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転生デビュー 〜おバカ王子とツンデレ悪役令嬢のジレキュンな日常〜  作者: 春風悠里


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43.アナザーストーリー5

 ねぇ、リュークくん。


 私はずっと楽しいだけの思い出がつくれなかったから、こうやって戻ってしまったんだって思ってたの。


 バルトくんが学園にいたあの頃。


 皆ともっと一緒にいたくて。

 自分がもう生きていないことは分かっていたけど。誰にも私のことは見えないけど。でも、側にいたくて。


 そうしたら、突然秋になったら私の姿が皆に見えたの。今まで一緒にいたことになって。記憶が一部書き換わっていて。でも、私が事故に遭ったことを皆も知っているから、気持ち悪そうな目をする人もいて……。


 そして、バルトくんが夢結びの儀をして、皆の偽物の記憶は全部消えたんだ。


 私は秋に思念体として現れて冬に消えただけの、もう亡くなった女の子になった。


 私が消えなかったことを知っているのは、バルトくんと教頭先生と、古株の先生だけ。


 他の人も噂では知っている。この校舎が旧校舎になったあたりから肝だめしに来る生徒が多くて、私が追い返すようになっちゃったから。怖がらせずに、やさしく出口へと導いた。


 先生のことを皆が見えるのはズルいと思う。先生は「お前を見送るまで消えないと俺は決めているからな。お前は違う。消えたくないと願うのと同じ強さで、空に還らなければとも思っているんだろう」と言っていた。


 そうなのかもしれない。

 私は本来ならもういない人。

 ここにいるべきじゃない。


 そう思ってるから……こんなに不安定な存在になっているのかもしれない。


 ――リュークくんたちには、たくさんの思い出をもらった。


 歓迎会もしてもらったし、学園のイベント「魔女の夜」や「魔法競技祭」にも参加させてもらった。学園からは出られないけど、すごく楽しかった。


 私が事故に遭ったことを、皆知らない。知っている人も、知らないふりをしてくれる。だから、気持ち悪そうな目もされない。たくさん笑うことができた。たくさんはしゃぐことができた。


 幸せな時間だった。


 儚くて、でも私の心を満たしてくれた時間。皆やさしくて、当たり前のように私を受け入れてくれた。そうなるように、リュークくんやニコラくんも頑張ってくれた。そうして短くても濃密な時間を過ごして――。


 ねぇ、リュークくん。


 私はもしかしたら楽しいだけの思い出が欲しかったからここにいると思っていたけど……違ったのかもしれない。


 本当にしたかったのは――……。


 ◆


「すっかり寒くなっちゃったね」


 旧校舎の屋上で、はぁっと白い息を吐く。実はこの体だとあんまり暑さや寒さは感じないけど、白い息が出ることに嬉しさを感じる。


 私は今……あったかいんだなって。生きている人間であるように思えるんだ。


 一緒に食堂でご飯を食べてから、寮の門限までいつもリュークくんはここにいてくれる。


「もうすぐ……だからな」


 ドキリとした。

 私がいなくなるその日について話すのは初めてだからだ。


「うん。今までありがと」


 わざと軽い調子で言う。


「なぁ、まだここにいてもいいんじゃないか」

「え?」

「まだ未練とかさ、あるだろ? もっとここにいたいだろ?」

「また皆には見えなくなって、春も夏も過ぎて、秋には偽物の記憶に置き換わってを繰り返してほしいの?」

「……っ。それでいいじゃないか。俺には見える。ずっと見える。記憶もそのままだ。それでいいじゃないか」


 こんなふうに言ってくれた人は今までいない。亡くなった人間が生き返りはしない。そんな自然の摂理に反することを、誰も望まない。空に還ることが自然だと思うのは当然のこと。


