39.アナザーストーリー1
終わらない夢を見ている。
ずっとずっと長い間。
大人になれず。
どこにも行けず。
ただこの場所で。
誰かにとっての大切な時間を見ているだけ。
「来たぞ、セイナ。あいつの息子が。ニコラ・スタッドボルトが」
「えっ。とうとうバルト王子の息子くんが来たの!」
「もうあいつは国王陛下だ。ニコラが王子だよ」
「……自分の名前も顔もイカツイって気にしてたから、息子くんの名前は軽い響きのニコラくんにしたのかな」
「さぁな。ほら、感じるだろ? 学園に入ってきた」
ほんとだ。
バルトくんと同じ匂いがする。
存在の香り。
女神様に愛されている匂い。
学園の中から感じる。
……隣にいるのは友達かな。
目をつむって集中さえすれば、学園内だけなら視ることもできる。声も聞こえる。
「ん? ニコラくんは、なぜか先生と似た香りがしますよ?」
あとから来た女の子もだ。
少しだけ異質な……。
今までは先生からしか感じなかった。だから、同じ香りが自分もすると思っていた。でも、違ったのかもしれない。
「俺もちょっと訳ありだからなぁ……」
「これだけ長い付き合いなのに、まだ隠し事が!?」
「ふっふっふ、その通りだ。気になるだろう」
「人間、一つや二つ隠し事くらいありますよね。それよりニコラくんです」
「スルーされた!?」
おじさんは油断するとすぐに説教くさくなるからなぁ。スルーが一番だよね。
「今度こそ私……」
「ああ、きっと大丈夫だ」
――どうして私がまだここにいるのかは分からない。
きっとまだまだ足りなかったんだと思う。だってあの時、バルトくんも皆も悲しそうにしていたから。私の最期を皆、知っていたから。死んだはずの私が現れて、楽しく一緒に過ごすなんてできない。そんなこと、分かってた。
楽しい学園生活を夢見ていた私の願いが大きすぎて、足りなかったんだ。
今なら。
私のことを知らない人たちと一緒なら、きっと楽しいだけの時間を過ごせると思う。未練もきっとなくなる。
そうして今度こそニコラ王子に、天に還してもらうんだ。
◆
彼女を見た時、なぜかそのままふっと消えてしまいそうに見えたんだ。溶けてしまいそうだと。
「何やってるんだ?」
「うぎゅ!? わ、私のことが見えるんですか!?」
入学式を終えて、一人になりたくて旧校舎へ来た。普通は立ち入り禁止になっているだろうに、なぜか何も案内はされていなかった。
誰もいないところで考え事をしたくてここへ来て――、そして屋上を見上げると彼女の姿を見つけた。その姿に誘われるように上ってきた。
「? そりゃ見えるだろ」
「ええっ、なんで! あっ、ニコラくんの親友だからかな。だから見えるんですか? でも、あの時だって秋まで見えなかったのに、おかしいです」
「……ニコラの知り合いか?」
それにしては、貴族のような雰囲気を感じない。あいつの知り合いは貴族ばかりのはずなんだが。
「ち、違います。会ったこともないです」
「それでニコラくん呼びはおかしいだろう」
「うぎゅー……」
「一応あいつの護衛も兼ねてるようなもんだからな。怪しいし、引っ捕らえるか」
「や、やめてくださいっ。先生! 先生、助けてぇぇ!」
……先生???
「お前、呼ぶなよ」
ギィと扉が開かれ、屋上にもう一人増えた。シルクハットをかぶりマントをつけた赤と黒の手品師のようなおかしなオッサンだ。
「変態か」
「違う!」
「入学式での余興担当か。見なかったということは、遅刻だな」
「ちっがぁぁぁう! さっきソイツが先生だと言ってただろう!」
「先生か。世も末だな」
「いや、先生でもないか……」
「変態か。やっぱり引っ捕らえるか」
「だから違うんだ!」
会話をしながら、考える。
さっきそこの女生徒は「私が見えるの」と驚いていた。ということは答えは簡単だ。
「なるほど、つまりゴーストか」
「はぁ……。ま、そんなもんか」
「よし、消そう」
思念は残りやすい。ここまでハッキリと人間の形をとるものは聞いたこともないが……通常は教会の浄聖師が依頼を受けてゴーストを浄化して回っている。
俺には強い浄化能力が備わっているからな。一撃だ。ここは学園だし、抜刀しても大して問題にはならないだろう。
鞘に手をかけると同時に、オッサンが叫んだ。
「待て待て待て待て! 俺たちのことは、ニコラ王子が夢結びの儀で天に還す。そう決まっているんだ! 展開を勝手に変えるな!」
「なんだと?」
「やっぱりニコラくんが私たちを天に還してくれるんだね、先生! リュークくん、秋頃になったら皆にも私の姿が見えると思うから、よろしくお願いしますなのですっ!」
……意味が分からねーな。
考えるのに疲れた。
ニコラに聞くか。
「よし、戻ろう」
「まてーい!」
そのゴーストの先生が頭をポリポリとかいた。
「どうしてお前がこのタイミングでここに来たのか分かんねーが、少し話だけ聞いていけ」
まるで、本当に生きているようだ。そのおかしな格好にそぐわず、瞳は真剣で深みがあり……。
「話だけならな」
「おう。手短に話す。お前にもやるべきことがある。パトロール隊の勧誘を受けなくちゃならねぇからな」
「……パトロール隊?」
「実はな――」
手短にと言ったわりには長い話だった。
そして、納得した。
俺が誰もいない場所に来たかった理由。考え事をしたかったわけ。それは……。
「ニコラとラビッツからは俺と同じ匂いがする。ゴーストじゃねーぞ? おそらく……前世を思い出した。そして、もう一つのこの世界について知っているはずだ」
やや変わってしまったように感じた親友の背景が多少分かって納得し――、俺が今ここでこの二人に会ったことは誰にも言わないことに決めた。
そうしてこの時から、旧校舎の女の子、セイナのことが気になり始めたんだ。




