38.その少女は
「みんな、おっまたせ〜っなのです!」
元気いっぱい花丸印☆ といった様子で、彼女がパトロール隊室へと飛び込んで来たのは十月に入ってからのことだ。
薄い水色のツインテールを左右に揺らしながら、黄色いリボンをぴょんぴょん跳ねさせている少女。
――わずかな間。そして。
「今日はどうして遅かったんですか、セイナちゃん」
初めて会うはずなのに、ルリアンはいつも通りの笑顔を向けて。
「栄養補給をしていたのです! 今日も美味しかったよぉ、購買の怪獣キャンディちゃん」
「にゃーはアレ、嫌いにゃん。舌が不気味な色になるにゃん」
トラは訳知り顔で話に乗り。
「えっ。ネコちゃんまで食べたって売り出せば、大ヒット受け合い! これは、チャンスなんじゃないですか〜!」
「やめなさい。普通の猫がお腹を壊すわ」
「ああ〜っ、盲点だった。さすがオリヴィアさん、痺れちゃいます!」
オリヴィアも当たり前のように受け入れて。そしてベル子も。
「私は購買の駄菓子だと、なぞなぞガムが苦手……解けなくてモヤモヤする……」
「えっ、答えも書いてあるのに!?」
「見たら負け……」
「何に負けてるのか分からないですよ?」
「自分に」
「きゃぁっ。かっこいいのです!」
おかしな丁寧語がよく混じる、初めて見るはずの女の子。
セイナ・ラミエル。
彼女がやってきた。
そして俺たちは……。
さっき部屋に彼女が入ってきたその一瞬で、記憶にある過去が書き換わっている。
「遅刻ではないから気にしなくていいわよ。ルリルリはまだペンデュラムを取り出してもいなかったし」
ラビッツは俺をチラリと見てからいつも通りを装って。
「ギリギリセーフでしたか!」
「お前が皆を待たせてたんだろ」
リュークがセリアの額を小突く。
とても親しそうに。
「うぎゅ。リュークくんだって、美味しいって言ってたよぉ」
そう。リュークはさっき、ルリアンの後ろから入ってきた。
「お前に付き合っただけだ」
違う。
ゲームと違う。
俺は心臓の音をバクバクと感じながら流れにのる。
「つまり、二人そろってベロが怪獣色になっているわけか。今日は何色なんだ?」
「ひぃほぉひぃ〜」
んべっと出したセリアの舌は緑色に染まっている。怪獣色に染まるのが怪獣キャンディの特徴だ。
またもやリュークが彼女を小突いて。
「ベロを出しながら答えるな、何言ってるのか分かんねーよ」
「うぎゅぎゅっ。皆なら、分かってくれてるはずなのですっ」
違うんだ……。
ゲームと違うんだよ。
胸が苦しくて仕方がない。
暗闇の中に真っ逆さまに落とされた気分だ。
俺は立ち上がって、机をポンと叩いた。
「よし。全員揃ったところで、夏休みに起こった出来事、ラッキースケベ事件について話したいと思う」
「突然あの朝チュンの話を始めるなんて、さすがニコラ王子! どんな話が飛び出すのかドキドキハラハラですっ」
「朝チュンじゃないから!」
ラビッツがすかさず突っ込む。
あの時、リュークたちが朝食を持ってきてくれた。
『おう。朝飯のサンドイッチ置いとくなー』
『ありがとな』
『きゃぁ〜! 素っ裸で何やってるんですかって分かりますよ、朝チュンですよね。もうっ、お勤めご苦労さまです〜!』
『朝チュンお疲れ。じゃーな』
『あ、朝チュンじゃないわよー!!!』
俺たちの記憶の中に彼女が現れた。
それが、書き換えられたあとだと知っているのは……俺とラビッツとトラと、そしてリュークなのだろう。
「あの時、俺はおそらくあの思念品に思考まで影響を受けていた。ドロドロしているから、脱ぎたいなと。早く脱がなければと思ったんだ」
「にゃーに両想いの相手がいなくてよかったにゃん。危うく素っ裸になるとこだったにゃん」
「ちゃんと穿いてたわよ!」
猫なんだから素っ裸でもいいだろうと言いたいところだが……話を進めよう。
「これから俺たちは、違和感を持つことが多いはずだ。自分自身やこれまでの過去を疑ってしまうことがあるかもしれない。それは、あの思念品以上に力を持つ何かのせいなのかもしれないし、その正体を突き止めたくなってしまうかもしれない」
大きく息を吸い込む。
彼女が現れたら言おうと思っていた。ゲームにはなかったけど、こう言うんだと決めていた。
「仮定の話ばかりで、しかも今は意味が分からないと思うが……頼む。違和感を無視してほしい。あの部屋を作り出したように、楽しい時間で時を満たしてほしいんだ」
誰もが普通に受け入れている。
でも……ここにいる誰もが、実は違和感を持っている。現在進行系で、違和感を……持っているんだ。
それを知っている俺だから、頼める。
「ありがとう」
セイナが静かに微笑んだ。
「ありがとう、ニコラ王子」
瞳に浮かぶ涙。彼女は俺の父親の前でも同じ姿だったのだろう。
「歓迎会をやろう」
「え?」
「全員の歓迎会だ。やらないまま今日まで来たからな。準備して、今度の休みには全員の歓迎会をやろう」
「わぁ、いいですね。私、お菓子を作ってきます」
「私も手伝うわ」
「ありがとうございます」
……大丈夫なのか。釘が打てるクッキーにはならないか。あのクッキーは美味しかったが。
「ニコラぁ? 今、失礼なこと考えなかった?」
「き、気のせいだ、気のせい」
バレてる……。
「私は部屋の飾り付けをする」
「それなら、にゃーはベル子にゃんに的確なアドバイスをするにゃん」
「ということは、私も飾り付け担当ね。あ、でも外でやるのもいいかもしれないわよ。学園の許可は必要でしょうけど」
オリヴィアも積極的になったものだ。
「わっ、私は、えっと」
「俺とリュークとセイナは、そわそわ担当だな。開始までそわそわしよーぜっ」
「わ、私だって何かしたいです〜!」
「セイナちゃんも、一緒に作りましょう? 宝石みたいな色とりどりのゼリーはどうでしょうか」
「ものすごく食べたくなってきました!」
「作りたくじゃねーのかよっ」
軽快なリュークの突っ込みは、親しさの表れだ。
ゲームでは夏休みまでに特定の女の子と仲よくなり、二人きりのデートが各ルートのエンドとなる。ベストエンドであれば、後日談が見られる形だ。
そして、全員を攻略すると、アナザーストーリーが解放される。
セイナ・ラミエルはアナザーストーリーで出会う少女。リュークとルリアンのベストエンドのあとの話。二人がまるで妹を見守るようにセイナと過ごす。そして最後には――。
この世界では違う。
今までの会話と雰囲気で察してしまった。
決意が揺らぐ。
どうしていいのか分からない。
ラビッツと恋人になった今の俺だからこそ、分かる。二人の間に、特別な空気を感じるんだ。リュークとセイナ、二人で過ごす時間がたくさんあったのだろうと――確信できるんだよ。
ゲームとは違った形のアナザーストーリーを歩んでいるじゃないかって。リュークと彼女が既に知り合っている可能性もあるかもしれないとは……わずかに思っていた。違和感もあった。
でも、まさか……この二人が既に特別な関係になっているなんて……。
何も知らないフリをして、苦い予感を飲み込んで笑ってみせる。
「楽しい歓迎会にしようぜ!」
俺にできるのは、それくらいだ。




