012 薬丸幸子は嘯かない
「私の小説が、最悪?」
「そうだよ。あんなものがランキングを独占するようだから、昨今のウェブ小説界隈はバカにされるんだ」
「……どういう意味?」
「クククッ。そんなに聞きたいなら、教えてあげようか。
いいかい? 本来、素人の作品には嘘があってはならないのさ。作者が望んでないことを書くのはプロの仕事だからね」
ほう。
「それなのに、キミと来たら……ふっ。
まったく、アマチュア作家のプロ気取りほどグロテスクな創作はないよ、牧野アメリ。
だから、キミの作品は嘘塗れで最悪だと言ったんだ」
俺は、読者を楽しませるために書くことは立派な趣味になると思う。
しかし、それと同じくらい、お前の言ってることが間違ってるとは思ってない。
アンビバレントだが、それが俺の意見だった。
「人を楽しませたいって思うことのどこに矛盾があるのか、私には全然分かんない。
大体、みんなが幸せだから嘘っていうのはなんで? それって、あなたの決め付けでしょ?」
「ならば、一つ聞きたいね。牧野アメリ。
キミは、作中で描写されなかったキャラクターの気持ちを考えたことがあるのかい?」
「……え?」
「あぁ、ダメだ。まったく話にならない。キミにサクは相応しくないよ」
「な、なんで花が出てくるのよっ!?」
同感。
「『虐めてくる叔母様』の主人公。彼女にだけは、本物があったからさ」
「……は?」
「彼女には、叔母様を見返すために泥を啜る覚悟がある。その覚悟を手に入れた過去こそが、彼女の本物だ」
「なに、それ。そんなこと、私は書いてない」
「だから本物なんだよ、牧野アメリ。
頭のいい彼女が『明るく振る舞って復讐する』なんて屈折したやり方に辿り着くには、果たして、どれだけ挫折し、心を歪める必要があっただろう」
「違う!! あの子はそんな――」
「そして、それを仕組んだのは……クククッ。サク、キミだろ。
あの手の奥行きを演出する技法は、キミの得意技だからね」
ひょっとして、それが『声』の正体か?
以前は掴めなかった薬丸の能力について考えた瞬間、牧野は助けを求めるように、激しく揺れる目で俺を見た。
……流石に、これ以上黙ってるわけにはいかないか。
「随分と深い考察だったな、薬丸。流石、天才らしい視点だと言っておこう」
「クククッ」
「だが、それは『作者の人そこまで考えてないよ』案件だ。
解釈は自由だが、読み方を他人に押し付けるのはいただけない」
「考えてないからこそ、本物なんだよ。『声』は、嘘のない物語からしか聞こえない」
「なるほど。奴さんはワガママなんだな、覚えておく」
薬丸は勝ち誇っていた。
「……ところで、お前、さっき書きかけの小説と言ってたが、ちゃんと進めてるのか?
一応アカウントはチェックしてたんだが、投稿されてないなと思ってさ」
今まで不敵な笑みを浮かべて講釈をたれていた薬丸が、途端に表情を強張らせてギギギと窓の外へ視線を逸らす。
「い、いや。ちょっと、最近は忙しくて書けてない」
「嘘つけ、引きこもりのクセに時間がないわけねぇだろ」
「う、うるしゃいなぁ!! 引きこもりだって忙しいんだよ!!
というか、今は牧野アメリの作品についての話なんだから、ボクの活動は関係ないだろ!?」
「純粋な読者ってんならそうだが、お前は作家だろ。
俺には、一位になった牧野に嫉妬してるようにしか見えなくてな」
「あぁぁぁぁぁっ!! 嫉妬じゃない!! 嫉妬じゃないよ!!!
ボクは大衆娯楽になんて嫉妬してない!! ボクの物語は、理解出来る人だけが楽しめればそれでいいんだよっ!!」
分かりやすいなぁ、こいつ。
「は、花。私は、えっと……」
「落ち着け、牧野。今の薬丸の話を要約するとだな、『キミの作品は考察に値するが、惜しいところが多いかもね』ってことだ。
薬丸は、つまらん物語をここまで深く読まないよ」
「……え? そうなの?」
「ちっがう!! ボクは、ウェブ小説界の未来を憂いているんだっ!!
大体、サクはいつもそうだ!! ボクの作品を勝手に解釈して、羊たちの理解力が及ぶように細工して――」
「お陰で、人が読んでくれるようになった……かな」
牧野は、その青い目を薬丸に真っ直ぐ向けて言い放つ。
「ぐ……っ」
「だから、気付いたんだよね。私の小説を、花が編集してくれてること」
薬丸は、俺を泣きそうな顔で睨んでから黙った。
本当に、煽り耐性ゼロの紙装甲火力特化な奴だなぁと、俺は思った。
「あ、あぁ!! そうだよっ!!
サクを突き放して、一人で書き始めて。そしたら、どうしようもなくなったから引きこもって書きまくって……っ!!
でも、ちっとも上手くいかなかったっ!!」
……。
「なのに、急に出てきて目立ってるキミに現実を突きつけられて、サクまで盗られたような気がして!! だから、凄くムカついたんだよぉ!!
