少女が魔女になった日③
どこに行くか悩んだ末、少し離れているけれど、湖へ行くことに決めました。
せっかくなので、いつもの薬草採取の場所とは違うところにしようと、湖に決まったのです。何故かルドは、あまり湖に行きたがらないので、ルーナは今まで一度しか行ったことはありません。珍しいなと思いながらも、久しぶりのルドとの時間に嬉しい気持ちでいっぱいです。
二人で歩きながら、ルーナが最近作れるようになったアップルパイの話や、新しく薬草の生えた場所を発見したこと、家の近くの木の上に鳥の巣があって雛が孵って可愛かったこと等、二人で楽しくおしゃべりしながら進み、ルーナは、''ずっとこんな幸せな日が続くといいな''と思いました。
湖に着くと、ちょうどお昼頃だったので、二人で作ったサンドイッチを食べることにしました。
「この潰れて中身が飛び出したタマゴサンドはルーナが作ったものか。相変わらず料理に関しては不器用だな。」
これまで、料理もルドに教えてもらって作ってきましたが、料理の才能だけはないようで、いつも失敗するので料理だけはルド任せでした。でも、例え失敗しても、ルドはいつでも笑って食べてくれます。そんな優しいルドがルーナは大好きでした。
食事の後は、湖の側でゆったりした時間を過ごします。ここに来たばかりの頃は、何か話さなきゃと沈黙が辛かったのに、今では何も話さなくても、心地よい時間です。季節は夏になり、暑さも感じるようになりましたが、湖の側は涼しい風も吹き、暑さも和らぎます。
ふと、視線に気づき隣を見ると、ルドが愛おしそうにルーナを見つめています。その視線にドキッとして、さっと慌てて視線を逸らします。すると、隣からクスッと小さな笑い声が聞こえました。
「ねぇ、お願いがあるんだけどさ。眠くなってきたから膝枕して欲しいな。いい?」
ルドは、ルーナの返答も聞かずに、そのまま仰向けで倒れ込んで、ルーナに膝枕をしてもらいます。ルーナは恥ずかしさで、真っ赤になりながらも、じっと恥ずかしさに耐えていました。ルドは、嬉しそうに笑うと、そのまま目を閉じ、しばらくすると静かな寝息が聞こえてきました。ルドは最近、研究のため余り眠れてない様子だったので、疲れも溜まっていたのかもしれません。
ルーナは、そっとルドの頭を撫でます。ルーナの魔法が上手く発動した時、上手に薬が作れた時、料理を失敗して落ち込んでる時など、いつもルドは頭を撫でて誉めてくれたり、慰めてくれました。ルーナは、ルドに頭を撫でられるのが、とても大好きでした。
「いつもありがとう。ルド」
ルーナの言葉に、ルドは少し笑ったように見えました。
結局、夕方近くまで、ルドは爆睡してしまい、足が痺れて歩けないルーナを抱えて転移魔法で家まで帰ったのでした。
♢♢♢
ピクニックの翌日、ルドがやる事があると、湖と森の端にある結界を維持する為の魔法陣のある小さな神殿に行く事になりました。何をするのか教えてくれませんでしたが、今日中に帰ってくると言うので、大人しく待っていることにしました。
その日の遅くに帰ってきたルドは、身体中ボロボロで、あちこち傷だらけでした。急いで回復魔法を掛けます。
「どうしたの!何があったの」
「ちょっとね。元々反りが合わないヤツだったけど、今日はいつも以上に…ケンカ…しちゃって。でも、大丈夫だよ。全て…上手くいった」
ルドは、回復魔法をかけてもらい、「上達したね」などと笑いながら、いつものようにルーナの頭を撫でます。
そして、急に真面目な顔になると、話があるとルーナを連れて、一階の居間へ移動しました。
どうやって話そうか悩んでる様子のルドに、ルーナはとても嫌な予感がしました。
「実は、ルーナに言ってなかったことがあるんだ。」
その言葉に、ビクッと身体が強ばります。
