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後に備えて

作者: 小雨川蛙

直接的ではありませんがカニバリズムを想起させる描写があります。

十分にご注意ください。

 政府からそのお達しが来たときには目を疑った。

 私に限らず、多くの人間が反対をした。

 しかし、反対の意を唱えた者達の内、目に余る者は姿を消した。


 一石二鳥だ。

 反対派の人間は消えるし。

 反対し続ける事の意味は伝わるし。

 何より、人間が減ることで根本的な問題を僅かばかり解消する。

 これなら一石三鳥か。


 いずれにせよ、私は結局自らの意思を曲げることになった。


 正気を疑うような政府の方針に従った。

 なさなければならない事を成した。


 吐き気を我慢しながらもそれを食べた。

 生徒達に理解を強要させた。

 生徒の親にも協力を強制させた。

 裏切れば何が起こるかをこっそりと伝えながら。


 あれから五十年が過ぎた。

 世界の常識はもう変わってしまった。

 きっと、ここ三十年程の間に生まれた者達にとって、今やこの世界は狂ったものとは映らないだろう。


『食糧難の問題はいまだ解決せず……』


 そのくせ変わらない問題はある。

 仕方ないことか。

 人類は増えすぎているのだから。


 それに安心していいのかもしれない。

 なにせ、もう。

 五十年も前の記憶を持つ私達のような人間の多くはもう七十の坂を越している。

 直に寿命で死ぬことだろう。


「さて」


 私は今朝の食事を抜いた。

 もう大分慣れたことだが、それでもこの教育番組を生徒達に見せる日は食事をしないと決めていた。


「皆さん。おはようございます」


 私の挨拶に生徒達は朗らかに挨拶を返す。

 こうしてみると昔とまるで変わらないのに……。

 そう思ってしまう虚しさを捨て置きながら私は生徒へ問う。


「まず皆さんに質問があります。皆さんは死んだらどうなりますか?」

「生まれ変わります。新しい人間に」

「その通りです。ですが、そのためには条件が一つありますよね。それが何か知っていますか?」


 続く問。

 生徒達は首を傾げる。

 そんな様を見ながら私は無理やり笑みを浮かべて答えた。


「今日はそのための勉強です」


 巨大なスクリーンに映像を流す。


 それは五十年前であれば目を背けたくなるようなおぞましい光景。

 しかし、現代ではあれば特に気にかからない食肉の加工現場。


『人が人に生まれ変わるには条件があります。それは腐る前に食べられることです』


 生き物が死んで、新たな生き物の糧になる。

 ただそれだけのことがこんなにもおぞましく感じるのは。

 やはり、それが同種の内で行われているからだろうか。


『一片足りとも残してはいけません。何せ、生まれ変わるには肉体全てが必要なのです。だから、皆さんは決して食べ残してはいけませんよ』


 動画が終わった。

 子供達は特に気にした様子もない。

 あくびをするような子もいる。


 当然か。

 生徒達にとって授業というのはいつだって退屈なものだから。


「僕。こないだお爺ちゃんを食べたよ」


 元気な男の子の声が私の脳を通り抜けた。

 せりあがる胃液をどうにか飲み込み、私は笑顔を作りながら授業を続けた。


「そう。そのお陰でお爺ちゃんは生まれ変わることが出来るんですよ」


 五十年前に子供達に教えろと言われた、新たな『常識』……もとい嘘っぱちを教えるために。

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