36.ラッキースケベ2
「こんなドロドロで自分の部屋を汚したくないわよ」
「自分の部屋じゃなくても……」
「こんな格好で他の場所なんて行けない」
「うっ」
自分たちの姿を改めて見る。
エロい。
どこからどう見ても、エロい。
「それに……真実の愛を見つけられないまま、逃げるの?」
「えっ」
「私たちの間には……やっぱり、まだないの?」
瞳がうるんでいる。唇はかすかに開かれ、吐息に混ざった甘い香りに理性が溶かされそうだ。
喉が乾く。いや、体全てが乾いているようだ。駄目だと分かっているのに、全て欲しくなってしまう。
「前世……でも、よく知らないけど真実の愛なんて用語が流行ってたよな。何をもって真実の愛だったのか知っているか?」
逃げた、のかもしれない。
ラビッツの問いから。
「真実の愛に目覚めたからって、婚約者に婚約破棄された女の子が幸せになるストーリーが流行っていたわね。こっちでも一時期流行っていたわよ、翻訳本がね。今はちょっと……違うのが流行っているけど」
「それは真実の愛じゃないんじゃ……」
「違うわね。大体ざまぁされる側の勝手な言い分よ」
「参考にならないな」
「ならないわね」
これの持ち主が何をもって真実の愛だと思っていたのかによるのか……。
思念は、叶わなかった強い願いが叶わないまま残ると形になってしまう。この持ち主は、真実の愛を見つけられないまま人生を終えたのかもしれない。
「真実の愛ってなんだー!」
「あっ、ネズミ人形のしっぽに引っかかって……っ」
「えっ」
ラビッツの水着がずらされていく!?
「おいっ、返せって。うわ、また滑って――」
「ちょっと、どこ触ってんのよ!」
「手がっ! 手が離れないっ!」
「離れないことある!? あぁもうホックも外れた!」
「離したくない!」
「もー! エロ王子!」
「布団だ、布団で隠せ! 根性で上がるぞ! ほら手を出せラビッツ」
「手を出したら見えるでしょうが!」
「あっそうか。よし、俺が。よーいしょっ。ああぁ!」
「ちょっと! どこに顔埋めてるのよ!」
「ぶもももも」
「変なとこでしゃべらないで!」
次から次へとラッキースケベが引き起こされていく。もはや止めようがない。
「もう限界だ、ラビッツ。責任とるから襲わせてくれ! あとでいくらでも謝る!」
「もう少し頑張りなさいよ!」
「無理なんだぁ〜!」
態勢を変えて組んず解れつを繰り返しながら、俺の上にラビッツが乗っかって強く抱き合う。互いに息が荒い、が。
……この態勢が一番何も起きない。
「ラビッツの部屋は、俺の責任で全部綺麗にする。転移しよう。他人の考えた真実の愛なんて気にしなくていい」
「なんでそう言えるのよ。こんな姿なのに、なんで我慢できちゃうの」
「好きだからだ。嫌われたくない。これからずっと一緒にいるのに、ラビッツの意思を無視したくない」
「どうして――、私のことが好きなの」
どうして???
「女性向けのゲームや小説はね、少し苦手なの。ヒロインは皆、素直で優しくて前向きで頑張り屋さんで。皆、そーゆー子が好きなんだなって。そんな子を応援したくなるんだなって」
こ、この態勢で真面目な話をするのか!? よし、全力で耳を傾けよう。煩悩から意識を逸らそう。
「男性向けは女の子が都合よく扱われいることもあるけど、このメーカーの作るゲームは好きだった。ウジウジして後ろ向きで色々間違えちゃって素直になれなくて。そんな子もヒロインの一人として、愛されてた」
「ああ。俺はそんな子のが好きだな」
「この思念品のこと、言いたくなかったの。言ったら逆に来そう派と来ない派にメンバーは分かれてたけど……」
誰がどっち派だ!?
俺のいないところで、楽しそうなことを……!
