013 物語は完成させろ
「……ふぅ」
一章を読み終わった俺は、気になったシーンに貼っておいた付箋(もちろん電子)を頼りに小説を分析し、ノートへ問題点を書き連ねていく。
作業が気になったのか、席から立ち上がった薬丸が俺の背後をヒョコヒョコと彷徨いていたが、喋りかけてこなかったのを評価して無視することにした。
そして、気づけば活動終了の30分前。
冷めきった緑茶で喉を潤すと、何度か頷いてから、俺はゆっくりと口を開く。
「面白い」
薬丸は、複雑そうにニヤけて、再び自分の席に座った。
さて、活動開始だ。
「特筆すべきは、以前にも増して描写力が上がってる点だな。
『常にある背後の不快感』が恐怖を煽っていて、第一章から気が抜けない」
「クククッ」
「テンポも悪くない。
ストーリーの流れがシームレスで、スッと頭に情景が浮かぶ文章力は見事の一言に尽きる。
ホラー小説において、これほどの武器はないだろう。
何気に、アイデア特化だった頃のお前にはなかった強味でもある。
一人で勉強したのがよく分かるぜ」
「……えへへ」
相当嬉しかったのか、薬丸は悶えていた。
「ただ、やり過ぎたな」
「え、やり過ぎ?」
俺は、茶を飲んで一拍置いてから口を開く。
「俺がプロのコズミックホラーを読んで気付いたのは、基本的に恐怖の正体が明かされないってことだ。
それに比べると、この作品は些か丁寧過ぎる」
「て、丁寧なのは、いいことだろ」
「だから、やり過ぎなんだ。
恐らく、『人殺しの尖塔』のネタって、最後には背後の不快感が主人公を突き落とすとか、そんな感じだろ?
どの建物より高い塔の上にどうやって落とすのかは今のところ不明だが、逆に言えば、それしかフックがない」
「げぇぇ!? な、なんで分かるの!?」
「分かるよ。だって、最初から背後が怖過ぎる。
人を殺す建物、コズミックホラー。この二つの要素を合わせれば、答えを導くのはそう難しくなかった」
まぁ、こういうメタな推理はズルいけどな。
「ぐぬぬ……っ」
「多分、これも勉強したからなんだろ? ピークを一話に持ってくるってのは、離脱者の多いウェブ小説のテンプレだからな。
お前が考えて構成したことは理解してるが――やはり、これは悪手と言わざるを得ないよ」
「でも、そうしないと羊たちは読んでくれないんだろ!?
動画で書籍化作家が偉そうに言ってたぞ!! 読者は見下せとか、自分が一番面白くないと思う物を書けとか!!
だから、ボクは――」
「落ち着け」
ヒートアップした薬丸の額を、ピッと人差し指で弾く。
「あぅ」
「俺、お前が引きこもってからジャンル毎の離脱者の推移を調べたんだ。ちょっと待っとけ」
言って、俺は薬丸のラインにデータを送信すると、奴の隣りに座ってノートパソコンからファイルを開いた。
「見ろ。
読者数の多いラブコメや異世界ファンタジーでは一話・三話切りが頻発するが、母数の落ちるホラーでは、少なくとも区切りのいい一章までは読み続ける読者が多いんだ」
「……なんで?」
「恐らくだが、層が違うんだよ。有り体に言えば、ホラーに生息する奴は読書が得意なのさ」
何かを言いかけた彼女が自分を律するように黙る。喧嘩しまいと努める態度は、薬丸のクセに割合かわいかった。
「そもそも、お前の好きなラヴクラフトや鈴木光司だって、初っ端からフックを持ってくるわけじゃない。
むしろ、読者をジワジワと絞め殺すような演出で、ページを捲る手を止めさせないのが得意だろ」
「そ、そうかも」
「なら、逆説的に考えて、ホラーが好きな奴ってのは、そういう楽しみ方をする読者ってことだ。違うか?」
俺の胸を、無言のまま軽く握った拳でコツコツと殴る薬丸。
精一杯の抵抗がこれとは、なんだか幼稚園の頃の妹たちを思い出すな。
「伝聞、噂、空気。そういうもんを読むことで、読者は恐怖を体験するんだ。
ホラーの構造がそうなっているのだから、他ジャンルの技法を用いるのは正しいと言えない。
ならば、なぜお前は書き過ぎてしまっているかだが――」
俯いたまま、薬丸は頷く。
「お前は、読者を信用してない。これに尽きる」
俺の言葉を聞くと、静かに天井を仰ぎ目を閉じていた。
「やはり、ボクはダメ作家なのか。
使命を果たそうとしているのに、その実力がボクにはないのか。
ボクには、迷える子羊たちを救えないのか。
……エリ・エリ・レマ・サバクタニ(神よ、なぜ私を見捨てたのですか)」
「アホ」
お前、それ言いたいだけだろ。
「ア、アホとはなんだ!?」
「お前、自分が天才なこと忘れてるだろ。
さっきからお前が言ってるのは、全部一般人向けの創作論だ。
ちょっと上手くいかないからって、薬丸幸子がそれに乗っかってどうすんだよ」
「……げへへ、そっかぁ」
うわ、変な笑い方。
「つまり、やることは一つ。余計なところを削ればいいんだ。
そうすれば、お前のアイデアを存分に活かす構成に持っていける。面白さだけで充分にやれるんだ」
「え。やだよ、面倒くさい。
もう五章まで書いちゃってるのに、色んなところで矛盾するじゃないか」
面倒くさいって、さっきまで修道女を気取ってた奴がなんてこと言うんだ。
信仰心の欠片もねぇな。
「……まぁ、嘘のない作品の弱点だな。緻密な設計は、こういう時に作家の足を引っ張る」
「そ、そうなんだよ!!
