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転生デビュー 〜おバカ王子とツンデレ悪役令嬢のジレキュンな日常〜  作者: 春風悠里


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44/53

44.前日

「悪いな、こんなところまで」


 夢結びの儀の前日、リュークに呼び出された。湖のほとりには、俺とラビッツ、そしてリュークの三人だけだ。


 冬の冷たく澄み切った空気が頬を撫で、ぶるりと震える。


「リューク……」

「二人には申し訳ないと思ってるんだ」

「え?」


 リュークは普段、どれだけ苦しくてもそれを見せない。けれど、最近は心ここにあらずの状態が続いていた。


「わざと盛り上げてくれていると分かってた」

「…………」

「俺たちの前で二人がイチャつかなくなったことも分かってた。気遣ってくれてたよな」

「イ、イチャついて、は……」

「リュークはどうするつもりなんだ」


 あの、アナザーストーリーの光景が脳裏に浮かぶ。


 リュークとルリアンが結ばれ、セイナを妹のように可愛がり、絆を深める。夢結びの儀のあとにセイナが天に還り――それから何年も経ち、セイナにそっくりな子どもが生まれる。三人で手を繋いで歩く光景だ。


 もう、その未来への道は閉ざされた。


「当たり前の毎日が怖いんだ」

「え……」


 まさか、リュークが弱音を吐くなんて。


「あいつを皆が、最初からいたものだと思っている」

「ああ」

「それも、もうすぐ消える」

「……そうだな」

「同じものを見て笑ったり驚いたり。そんな当たり前が、なくなるんだ」

「…………」

「ずっと一緒にいたよ。皆に見えない時だって、あいつは台車に乗って笑ったり、団子を見て食べたいと騒いでいた」

「…………っ」


 いたのか。

 ずっと、いたのか。


 アナザーストーリーは秋から始まっていたから……俺はゲームの記憶によって、目が曇っていたんだな。


 俺は、大馬鹿者だ。


 リュークがここまで弱さを見せるのは、俺とラビッツの前だけなのだろう。胸が痛い。彼女の存在が消える可能性を思うと、何も言えない。


「セイナをこの世に繋ぎ止めておくことはできないのか、ニコラ」


 ここまで……追い詰められていたのか。バッサリとあの踊るくま人形を浄化したリュークが、そんな言葉を吐くくらいに。


「伝統行事である夢結びの儀をやめることは……できない」

「ああ」

「でもあれは、ただ願いが光となって見えるだけなんだ。世界中でもこの月になるとあちこちで光が空を舞う。夢結びの儀は、小さな願いまで光に変えて空へと届けるだけで――、」

「セイナはどうなるんだ」


 言いたくない……。

 言いたくないんだよ。


「本人が望んでいなければ空には還れない。今までのように。本人が望むなら……」

「……っ」

「本人次第なんだ」


 リュークの顔が歪む。


「あいつは……天に還らなくてはと。そう、思っている」


 どうしたらいいんだ。

 俺は、どうしたら……。


 言葉を失った俺たちの間に、冷たい風が吹き抜ける。枝を落とした冬の木々が揺れ、乾いた冬の空気からは、春の気配をまるで感じない。


「ねぇ」


 ラビッツが、なぜか希望を思わせるような透明感のある声を発した。


「あの日の約束、覚えてる?」


 さっきまで張り詰めていた空気が、突然ほぐれた。


「あの、日……」

「幼い頃に約束したわよね。ニコラが夢結びの儀の話をした時に」


 そうだ。

 願いが見えるだけなんて、つまらない。俺は皆の願いを叶える夢結びの儀をするんだって、二人に宣言したんだ。


「あの時か。俺はニコラに『猫になりたい奴が猫になったら大変だぞ。世の中しっちゃかめっちゃかだ』なんて突っ込んだんだよな」

「そう。それで俺は少し悩んで、仕方ないから俺たちの願いだけ叶えようと方針転換した」

「ええ。そして私が、三人とも同じ願いを天に託すなら、きっと叶うわと言ったのよ」


 ――あの時に、約束した。


 俺が初めて夢結びの儀を行う時。

 三人で同じ願いを天に託そうと。


 転生前なのに懐かしい。


『未来の俺たちは、どんな願いを持っているんだろうな』

『いいこと考えた! 明日は皆、誰にも怒られませんようにとかどうだ?』

『ニコラ、そんなに毎日怒られてるの?』

『まぁな!』

『もっと、大きな願いにしようぜ……』

『一ヶ月間、誰にも怒られませんようにとかか?』

『はぁ……。まったく、ニコラはニコラだな。世界平和とかでいいじゃないか』

『私もそれに賛成ね』

『今だって平和だろう!』

『じゃ、未来永劫の世界平和』

『もっと切実な願いがいい……。達成感があるやつ』


 それは幼い頃の小さな約束で。アナザーストーリーに繋がる大切な思い出で。俺が泣きながら見つめた画面の中の回想でもあって。


『ははっ。じゃ、この中の誰かの切実な願いを叶えてくれよ、ニコラ』

『そうね。頼んだわよ、ニコラ』

『おう! どうしても叶えたい願いがあれば任せとけ! 三人で祈れば泥船じゃなくなるさ』


 今は、違う未来へと向かうための――。


「ニコラ。私たちは一度、人生の終わりを迎えたわ」

「あ、ああ」

「それなのに、ここにいる」

「そう……だな」

「きっとセイナも、もう一度戻って来れるわよ。もっともっと幸せな形で」


 俺だってそう信じたい。


「でも、俺たちは転生だ」

「トラは?」

「トラ……」

「突然、現れたじゃない?」

「……分からない。その前にいた茶トラ猫に会っていない。本物の猫に転生したのかもしれない」

「でも、しっぽが二本になったわよ」

「しっぽ……」

「無から有が生まれているじゃない」


 確かに……そうかもしれない。無から有が生まれる可能性は、ゼロじゃないのか。


「ニコラ、その時が来たらはっちゃけるんでしょ? 今がその時なんじゃない?」


 はっちゃけていたつもりだった。セイナちゃんおめでとうの催しなんかやって、そのつもりでいた。


 そうか、今か。

 今だったのか。


 俺が暗い顔をしていたら、何も始まらない。


「そうだよ、リューク。俺たち三人だけじゃない」


 待つだけじゃ、奇跡は起きない。

 奇跡は自ら起こすんだ。


「皆で願えば、きっと叶う」


 あの神ゲームの世界の結末が、悲恋だなんてあってはならない。あるわけがないんだ。ゲームの世界なんてものが実際にここに存在している。それならきっと――彼女だって、また現れる。


 リュークがグシッと目を拭い、空を見上げた。


 どこまでも青い空。

 あの約束をした日のように、雲一つない――。


「そうだな」


 声の調子が、さっきとは違う。


「次の春になったら転校生が来るんだったよ。名前はセイナ・ラミエル。どこから来たのかも分からない謎の転校生だ」


 久しぶりに、リュークの心からの笑顔を見た気がした。


 ふわりと三つ、光の球がどこからか現れ、空へと昇っていった。



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