001 美少女陽キャがクソラノベなんて書くわけがない
クソみてぇな小説だ、と思った。
粗悪な物語なのは当然として、最も終わってるのは、筆者が作中世界の歴史を理解していないことだろう。
まるで、俺だけ転校初日だ。
こいつらの会話、なーんにも分かんねぇ。
「まぁ、素人さんにはよくあることだけどな」
なんて、素人ですらない俺が口にすれば「お前は何様だよ」と総スカンをくらいそうな感想を心に留めながら、校舎裏のベンチで静かに五月の爽やかな青空を仰ぐ。
今日も、実に最悪な体験だった。
そんな、一般人からすれば奇妙でしかないであろう満足感を得たことを実感すると、俺は再びスマホの画面をスクロールしてクソ小説の続きを読むのだった。
「ねぇ、なに見てんの?」
急に話しかけてきたのは、こんな日の当たらない校舎裏に相応しくなさ過ぎるクラスメート、牧野アメリだった。
母親が外国人らしく、日本人ではあり得ない青くて大きな目と金色の髪を持っている。
日本人離れした長い手足、誠実で明るい性格、活発そうなショートカット。
その全てが、俺は苦手だった。
そんな女子に、普段誰も来ない場所で話しかけられた。非日常を覚えるには、充分過ぎる出来事だったろう。
「きゅ、急になんだよ。後ろからやめろよ」
「スマホ見てニヤニヤしてたから、ちょっと気になって話しかけにきた。
よっぽど面白いんだろうなーって思ってさ」
普通、そんなキモい奴が居たら離れるだろうに。いつも傍目から見ていた通り、牧野の性格は俺には理解出来ないぜ。
「えっと、だな……。
ウェブ小説、を、読んでる」
「小説? 好きなの?」
「好きというか、これはタダで時間潰せるから」
「ふぅん、どんなの読んでるの?」
言って、牧野は俺の隣りに座ると肩をのめり込ませるような距離でスマホを覗いてきた。
緊張で変な汗が出てくる。こいつ、俺を好きにさせようとしてないか? おい。
「……あれ、これって」
「べ、別に有名な小説じゃない。
どこかの素人が初めて投稿した、ほとんど無限に近い数ある物語の一つ。
まぁ、こんなの俺以外に読んでる奴なんて誰も――」
「私が書いたやつじゃん!!!!!!」
……こいつ、なに言ってんだ?
「え!? なんで!? 花、どうやって見つけたの!?」
「マジかよ」
俺は、予想だにしていなかった展開にド肝を抜かれて、ろくすっぽ返事が出来なかった。
だって、ありえないだろ。
俺が、ボロクソに叩きのめしたクソラノベの作者が、我が酉島高校の筆頭陽キャである牧野アメリだなんて。
「お、落ち着け。フィクションじゃあるまいし、そんな展開が――」
「でも、どう見たって昨日投稿したやつだもん。私がっ!!」
「似たような文体やストーリーは幾らでもあるんだ。というか、なんで牧野が執筆なんて暗いこと――」
「てか、ブクマしてんじゃん!!
一人だけいるなーって思ってたけど、まさか花だったなんてね!! やばー!!
え、めっちゃ嬉しいんだけど!!」
聞けよ、人の話を。
「ねぇ、どうだった? ねぇねぇ、どうだった!? 私の初めて!! んふふ!!」
どうでもいいが、普通、こういう趣味がバレたら、恥ずかしくて隠そうとしたり誤魔化したりするものじゃないだろうか。
「……まぁ、初めてにしてはいいんじゃないか。
よく書けてると思うよ」
「本当に!? やったー!!」
……俺のバカ野郎。
この作品、『恋愛ってめんどくさい』は紛れもないクソ小説じゃないか。
各章の出来事だけを箇条書きにしたら一ページに圧縮出来るような薄い話の、どこが『よく書けてる』というのだ。
というか、三十話もやって、何が言いたいのかも分からないのは普通にバグだろ。
「てかさぁ、花ってこういうの詳しい人なの?」
「いや、詳しいわけでは……」
「いつも、色んな人のやつ読んでるんでしょ?