「来たら困るけど、でも来なくても傷つく。私とその……望んでないのかなって」
「そんなことあるかよ。俺は今すぐ全部脱がせたい。本当に限界だ。ギリギリなんだ」
「もうっ」
「でも、大事なのはラビッツの意思だ」
真っ直ぐに互いに見つめ合い、視線が絡まる。
「いつか、一緒に解呪しよう」
「え?」
「いつか、この思念品の願いを叶えてやろう。でも、今は転移しよう。いつかの日まで王宮に置いておこう。今じゃない。ラビッツの心が決まったらだ」
「…………」
「いつか、一緒にやらしいことをしよう」
かっこ悪いよな。
解決方法はラビッツの転移頼みだ。
「ほんとに、ムードづくりができなくて、おバカなことばっかり言う王子様なんだから」
ラビッツがむくりと起き上がった。ビキニはもうネズミ人形に取られている。
「ラ、ラビッツ!? 見えてるけどぉぉおぉぉぉっ!?!?」
「……大好き」
視界が遮られる。
唇が触れた。柔らかな温かさに、痺れのような甘さが全身を駆け抜ける。呼吸が混じり合い、体温を感じ合う。熱い吐息に夢中になり、何もかも分からなくなって甘く溶けてしまうようで――。
突然、浮遊感に全身が包まれた。
ベッドが光になって消えていく。
「浮遊!」
完全に消える前に、体を浮かせた。キラリと最後の輝きを瞬かせて、跡形もなく消失した。
「なく……なったわね」
「ああ」
よく分からないが、真実の愛に達したようだ。そうか……最後までするのが真実の愛かと思ったけど、違ったのか。
――ガチャリ。
「「え」」
突然、扉がまた開いた。
トラとオリヴィアだ。
「素っ裸で王子を誘惑。やるにゃんね〜」
「ちっ、ちがぁ!?」
「学園でするなんて不潔」
「し、してないから!!!」
「邪魔したわね。お楽しみ遊ばせ」
「待ってっ……!」
扉は閉められた。
「素っ裸じゃないから! 下は穿いてるからー!!!」
果たして、扉の向こう側に聞こえているのだろうか。
「あーもう! 着替えてくるから! 今日のことは、全部忘れなさいよね!」
「……忘れていいのか?」
「忘れたふりをしろって言ってるの! もうもうもうっ!」
そこにあったビニールプールで水を浴びて試着室へと入っていったラビッツに話しかけ続ける。
「結局、どうして水着だったんだ?」
「そこのビニールプールの思念品で遊んであげてるの。これからもここには入って来ないでよ。女子が着替えてるかもしれないわ」
「……分かった」
なるほどな。
これも、そうだったのか。
ラビッツと違って、俺の制服はドロドロだ。水を魔法で生み出して洗うか。
「さっきのマッサージオイルや石鹸はどこから現れたんだ」
せっかくだし石鹸を使わせてもらおう。お、バスタオルもあるじゃないか。床のドロドロを拭いて、一緒に洗うか。
「顧問からもらったって、リュークが持ってきたらしいわ」
あー、リュークは浄化のためにここに入れるのか。ずるいな。別に入りたいわけじゃないけどな。というか、顧問とやっぱり会ってるのか……。
「着替えたわよ……って」
「おう、お疲れ」
「なんで素っ裸なのよー!!!」
「え、洗ってる」
「下はちゃんと隠しなさいよ!」
「ラビッツの見ちゃったし、見せた方がいいかなって」
「だから下は穿いてるってば!!!」
「水着も洗うから寄越せよ」
「自分で洗えるわよ!」
ドスドスと音が聞こえるような足どりでラビッツが隣に来た。
――コンコン。
今度はノックだけだ。
「どうぞー」
「どうぞじゃないわよ!? あんたっ、その格好で……っ」
「おう。朝飯のサンドイッチ置いとくなー」
リュークだった。
どうやら誰かに何かを聞いたようだ。
「ありがとな」
「朝チュンお疲れ。じゃーな」
扉が閉められた。
「あ、朝チュンじゃないわよー!!!」
今日はたくさんラビッツの叫び声を聞いたなと思いながら、ゴシゴシと洗う。魔法世界は大変に便利だ。浮遊させて外に水を捨て、新たな水を生み出せる。
「ラビッツの体も洗ってやろうか?」
「結構よ!」
「裸の付き合いをした仲じゃないか」
「だから、忘れたふりをしなさいと言ったでしょう!」
胸ポケットの扇子で盛大にはたかれた。そんなラビッツの左手の薬指には、俺のあげたビーズリングが光っている。
「夏休みの課題が終わったら、たくさんデートしような」
ラビッツが、聞こえるか聞こえないか分からないほどのかすかな声で「……うん」と答える。
頷く仕草もどこかぎこちなくて愛おしくて――、もう一度扇子ではたかれるまで、俺は彼女を見つめ続けた。