「結界の魔法使いは、弟子を取って3年すると代替わりする。つまり、今年でルーナが弟子になって3年経ったから、これからはルーナが結界の魔法使いになるんだ。」
何を言われたのか一瞬理解できなかったルーナは、ルドを凝視したまま固まっていました。
「代替わりすると、前の魔法使いはいらない存在になるから、森から出ないといけないんだ。ごめんな…」
「森から、出ていくの?…私を、残して?」
ルーナの言葉に、ルドは一瞬ハッと悲しそうな顔をして、申し訳なさそうに「ごめん」と一言言っただけでした。
「いつ?いつ出ていくの?」
ルーナの言葉にルドは答えます。
「明日の朝には出ていくよ。僕が居なくなったら、その時から君が魔法使いだ。魔法使いになると、君の時がほぼ止まった状態になる。年をほとんど取らないから、寿命は500年近くになるかな。寿命がくる少し前に、弟子が現れるはずだから、同じように代替わりの準備をするんだ。詳しいことは、歴代の魔法使いの書記に書かれているから読んでみて。」
ルドは淡々と説明します。
「森から出て、ルドはどうするの?」
引き留めたくて、ルドの腕に手を伸ばします。
「やっと、この役目から解放されるんだから、後は、自由に楽しく過ごすだけだよ。」
ルーナの伸ばした手を、さりげなく避けると、ルドはそのまま部屋を出ていきました。
翌朝、ルーナはいつも通り身支度を整えます。あれから、部屋に戻っても眠れなかったので、目の下には隈が出来ていました。ルドなら隈ができたら心配して、「今日はお昼寝の日にしよう」と、ルーナが休めるように一緒に過ごしてくれるはずです。
ルドの部屋をノックしても返事はありません。中を確認しても誰もいませんでした。
そのまま、キッチンへ向かいます。すると、いつものように朝食のいい匂いがしてきました。ルドが居ることを期待して急いでキッチンに行くも、誰もいません。ただ美味しそうな朝食が一人分用意されているだけでした。他の部屋や、外の畑や家の周りを確認しても、ルドはいません。
諦めて家に戻り、ルドが作ってくれた朝食を食べます。大好きなスープに、庭で取れた野菜のサラダに、目玉焼きとトロトロチーズたっぷりのトーストです。食べてお腹が満たされると、少し頭がスッキリしてきました。
そして、朝食がすごく温かかった事に気づきます。まるで、作り立てのようです。
ルーナはそのまま外に出ると、転移の魔法を使います。いつもはルドが使っていたので、転移魔法を使うのは初めてです。上手くいくか不安でしたが、場所を思い浮かべ瞬時に発動します。
次に目を開けると、目の前には湖が広がっていました。
ルドが、どこに行ったのか正直分かりませんが、ルーナは、ここにルドが居るような気がしたのです。
湖の周囲を見渡すと、離れたところに人が立っているのが見えました。近づくとルドでした。ルドはルーナを見て、驚いた顔を見せましたが、困ったように笑って言いました。
「何で来ちゃうかな。あのまま別れたほうがよかったのにさ。」
ルーナは、ルドの側へ行こうと歩き出すと、ルドはそれを止めました。
「こっちに来ちゃダメだよ。これで、本当に最後なんだ。ごめんね。」
ルーナは何も言えず、ただルドを見つめたままです。
「一人にしてごめんね、ルーナ。本当は違う結末を用意できたらよかったんだけど、今の僕には、これが精一杯みたいだ。」
ルドが、悲しそうに笑い、湖の方へ視線を移し、またルーナへ視線を戻します。
「ごめんねルーナ。僕が居なくなっても泣かないで。君は笑顔が一番似合うから……どうか、笑っていて。これで、さよならだ。大好きだよ」
その言葉を最後に、ルドは光に包まれるとキラキラと輝きながら消えていきました。
この日、新しい結界の魔法使いが誕生しました。その後、魔法使いは長い年月をかけて魔女と呼ばれるようになりました。