あぁ!! これで満足かい!? 牧野アメリ!!」
「……うん、満足したよっ」
圧倒的な懐の深さを見せつけられたせいか、薬丸は呆気にとられて黙った。
分かる。同じ年の奴に大人な対応を見せつけられると、恥ずかしくなって冷めるよな。
「私の小説のこと、教えてくれてありがとね。えっと――」
「……ぼ、ボク、薬丸幸子だよ。幸せな子って書いて、幸子。……へ、変だよね。こんな性格なのに」
「そんなことないよ。ありがとね、幸子。私は牧野アメリ、アメリでいいよ」
なんか、青春のノリみたいなもので強引に仲直りしてしまったが……幸せならオッケーか。
仲良くしてくれる方が、俺としてもありがたいよ。
それにしても、俺との関係だけでは目立たないが、あの偏屈で電波な薬丸の本音まで引き出してしまうとは。
やはり、牧野の陽キャスキルは桁外れだな。
「……クククッ。見たか、サク。
ボク、陽キャと友達になったぞ。羨ましいだろ」
「はいはい、凄い凄い」
これにて一件落着。
ありがとう、牧野。
お前さんの明るさは、世界を救うぜ。
「ところで……さ」
「ん?」
「幸子は、花のこと『サク』って呼ぶんだね。昔から仲良かったの?」
「な、仲は良くないよ、別に。
こんな、面白さ以外なんにも興味のない鈍感バカなんて、こっちからお断り」
こいつ、仲間が出来たからっていきなり俺をディスり始めやがった。
そういう狡くて汚いところが、お前に友達ができない理由なんじゃないか? おい?
「それなのに、編集をしてもらってたの?」
「……まぁ、実力はあるから」
「ねぇよ、んなもん」
「ほら。聞いたかい? アメリ。この可愛げのない言葉。
だから、ボクはサクを褒めるのがイヤなんだ。こんな男、使い倒して蹴っ飛ばすくらいがちょうどいいんだよ」
「んふふ。確かに、花はそういう面倒くさいところあるよね」
……。
「それでも、ボクはまたサクを編集にしてあげるんだ。う、嬉しいだろ? 喜びなよ」
「お前なぁ……」
「いいじゃん、花。
幸子のこういうところ、私は結構かわいいと思うよ」
「……やれやれ」
てなわけで、牧野は道場へ向かい、部室には陰キャ二人が取り残されることとなった。
薬丸は、ノートパソコンを操作しながら湯呑に何度も息を吹きかけている。
そんな仕草を見ていると、改めて、こいつ本当に細いなと思った。
……罪滅ぼしも兼ねて、そのうち飯でもご馳走してやるか。
「ところで、その眼帯はなんだ? 前は無かったはずだが、アップグレードか?」
「いや、これはものもらい」
さいですか。
「それより、サク。なんで編集に戻ってきたのさ。もうやらないって言ってただろ」
「実を言うと、そこんところは俺にもよく分かってないんだ。
まぁ、適当に理由をこじつけるなら、牧野の情熱に焦がされたからってところかな」
「クククッ。流石アメリ。
陽キャスキル、高過ぎて笑える。無双主人公みたいだ」
「ただ、別になんの武器も持たないでノコノコと戦場に戻ってきたわけじゃないぜ。
お前の大好きな世界三大奇書も読んだしな」
まぁ、ドグラ・マグラだけだが。
「ふぅん。なら、早速だけど、ボクの原稿を読んでよ。煮詰まってるんだ」
薬丸は、ラインでパス付きのテキストファイルを一つ送ってきた。
ネットリテラシーの高さには感心するが、俺にまでセキュリティをかけなくてもいいだろうよ。
「な、何を言ってるんだ。
どんな間違いからデータがネットの海へ流出するかなんて、誰にも予測出来ないんだぞ」
……まともなこと言うなよ、反応に困るから。
「タイトルは『人殺しの尖塔』か。ジャンルは?」
「い、一応コズミックホラー。
えへへ。なんか、人に読んでもらうの久しぶりだから、サク相手でも恥ずかしいなぁ。完結してないし、なおさら」
同じ天才でも、おおっ広げな牧野とはやはり違う。まぁ、こいつの場合、根底にコンプレックスがあるから当然っちゃ当然か。
「先に言っておくが、前みたいに『それは読み方が間違ってる!!』とか『羊向けにレベルを落とす気はない!!』とか言うんだったら、俺を使うのはやめとけよ」
「そ、その節はどうも。善処するよ」
「じゃあ、家で読んどく。明日か明後日には――」
「い、今、読んで欲しいなぁ」
……あぁ、そうだった。
薬丸のくせに、そこんところだけは牧野と同じなんだったな。
「仕方ないな。容量は……げっ、240キロバイトもあるじゃないか。
これ、活動終了までに読み切れるサイズじゃないぞ」
「クククッ。文字数を容量で数える謎の癖、変わってないな」
「うるせぇ。まぁ、とりあえず読み始めるか。キリのいいところで分析するよ」
無言で微笑む薬丸。年相応の、女子高生らしい笑顔だった。
「あと、俺が読み終わるまでは質問するな。集中したいから」
「ボクがキミとの約束を違えたことが、過去に一度でもあったかい?」
その発言が既に嘘なのだが、もうツッコむのも面倒くせぇから、俺はそそくさと読書を始めた。