だったらさー、他のと比べて私のやつはどの辺が面白いのか詳しく教えてよぉ」
牧野は、今の仕草を意識したのだろうか。
少しばかり上目遣いになると、猫なで声を発揮して、庇護欲を誘う弱々しい表情を作り、改めて俺の目をジッと見つめた。
意外だ。
俺には、彼女がこういうあざといことをやる女子というイメージがなかった。
もっとサバサバしていると思ってたよ。
「おねが〜い」
「ち、近いって」
それはそれとして、俺は今にも籠絡されようとしていた。
「ね〜ん、教えてよ〜。
私の読者って、花しかいないんだからさぁ」
……やれやれ。
どうやら、俺がこの窮地を抜け出すには、彼女の作品に嘘をつかず、そして彼女を存分に褒めてやることしか道がないみたいだ。
なぁ、朔太郎よ。
ここで折れたら、俺は俺を嫌いになるだろうぜ。
「……実はな、牧野。
俺が気を惹かれる小説には、一つの共通点があるんだ」
「ふむ!!」
牧野は、芥川気取りのポーズで話を聞いている。
「そいつは、奇抜なアイデアでも美麗な文章力でも、ましてや読者を引き込むキャラクターでもない。
その要素とは――」
「ゴクリ……っ」
「エネルギーだ!!
処女作というものにはな、牧野。その作者の持つすべてのエネルギーが宿るんだよ!!」
「……ほぇ?」
あぁ、走り出してしまったな、と俺は思った。
「いいか、牧野。
執筆という趣味は、自分が読みたいと思える作品を自分で作ればいい、と言う考えから始まる」
「うんうんっ!!」
「つまり、処女作とは筆者の趣味趣向性癖を技巧なんて考慮せず全力投球出来る唯一無二の作品なんだよ。
俺は、そんな熱をお前さんの作品から感じ取った。だから読んだんだ!!」
「うんっ!! ありがとうっ!!」
「あぁ、まったく、お前さんの物語は素晴らしい!!
これほどまでに俺を満足させてくれた処女作は、ここ一年くらいは見なかったかもな!!
そんな感じだっ!!」
「うぇ〜へへ〜。全っ然意味分かんないけど、なんか嬉し〜」
やはり、伝わらなかった。
「やった〜」
しかし、まるで蕩けたように微笑む牧野のダラシない表情を受け取ったお陰か、自分を裏切った割に、悪い気分はしてないな。
「あ、いいこと思いついた」
降って湧いた疑問について思考を巡らせていると、先程まで湯上がり後のマッサージチェアに座ったようなニヤけ面を晒していた牧野が、急に正気に戻って俺の目を覗き込む。
「な、なんだよ」
「花、そんなに詳しいなら私が書くの手伝ってよ。実は、そろそろネタが苦しくて――」
「いや、それは出来ない」
俺は、考えるよりも先に否定していた。
俺の本能が、創作を否定したと言っても過言ではなかった。
「……え〜、ケチ〜。なんでよ〜」
先程までのテンションとは打って変わって、牧野は俺の肩から離れる。
その落胆ぶりと言えば、まるで、自分の頼みが初めて断られたといった様子で、僅かばかり驚きの色も混じっているように見えた。
「さ、先に戻りなよ。俺はトイレ行くから」
「そっか。……うん、分かった」
そして、俺たちは別々に同じ教室へ戻ったのだった。
……先に断っておく。
この物語は、決して俺が美少女作家と成り上がる、ただの爽快なサクセスストーリーではない。
彼女たちは、やがて俺を『救世主』か何かのように見ることになるが――それは大きな間違いである。
なぜなら、編集者という生き物は、作家を勝たせるためならなんだってする鬼畜だからだ。
……俺は、恋と愛で作家の心に毒を流し込む。
故に、この物語の全ては、『最高の小説』を絞り出すための『演出』に過ぎないのである。
3/29 23話(一章完結)まで執筆済みです。




