49.再会
「それでは、あらためましてセイナちゃん、戻ってきてくれてありがとうございます!」
ルリアンの言葉に皆がわーっと拍手する。
今は始業式が終わり、パトロール隊の部屋へと皆で集まったところだ。
始業式のあとは、セイナはしばらく身動きが取れなかった。あっという間に生徒たちに囲まれて、泣きながら抱きしめられたり、手を握られて質問攻めにされたり。「ただいま」と笑って返すセイナの姿に、あぁ、本当に戻ってきたんだと誰もが実感していた。
そして今。
セイナは再び、仲間たちと共にここにいる。
「ありがとうだよぅ。皆待っててくれて、安心しましたっ。それに、授業も履修登録されていてびっくりです」
選択した履修登録表は、全員がさっき受け取ったばかり。ルリアンと同じ授業がとれるように、俺が休み前に学園へ頼んでおいた。
授業は明日からだ。
「もうっ、また丁寧語に戻ってるわよ。緊張しないで」
ラビッツもにこにこと嬉しそうだ。
「うぎゅぅ。実は少し記憶にあやふやなところがあって……だから緊張するの。皆のことが大好きって思いは強いんだけど」
「はわわ。じ、実は私もです。セイナちゃんが大好きって気持ちは強いんですけど」
「……私もそう」
「にゃーは結構覚えてるにゃん。ただ、オリヴィアにゃんは……」
「ええ。残念ながら、私も記憶にあやふやなところがあるわ」
やっぱりそうか。
思念品の場合は、本来もうなかったものだからか、そのもの自体の記憶は浄化するとあやふやになる。俺も、ラビッツとのラッキースケベなアレコレの記憶は鮮明に覚えているものの、ベッドの色や形は既に朧げだ。
思念品ではなく思念体側も、そうなのかもしれない。
ただ……セイナのことを俺はまだ鮮明に覚えている。ラビッツも、何も言わないということは覚えているのだろう。理由は分からない。この世界とは別のところで彼女を知っていると、そうなるのだろうか。
リュークが穏やかに笑った。
「ま、これからいくらでも時間がある。忘れられない思い出を、また一緒につくっていこう」
その一言に、ふわっと皆に笑顔が広がった。
ここにいる。
また、皆でいられる。
その実感が、じんわりと部屋を満たした。
「初日だし、セイナは二人きりになりたいんじゃない? 遠慮なくイチャイチャしてきていいよ」
ベル子が天井を指さした。
屋上でってことだな。
「うぎゅ!? い、今は皆といたいしっ」
「俺たちにも、いくらでも時間があるからな」
「う、うぎゅ〜」
からかうような表情のリュークに、赤くなるセイナ。
——あぁ、こんな未来が見たかったんだ。
誰も泣かずに笑っていられる、ただそれだけの、やさしい日常を。
こっちがゲームでも正規のアナザーストーリーでよかったんじゃないか、という気すらしてくる。前世ではバスタオルを片手に泣いたのに。
「恋愛もいいものかもしれないにゃんね〜」
「そういえばトラ、闇の深いマスコットキャラだったな」
「ニコラ王子、記憶力がよすぎるにゃんね」
「そうなんだ。すこぶる記憶力がいいんだ。さすが王子だよな」
「……反応に困るにゃん。次は人間もありかもしれないにゃんね」
次、か。
あったとしても、さすがに今回のように前世を覚えているとはいかないんだろうな。
「今を精一杯生きるのが、一番だな」
「どうしてその台詞になったのか分からにゃいけど、いい心構えにゃん」
「ラビッツと精一杯、これからはイチャイチャしようと思う」
「台無しになったにゃん」
――スパーン!
久しぶりに、ラビッツの扇子が降ってきた。
「だから、そーゆーのはやめなさいって言ってるでしょう」
「ラビちゃん、最近は何もなくて少し寂しいって言ってたような――、」
「ぎゃー! ベル子、おだまりなさい!」
ラビッツが悪役令嬢っぽくなったぞ!?
そういえば、ゲームでは「ツンデレ悪役令嬢」が異名だったのに、ここでは俺だけが知る悪役令嬢になったな。
「んんっ、ゴホン。あのね、ニコラ。会話の流れっていうのがあるのよ。たまたまね、たまたま少しばかりそんな気持ちにね、ならないこともない時に、つい魔が差して言葉にしてしまうってことがあるでしょう。分かる?」
「大丈夫だ。俺とラビッツはツーカーだからな」
と、答えておこう。そうか、ラビッツも寂しく思っていてくれたのか!
「そういえばそうでしたね。念力で全てを理解しているとおっしゃってましたね!」
ルリアーン!
記憶力がよすぎるぞー!
それ、入学式の日の話だろう!
「ま、まぁな……」
目が泳いでしまう。
「あ、そういえば言い忘れていました。今日、皆が集まった頃に新しい顧問がここに挨拶に来られるそうです」
よかった、話が変わった。
そうか……新しい顧問か。
「誰が顧問になるの?」
オリヴィアの問いに、ルリアンが口を開こうとした時――、
「ふぉっふぉっふぉっ!」
突如、部屋の扉の向こうから陽気な笑い声が響いた。全員が一瞬、動きを止める。
扉の前で笑ってる!?
