42.アナザーストーリー4
あれから、パトロール隊の活動は少し忙しくなった。『ポチの部屋』にはよくセイナも入り浸っているようだ。「思念品はお仲間って感じがするんだよね。この部屋のデザインも好きだな」と言っていた。
踊るくま人形をザクッと浄化したことをセイナにもブーブー言われたのは、仲間意識があつたからなのか……。
ボトルフェスは「瓶と持ち主がセットで落ちていればいいのにな」と言ったらセイナが湖近くのラグナシアのことを教えてくれた。意識すれば学園内のことを視ることも感じることもできるようだ。
プールで水面ダッシュしていた時はふわふわと俺の首に巻き付くようにしてキャーキャー言っていたし、ラッキースケベ事件(?)の時はさんざんニコラたちをからかっていた。
……聞こえてはいないけどな。
そして、とうとう秋が来た。
セイナの姿を誰もが見えるようになった。皆の記憶も書き換わった。セイナがわざとやっているわけではなく、「皆ともっと遊びたかった」という強い願いのせいか、そうなってしまうようだ。ニコラの父親の時もそうだったらしいので、予想通りだそうだ。
俺の記憶だけは書き換わっていない。
皆と齟齬が発生するので、あまり過去の話はしないようにしている。
ニコラの提案で歓迎会まで行われることになった。ニコラは全員の歓迎会だと言っていたが……間違いなく、彼女の事情を知っているのだろう。
学園の中庭。
屋台のように机や椅子が並べられている。秋晴れの空に、浮遊式の灯りが紐につながれてふわふわ浮かんで賑やかだ。
「完全に祭りだな」
ニコラがふふんと胸を張る。
「皆で準備すると、そうなるよな」
ラビッツはテーブルの上にクッキーの山を積んでいる。焼き立てらしく甘い香りが漂ってきた。他にも色とりどりのカラフルゼリーが紙皿に並べられている。マカロンもまたカラフルだ。
ラビッツがクッキーを割って、セイナの口に差し出した。
「セイナ、どうぞ」
「えっ、も、もう?」
「味見よ、味見。はい、あーん」
「あ、あーん。おいひいでふっ! でも、さっきも味見したよぉ?」
「青空の下の味見は格別よ」
ラビッツも残り半分のクッキーを口の中に放り込んだ。
「うぎゅ。本番で食べられなくなりそうだよぉ。でもでも、おいしい〜」
食べなくても大丈夫なのは変わらないものの、姿が皆に見えるようになったことで食べられるようにはなったらしい。「排泄は?」と聞いたら「乙女に聞くな!」と殴られた。
「よし、準備万端だな」
ニコラも満足そうだ。
紐にくくりつけられた横断幕には「セイナちゃん、おめでとう」と書いてある。何がおめでとうなのかは明示されていない。
「ニコラくん、本当にこれやっちゃったんだね」
最初はニコラ王子と呼んでいたものの、何度かニコラくんと言って慌てているのを見て、俺の親友は「ニコラくんと呼んでくれ。王子としての命である」と偉そうにしていた。
「ああ。やると言ったらやるんだ。セイナ嬢、おめでとう」
「何がおめでたいのか分からないよ……」
「なんでもいいじゃないか。俺はやりたいことをやると決めたんだ。はっちゃけるんだ。いえーい! セイナ嬢、おめでとう!」
「うううっ。ありがとう。何をか分かんないけど、ありがとう!」
ニコラとセイナがハイタッチをすると、次々とパトロール隊のメンバーがハイタッチをしていく。
「セイナちゃん、おめでとうございます!」
「ありがとう。よく分かんないけど、ありがとう」
「セイナちゃん、えいえいお〜……」
「ありがとう。えいえいおーで頑張るぅ。何をか分からないけど頑張るぅ」
「めでたいにゃんね」
「たぶんっ、めでたいのかなとっ!」
「めでたいものは、めでたいでいいのよ」
