50.かけがえのない日常
授業も始まり、セイナがいるのも当たり前となり、日々の流れが少しずつ落ち着いてきた頃。俺とラビッツは湖へと足を向けた。
春の光が水面に反射し、柔らかな風が俺たちを包む。二人だけの静かな時間だ。誰かが来てもいいように、木陰で人目を避ける。
「ラビッツ、ありがとな。いろいろ」
「なによ、あらたまって」
「たくさん助けられたなって」
「そんなの……私だって」
ラビッツの左手の薬指には、いつも通り俺のあげたビーズリングがはめられている。決して高価ではないのに、大切にしてくれているのを感じる。
「手、繋いでいいかな」
「……っ、皆の前では繋がないんだからねっ」
「分かってる」
俺がどうしてここに来たか。
それは、秋から一度もしていないキッスをしたいからだ!!!
と、叫びたいけど叫べない。
ムードづくりゼロ点と言われるのが目に見えているからな。一応、木陰まで来るのも拒否はされていないし、俺の気持ちを察してくれている……のかもしれない。
「ほんとに感謝してるんだよ。今を迎えるために、ラビッツにはたくさん支えてもらった」
「……あんた、よく泣いてたもんね」
「涙腺弱いんだよ! 悪いかよぅ」
「私も弱いし。悪くはないわよ」
リュークとセイナが想いあっていることに気づいてから、どうしても耐えられず……ラビッツと一緒にダンスを練習したあの部屋で、実はよく泣いていた。俺が「あとから寮に戻るよ」と言って離脱するとラビッツもついてきて――、一緒に泣いていた。
はー……、かっこ悪い。
いや、ここでしょぼくれてはいけない。そう、今こそムードづくりをすべき時なんだ。
「俺、もうほんとに何度も何度もラビッツのことが好きだと思って。暗くなりそうな時にも明るい気持ちにさせてくれるしさ」
ラビッツの顔がだんだんと赤くなる。
「笑った顔も、怒った顔も、拗ねた顔も、全部大好きだ。全部愛しているんだ」
「う、うん」
ラビッツの両肩に手を添える。
「ほんとにさっ、すごくすごく好きでっ……」
我ながら語彙力が消え失せている自覚はある。可愛いラビッツを見ていると、頭がおかしくなる。
「ずっと我慢してた。今はそんな時じゃないって。先のことを考えて辛かったのもあるけど、やっぱりラビッツのことが好きだから何もしないのも辛くて」
語彙力皆無だな!?
気持ちは伝わってると信じよう。
「ま、待って。落ち着いてっ」
「待てない。もういいよな。もう我慢したくないんだ」
「わ、分かったからっ」
俺が顔を近づける度になぜか遠ざかるぞ!?
「た、頼む、ラビッツ」
「ちょっ、ちょっと待っ……」
ラビッツが後ろへと体勢を崩した。
――ドサッ。
すかさず、倒れきる前に腕を差し入れた。覆いかぶさる形になってしまう。
「だ、大丈夫か」
「まままま、待って! わ、私にだって心の準備ってものがっ、あ、い、嫌ってわけじゃなくてっ。で、でもっ、あのねっ」
夏には何度もキスしたのに。なんで遠ざかったんだ。もしかして俺のこと、もう……。
「ま、待って、泣かないで! 違うの、まだ早いと思うのっ。そ、それに、ここ外だし!」
外だけど……人目はない。
人目がない場所では以前はキスも受け入れてくれた。やっぱり俺のこと……。
「そ、それに、前世の記憶はあるけど、ここでは王子と令嬢だし! こ、ここ、婚前交渉は駄目だと思うの!」
……ん?
「そ、そりゃね、あ、あんたも男の子だしね、わ、分からなくもないけどっ、で、でもねっ」
ラビッツの顔は真っ赤で、目の焦点が合っていない。手を突っ張って必死に距離を取ろうとしている。
「だ、駄目なんだからっ!」
……そうか。
今、ラビッツの頭の中で、俺とラビッツはそうなっているのかもしれない。それはそれで萌えるな。
「そうだな。婚前交渉はよくないな」
「そ、そうよ」
俺はそんなに興奮しているように見えたのか。
「キスだけならいいかな」
「う、うん……」
小さく頷いてくれる。
その仕草に導かれるように、そっと顔を近づける。距離がゆっくりと縮まり、彼女が目をつむった。
――唇が触れる。
ラビッツの温もりに愛おしさが増す。というか、押し倒されているラビッツの図に興奮してきた。
「この体勢だと、ラッキースケベ事件を思い出すな」
「……あんたは本当に余計な一言が多すぎるわ」
「他の場所も触っちゃ駄目か?」
「もうっ、駄目に決まってるでしょ!」
そう言いながらも、ラビッツの腕が俺を引き寄せた。
「私も好き」
もう一度、唇が触れた。
「ラビッツ……!」
「じゃ、そろそろ行きましょう。はい、起こして」
「もう一回したい。ついでにもう一回好きだと言われたい」
「また今度ね」
悪戯っぽく微笑まれた。そうハッキリ言われては、何もできない。
ツンで、デレで――、
そして大好きな俺の恋人との日常。
それがこれからも続くと信じて、ラビッツと二人、並んで歩き出した。
「早くラビッツと結婚したいな」
「あなた次第でしょ」
そっと空へと手を伸ばす。
願いの光が二つ、青空へと溶けていった。
願いの光は、別名「願い星」。
星が空へと昇る世界。
ここは、願いが叶う世界だ。
突然、人生が終了してしまった俺たちや、前世を覚えていないかもしれないけど、他の皆も叶えられなかった願いを胸に、この場所へ辿り着いたのかもしれない。
「二人きりの約束、する?」
「約束?」
「そう。幼い頃の三人の約束じゃなくて、今の私たち二人だけの約束」
ラビッツと小指を絡ませ合う。
――ずっと一緒にいよう。
ここは、願いを叶えて次へと向かう世界。あまりにも唐突に終わってしまった前の人生。好きだった世界で見つけた、奇跡のような輝き。
君とここで、歳を重ねていきたい。




