



 ……今度はなんだよ、牧野アメリ。



 果たして、お前はどこまで俺の学園生活に侵食してくれば気が済んでくれるのだろうね。

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拗らせ処女(作……者?w) 
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