「おっと、失礼失礼」
ノックの音が今さら聞こえ、扉がゆっくりと開いた。
現れたのは、ふわりとした白髪と紅茶色のマントをまとった老人。丸眼鏡の奥の目が、いたずらっぽく細められている。
「いやはや、若者は活気があってよろしい。名誉顧問のグレイウッドじゃ。名は覚えんでもええ。顧問でええぞ」
「あ、この度はパトロール隊の顧問を引き受けていただき、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「もちろんじゃ。歳は離れておったが、昔からグレンくんとは茶飲み仲間でのう。あやつが思念体になってからも、よく付き合ってもらっておった。あやつは歳をとらんくなったせいで、ワシだけが老いぼれたがな。はっはっは」
懐かしそうに笑う。
「ありがとうございます。これからお世話になります」
ルリアンに合わせて皆が頭を下げると、名誉顧問はにこにこと紅茶の缶を取り出した。
「堅苦しいのは抜きじゃ。ワシはなーんもできん。顔がきくだけじゃ。何かあっても揉み消せるぞ。これからも好きなように活動せい。せっかくだから、茶でも飲もうじゃないか」
名誉顧問が深い紫のハンカチで空間をひと撫ですると、何もなかったはずのテーブルに、見事なティーセットが現れた。誰もが驚きで目を見開く。
「ふぉっふぉっふぉ。グレンくんから手品の手ほどきも受けてたんじゃ」
顧問は旅立っていった。
でも、こうやって新しい出会いがある。
「さぁ、若者たちよ。グレンくんの待ちわびた新しい春を始めようじゃないか」
名誉顧問が軽くステッキを振ると、カップの中にあたたかな紅茶が満ち、ふわりと香ばしい焼き菓子が並んだ。
「ふぉっふぉっふぉ。ティータイムの準備完了じゃな。遠慮せず飲むがよい」
ふわりと紅茶の香りが広がり、皆の表情も和らぐ。
「では、乾杯じゃ。ルリアンくん、頼もうかの」
「はいっ」
ルリアンが椅子から立ち上がった。
「……あらためて。セイナちゃんが戻ってきてくれて、本当に嬉しいです。そして、これからまた皆で前に進んでいけることを、思い出をつくっていけることを、幸せに思います」
皆が感慨深げに頷く。
「今日からまた、新しい日々が始まります。これからもきっと、悲しいこともあると思います。でも——力を合わせれば願いは叶う。悲しいことも楽しい思い出に変えていける。それをセイナちゃんから教えてもらいました」
ルリアンが、そっと紅茶のカップを掲げた。
「それでは……パトロール隊、再始動に——乾杯!」
「乾杯っ!」
皆がそれぞれカップを胸の高さに掲げ、微笑みを交わす。笑い声があちこちからこぼれ、自然と感想を言い合う。名誉顧問も満足そうに頷きながら、焼き菓子を一つ摘んでいた。
「曲でもかけましょうか」
ラビッツがそう言うと、いつの間にか部屋の隅に置かれていた蓄音装置の元へ行き手を触れた。銀色の器具がほのかに輝き、空気に波紋のような魔力が広がる。
そして、流れる音楽――。
「これ、は……」
「曲名は『はじまりの詩』よ。実は家の者に頼んで用意してもらっていたの」
あのゲームのオープニングじゃないか!
懐かしいメロディが、部屋いっぱいに広がる。かつての画面の向こう側と今の皆の姿がリンクしながら、新しいメンバーの姿も一緒に脳裏に映像が浮かぶ――。
ツンデレ悪役令嬢
ラビッツ・ロマンシカ
「あの日の約束、覚えてる?」
みんなの天使
ルリアン・ウィービング
「ルリルリって呼んでもいいですよ」
姉を慕う毒舌な妹
ベルジェ・クリストフ
「あなたは、やさしい人ですか」
気高く生きる公爵令嬢
オリヴィア・キャンベル
「私、品性は失いたくないの」
奇跡の帰還者
セイナ・ラミエル
「みんな、おっまたせ〜っなのです!」
闇の深いマスコットキャラ
トラ
「大事に愛情深く管理して、それなりに自由に育ててほしいにゃん」
妹を陰で守る孤高の姉
ラグナシア・クリストフ
「私の目が届かないところで……楽しく過ごしなさいよ」
謎のパトロール隊顧問
グラン・アスフォード
「楽しめ、若人よ」
お調子者なおバカ王子
ニコラ・スタッドボルト
「泥船に乗った気で俺様に任せとけ!」
クールな護衛騎士=主人公
リューク・ダイバーン
「俺が全員、守ってやんよ」
さぁ、始めよう。
俺たちのこれからを――。
「駄目だ、涙腺崩壊だぁぁっ!」
「い、いきなりどうしたんですかっ。ニコラさん!」
「ニコラには刺激が強すぎたようね。音楽を変えるわ」
「変えないでくれ〜っ!」
――俺たちの未来に、乾杯!