「ううぅ、おめでたい気がしてきたよぉ」
変な丁寧語はたまにしか出ない。この歓迎会の準備の中で打ち解けて、セイナの意識の中でもすっかり仲間の一員なのだろう。
「それじゃ、ルリアン隊長。ご挨拶をどうぞ」
ニコラに悪戯っぽく促されて、ルリアンが姿勢をただした。
「……えーと。本日は皆さん、ご参加ありがとうございます」
真面目なトーンに切り替わる。
「今日は皆の歓迎会ということで、セイナちゃんも含めて皆で準備しました。横断幕はニコラさんの希望でこうなったんですが……なぜだかすごくしっくりくるんです。私たちがセイナちゃんと一緒に過ごせることが、どうしてなのか分からないけど、すごく嬉しいことだと感じるんです。だから、『セイナちゃん、おめでとう』がぴったりかなと思います」
「……ルリルリ……」
違和感は誰も拭えない。楽しいだけの記憶にしたいとセイナは言っていたけど、何かがおかしいと誰もが感じている。
だから、これでいいんだ。
セイナを迎えた。そのための歓迎会を経て、きっとその違和感には蓋をできる。
ニコラには感謝しないとな。
「それでは皆様、グラスの準備はいいでしょうか。――乾杯!」
掛け声と共に、ジュースの入ったカップが空に掲げられる。『シュワたま』の炭酸の泡がはじけるカップ。みんなの「かんぱーい!」の声が中庭に響いた。
「よぉっし。皆、食べようぜ!」
ニコラが我先にとフォークを持って、にっしっしと笑う。この普段の王子らしくないところをバカにされたりも昔はしていたが、今は立ち回りが上手くなったように感じる。
この中庭は今日は生徒による貸切だ。今は準備時間としてパトロール隊の貸切ではあるが、開催時間になれば他の生徒も来れる。だからこそ、寮のキッチンではパトロール隊以外の生徒との交流もあったようだ。
俺たちが今から食べるのは、パトロール隊専用味見コーナーと札に書かれた机の料理だけだが……結構な量がある。
「ん〜っ、ゼリーおいしい!」
「セイナが作ったのはどれだ?」
「一個だけ分かるようにしておいたんだ。これだよ」
「待て。中に見えるのは唐辛子じゃないか?」
「リュークくん、辛いの好きだからね。それだけ特別仕様だよぉ」
「食べたくねぇ……!」
「うぎゅぅ」
「じ、冗談だ。いただきます」
これは……食べられなくもないが、絶望的にゼリーとは合わない。
「どう?」
「セイナに料理のセンスはないな」
「そんなぁ。じ、じゃぁこれは?」
焼き菓子の甘い香りが漂う中、肉の匂いが混じっている。セイナが差し出してきたのは串焼きだ。
「なんで肉なんだ」
「男の子なら肉だよね。私が入れてもらったんだ」
「確かに、肉は美味いな。うん、美味い」
「えへへ。肉を焼くセンスはあったでしょ」
バーベキューセットが傍らの一角にある。そのコーナーだけは優雅さの欠片もない。そんな、なんでもアリなのがいいのだろう。
灯りが風に揺れ、秋空の下で笑い声が絶えない。お菓子の甘い匂いに包まれて、俺たちはただそこで楽しい時間を過ごした。
開催時間には、他の生徒たちもやってきた。各自おやつやバーベキューで焼く肉や野菜を持ってきたりして、盛り上がった。
誰もが「セイナちゃん、おめでとう!」と祝っている。わずかな違和感を払拭するのに、ちょうどいい掛け声なのかもしれない。
俺は訓練もしているので、耳もいい。ニコラと生徒会長の会話が聞こえてきた。
「生徒名簿に名前がないことも分かっている。違和感を誰もが持っていることも知っている。だからこその、開催だ。頼む、彼女の存在を全面的に受け入れてくれ。人の力だけでこの規模は無理だと分かるだろう。憐れみ深い女神の祝福だ」
……ニコラ、お前は何をどこまで知っているんだ。




