41.アナザーストーリー3
立食交流会の翌日。空は雲ひとつなく澄み切っていた。旧校舎の屋上に吹く風は、爽やかな五月の香りがする。
そこに、セイナが立っていた。他の誰とも違う、いつも通りの昔の制服姿で。
「ごめんね、ドレスじゃなくて」
彼女の瞳は不安そうに揺れていた。
「どうしても、最期の時の姿になっちゃうんだ。秋になれば、着替えられるんだけど」
その言葉に、ハッと息をのむ。
いつか皆にも見えるようになる。俺だけの特権ではなくなる。それをほんの少しだけ残念に思ったのか、そのあとの別れを考えてしまったのか。
「……顧問は、アレが最期の姿だったのか」
誤魔化すように思わず口にした俺の問いに、セイナは肩をすくめて少し悪戯っぽく笑った。
「あはは、実はそうなの。あのイカツイ感じのネックレス以外は、そのまま。種も仕掛けもあるすっごい手品を、私たちの前で披露しようとあの格好で練習していたらしいの。内ポケットとか、あの服に実は仕掛けがいっぱいあるんだ。その時に、おかしな魔法の気配を感じたんだって」
髪が、風にさらわれて舞い上がる。この旧校舎でだけ、彼女は生きている人間らしくなる。
「私は寮に戻る途中だったんだけど、変な胸騒ぎがして……校舎の方にUターンしたの。今のここ、旧校舎にね。その途中に昔は発電装置があったんだ。機械室って名前だったけど小屋みたいになっていて、中に入るのも今と違って簡単だった。ちょうど先生と同じタイミングだったの」
語りながら、彼女の視線は遠くの学園内に向けられていた。生徒たちが何人か歩いている。ただそれだけの日常を、羨ましさと懐かしさが入り混じったような表情で見つめている。
「顧問の性格が謎だな」
俺がそう返すと、セイナは振り向いて笑みをみせた。
「私がつい距離感を間違えちゃうから……先生はもっと距離感を間違えて、私が浮かないようにしてくれてたんだよ。でも先生の手品はすごかったな。穴の開いてないピーマンの中に、なんとコインがワープするんだよ」
「それはすごいけど、地味だな」
「そうなの。すごいけど地味で、地味だけどすごいの」
いい先生だったんだろうなと思う。
「そっか。じゃ、今から二人だけの交流会をやろうぜ。お前昨日、来なかったしな」
ドレスを着れないから絶対に行かないと言い張っていたが、本当に来ないとは。
「行かないに決まってるよ。みじめだもん。女の子はみーんな綺麗なのに、私だけこんなんなんて、辛すぎる」
「俺は、待ってたんだぜ?」
「……他の女の子と踊るリュークくんのことも、見たくなかったもん」
セイナの声がかすれて震えた。前髪の隙間から、涙の光が反射する。
「ずっとそうだった。私は見ているだけ。慣れてるつもりだったんだけど」
俺は、手を差し出した。
「ここで踊ろうぜ。俺とお前だけの交流会だ」
彼女が潤んだ瞳で、困ったように眉を寄せる。
「む、無理だよ。私、ものすごく昔に教養科目でダンスを少し習っただけ……。もう覚えていないの」
「なんでもいいじゃないか。誰も見ていない」
「でも私、あんなに綺麗に踊れないよ」
「あんなに?」
「うん。昨日、ニコラくんとラビッツちゃんがここで踊ってたの」
あのあと、ここに来たのか。
「親友のデート場所に、翌日来る俺。格好悪いな」
「この場所じゃないと、私ふわふわしちゃうし。あ、会えて私は嬉しいけど」
「親友と同じデートコースで同じデート内容はないだろう」
「えっ、同じデート内容って。えっと、私たちはその、えっと」
遠くに学生の姿は見えるけど、誰にも気づかれない。この場だけが別の時間に切り取られているようだ。
「ほら、手」
「ほんとに私、踊れなくて」
「適当でいいんだよ」
そう言いながらも、そっと指先を重ねてくれた。この場所でだけ感じる温もりだ。春の陽ざしに、影が二人ぶん伸びている。
「わっ、わっ」
最初はぎこちなかったセイナが、小さく笑う。
「これ、絶対正しいステップじゃないよね」
「転ばなきゃいいんだよ、転ばなきゃ」
互いの靴が軽く何度もぶつかる。その度に二人で顔を見合わせて笑う。
「リュークくん、一応貴族なんでしょ?」
「一応な。ニコラの側にいるのに便利な肩書きってだけだ」
「ほんとに好きなんだね、ニコラくんのこと」
「好きとか言うな。ま、前世を思い出したニコラも悪くはないな」
「ふふっ」
顔を赤く染めながら俺を見上げるセイナ。
風に舞うスカートの裾と髪が陽光を受けてきらめき、本当に生きているようだ。
「奇跡は……起きないのか」
「起きるよ。皆に、私の姿が見えるようになるよ」
そのあとに、本当に消えてしまうのか。
問えば傷つける。
だからこれ以上は聞けない。
ニコラ、頼むよ。
この世界について詳しいんだろ?
なんだか分かんねーが、前世の記憶があるんだろ?
奇跡を起こしてくれ。
俺からセイナを奪わないでくれよ……。