かーっ!! ボクも書き直したかったなぁ!! けれど、今さら出来ないもんなーっ!!
いやぁ、参った参った!!」
「でも、諦めるのはもったいない作品だと思うぞ」
「……」
「手伝うから、キッチリやろう。
読者への判断を下すのは、それからでも遅くない」
そういえば、先程の牧野と薬丸のやり取りで気付いたのだが、薬丸幸子は意外と強引な奴に弱いらしい。
「……じゃあ、見捨てないでよね。ふんっ」
どうやら、俺もレベルアップしたみたいだ。
こういう達成感に幸せを感じられる自分を、是非とも褒めてやりたいね。
「それじゃ、今日の活動はここまでだ。二章から先にも目を通しておくから、明日の活動で編集作業に移ろう」
「うんっ」
「……楽しそうだね」
「ぎゃあ!?」
……なんだ、牧野か。
どうやら練習が終わって戻ったらしいが、どうしてそんなにコソコソする必要があるのやら。
「変な登場をするなよ、牧野。お陰で、薬丸がビビって膝から崩れ落ちたぞ」
「ぼ、ボクはビビってないよ」
「二人とも息ぴったりだし、邪魔したらダメかなって。……うん」
あれ。
なんか、様子がおかしいな。
「どうしたんだ。お前さん、何を拗らせてるんだよ」
「それ!! それだよ!!」
「それ?」
「幸子と浅井君のことは『お前』って呼ぶのに、なんで私のことは『お前さん』って呼ぶの!?」
……?
「分かるか? 薬丸」
「察するに、キミがそんなブラック・ジャックみたいな二人称を使うから、アメリは寂しかったんだろ」
「そんな超どうでもいい理由で?」
「どうでもよくないでしょ!!
しかも、幸子とは隣に座って話してるしっ!! なんで私の時とは違うの!? 説明してっ!!」
いや、牧野って陽キャな上に美少女だから生物的な格上感があるというか。陰キャからすると、かなりイジりずらいキャラというか。
それに、この席は流れ的にそうなっただけで、別に意図があるわけじゃないのだが――。
「牧野って誰かから『お前』って呼ばれることあるのか?」
「ない!!」
「なら、それが答えだろ。相応しくないんだよ、お前さんにお前呼びは」
「ぐぬぬぬぬぬっ!!」
牧野は、苦虫を噛み潰したような顔で俺に詰め寄ったが、何を言うべきなのか思いつかなかったのだろう。
そのまま俺を見上げるだけで、しかし、全身で「私は怒っている」と伝えてきた。
近い。近いんだよ、距離が。
「お前って呼んで」
「なんだ、その女が絶対に言わなそうな言葉は」
「誤魔化さないでよ。呼んでくれないなら、もう花の言うこと聞かないから」
「そ、それで困るのはアメリだと思うよ」
薬丸のツッコミで顔を真っ赤にした牧野は、いよいよ限界に達したのか、俺の胸に額を当てて呟くように言った。
「お願い。私も、幸子と同じがいいの」
……やれやれ。
「そういえば、『虐めてくる叔母様』のページはチェックしたのか? 牧野」
「う、うぅん。まだ見てない、けど」
「なら、ちゃんと確認しておけよ。また、お前の書いた作品に感想がついたみたいだからな」
「……んふふっ。うんっ!!」
そして、牧野は俺から離れ、薬丸のノートパソコンに興味を移す。
まだ、緊張が指先に残っている気がする。
しかし、無意識のうちに牧野の残り香を吸い込んでいた自分の気持ち悪さに気付き、俺は頭を振って正気に戻ったのだった。
「ね、ねぇ、アメリ。
もしも、ボクたちの活動が物語なら、ひとまずはキャラクターが出揃って本格的に動き出す準備が整ったと言ったところかな」
「あ、それいいねっ。一番ワクワクするところじゃん」
ならば、その時のタイトルは既に決まっている。
しかし、作家ではない俺が彼女たちの会話に口を挟むことなど許されないから、敢えて、心の中だけで宣言させてもらおうか。
次章、ランキング攻略編。
俺の浅い知識が、非常な現実と直面し一挙に瓦解する様を、キミたちは目撃することだろう。