「私はここにいちゃいけないの」

「他の皆だって、お前がこれからもずっと一緒だと信じている」


 そうだね。

 私が消える瞬間まで、きっとそう思ってくれる。そして、今度こそ私は空に還るんだ。


「うん。その日が来たら、思念体の女の子と一緒に短い間だけ遊んだ正しい記憶に戻るね」

「そうして悲しむんだ。もうお前と遊べないと知って悲しむ」

「うん。きっと悲しんでくれる」


 記憶も薄れてしまうけど……それはさすがに言えない。


 そんな目をしないでよ、リュークくん。

 決意が鈍っちゃうよ。


「だったら――」

「リュークくんの卒業する年に消えてくれって言うの? 私はこの場所に縛られているんだよ。どこにも行けない」

「……っ」


 もしかして、望めばそうなるかもって思ったこともあったんだ。


 でも、私は欲張りだから。こんな存在になっちゃうほどに未練を残すような人だから。そんなに一緒にいたら、空に還りたいなんて思わなくなっちゃう。


「卒業……してからも……」

「リュークくんは学園の先生になるの? ずっとここにいるの?」

「……ニコラだって、分かってくれる」

「そんなに苦しそうな顔をして未来を選び取らないで。ニコラくんの護衛なんでしょ。私のためにここに残るリュークくんを、私は望まない」


 それに、願いを形にできるニコラくんと、この場所に縛られている私。この条件が揃うのは今しかない。


「それなら、どうしたらいいんだよ……」

「そんな泣き言、リュークくんには似合わないな」


 私に縛りつけたくなんかない。人間ですらない私のために、自分を犠牲にしようとはしてほしくない。


「お前の側にいたい」


 なんて、真っ直ぐな目をするんだろう。


「思念体は人間じゃないよ」

「そんなの、関係ない」

「……子供もできないよ」

「え、あ」


 赤くなっちゃった。

 可愛いな。


 私相手に赤くなってくれる。私はそんな人がほしかった。私も、ドキドキして赤くなれる。そんな人を見つけてみたかった。


 今の私も、同じような顔をしてるのかな。


「お前が好きだ」


 いきなりだった。


 白い息が空に溶けていくのを見ながら、私は瞬きも忘れた。胸の奥が熱くなる。リュークくんの瞳は真っ直ぐで、逃げ場なんてない。


「……、言っちゃダメだよ」


 私はずっと、恋をしてみたかったんだ。


 人間だった頃に、憧れていた。

 もう叶わなくなって気持ちに蓋をした。恋に憧れていたことすら、なかったことにした。


「お前はどうなんだ」

「リュークくんは、私のことを忘れないといけないんだよ。他の誰かと一緒にならないといけない。未来のない私じゃダメ。私に縛りつけちゃダメで……」

「お前が好きだ。俺は、今のお前の気持ちが知りたいんだ」


 全然分かってない。

 分かってくれない。

 消えなきゃいけない私のことを。


「お前が好きだ」


 繰り返される言葉。

 欲しかった言葉。


 ……生きている時に。


「お前はどうなんだ」


 もう一度、聞かれた。

 胸が苦しくて息が浅くなる。閉じ込めていた何かが暴れ狂いそうだ。衝動を止められない。


 なんて残酷な質問なんだろう。


 ――心が爆ぜる。


「好きに決まってるよっ……!」


 空気が震えた。目の奥が熱くて、視界が滲む。涙がボロボロと零れ落ちて止められない。


「恋人になりたいよ! あちこちデートだってしてみたいよ! 同じ時間を過ごしたいよ! そんなの決まってるじゃん! 好きじゃないわけないよ! 私が何年望んでたと思ってるの! どれだけの月日を……ずっとずっと、誰かとこうやって過ごしたかったんだから! 私っ、私の方が絶対にリュークくんのことが好きだよ……なんで私だけ消えなきゃいけないの……意味分かんないよ……。でも、私もういないもん。いないんだよ……。死んじゃったの。リュークくんの幸せを祈る私でいたいの。分かってよ……!」


 ずっと隠していた想いが、空気を裂く。


「セイナ……」


 彼が私を力強く抱きしめた。


「分かってって……言ってるじゃん」

「ああ。いつか結婚でもするか」

「わ、私、ここから出られなっ――」

「子供もつくるか」

「だから、私は人間じゃっ――」

「あちこちデートしよう。一緒にたくさんの景色を見よう」


 そんなの、夢物語だ。


「子供は何人がいいんだ?」


 そっか。

 これは、ただの夢物語だ。

 空想上の話なんだ。


「……二人は欲しいかも」

「男の子か? それとも女の子か?」

「どっちもかな」

「欲張りだな」


 夢くらい、見てもいいのかもしれない。


 体が離される。

 私もリュークくんも、涙で顔がびしょびしょだ。


「春になったら転校生が来るんだ」

「転校生?」

「ああ。名前はセイナ・ラミエル。どこから来たのかも分からない謎の転校生だ」


 なんて素敵な夢だろう。

 今まで、夢を見ることすらできなかった。


 次の春、きっと私はいないけど……。


「うぎゅぅ。謎の転校生になるんだ、私」

「ああ、謎だからな。最初から注目度抜群だ」

「えへへ。注目されちゃうね」

「それで、すかさず俺が学園パトロール隊にスカウトするんだ」

「うわぁ。責任重大だね」

「ああ、俺の人望は厚いからな。皆もすぐに歓迎してくれる。それでな、告白するんだよ」

「展開が早すぎるよ」

「一目惚れしましたってな」

「あはは。私も、一目惚れしましたって返すことにするね」

「約束な」


 彼の顔が近づく。


 そうだね。

 別れは希望に満ちていた方がいい。


 またいつかと、夢を見ながら空へと還ろう。


「来年、謎の転校生になるからね」

「待ってるよ」


 静かに、唇が触れ合った。

 


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