34.プール2
青く澄み切った空の下、俺たちは全力で遊んだ。
「水を使った、かっこいい必殺技考えよーぜ!」
「ニコラ、はしゃぎすぎ」
「灼熱スプラッシュ!」
「ま、待って! 今、炎出したでしょ!」
「この辺だけ温泉になったぞ!?」
「やっぱりニコラ王子はおバカ王子にゃんね」
と、自分たちの考えたかっこいい必殺技を披露もした。一緒にいることが当たり前になった仲間しかいないから、確かにはしゃぎすぎたかもしれない。
ベル子の「水割り」はまるでモーゼの海割りのようで(モーゼはラビッツにしか通じないけど)、どうしてそのネーミングなんだと笑った。オリヴィアの「レインボーシャワー」は綺麗だったし、リュークは「水面ダッシュ」とか言いながら忍者のように走っていた。ルリアンは「水球です〜」とふわふわさせて、ラビッツは「アクア・トルネード」と小さな水の竜巻を作ってから、「子供っぽいかなぁ」と恥ずかしがっていた。
我が嫁は、最高に可愛い。
早く本当の嫁にしたい。
一通り遊び、管理人室にいる職員に報告すると「ご苦労様、学園からの差し入れだよ」と「学園長の気まぐれバーガー」をドサッとくれたので、そのままプールサイドへと戻って皆でモグモグと食べた。ルリアンがなぜかレジャーシートまで持ってきていたので、ピクニック気分だ。
少しずつ日が落ちていく。
「空が赤くなってきましたね」
誰もが自然と空を見上げた。
まるで絵画のようだ。雲の端が燃えるように輝き、プールの水面にもその色が映り込んでいる。風が少しだけ涼しくなり、さっきまでの自分たちの笑い声まで遠く感じる。
「ずっと、こうやって皆と遊んでいたいです」
ルリアンの言葉に、誰もがうなずく。
「うん。すごく楽しかった」
ベル子もよく笑うようになった。無表情キャラだったんだけどな。そんなゲームとの違いが嬉しい。
「今から卒業するのが寂しくなるわね」
「卒業してからも、毎年集まるのもいいかもしれないな。王宮にプールつくっとくぜ!」
「……夏しか集まれないにゃんね」
「俺の炎で温泉にしておこう」
「加減が難しそうにゃん。普通にお湯を入れる方がいいにゃん。そもそもプールにする必要性を感じないにゃん」
「……トラはほんとに律儀に突っ込むよな」
「ニコラ王子がおかしいだけにゃん」
「まぁでも……」
リュークがポツリと呟いた。
「皆で集まれたらいいよな」
卒業はまだ二年以上先なのに、その表情にはほんの少し影が差して見えた。気のせいだろうか。
ルリアンがバーガーの包み紙をまとめ始め、他のメンバーも手伝う。もう終わりの時間だ。もうすぐ夜になる。
俺は、皆に気づかれないようにそっとラビッツに耳打ちした。
「ラビッツ、このあと少しだけ時間あるかな」
「? いいわよ」
夕焼けに照らされた頬はほんのり赤く染まっていて、どこか色っぽい。髪に残る水滴が光を受けてきらめいている。
「来年も誰かクラゲを量産してくれないかなー」
「私もそう思っちゃうわね」
皆と笑い合いながら、俺たちは帰路へとついた。
◆
寮の手前でラビッツと二人で道を外れる。辺りはすっかり暗くなってしまった。
「それで、どうしたの?」
「ものすごく待たせてごめん」
ポケットから小袋を取り出す。中には手作りのビーズの指輪。
「納得いくのが、なかなか出来なくてさ」
「そうかなって思ってたわ。はめて?」
「あ、ああ」
躊躇いもなく左手を出してくれるラビッツに胸が高鳴る。
「……すごい。フラワーリングね」
赤とピンクのコスモスを模した小さな花の輪が、ラビッツの薬指を彩る。
「これ以外に、練習でいくつ作ったの?」
「え」
「知りたいんだけど」
「んっと、じゅっ……いや、はち、いや、ろ、ろくくらいかな……」
つい引かれるかなと少なく告げてしまう。
「やっぱりね。ニコラらしい。でも、思った以上だわ。それも全部ちょうだい」
「いやいや、もうこれがベストだから。他はなかったことにしよう」
「……思念品になっちゃうかもしれないわよ?」
否定はできない。ラビッツにつけてほしいと心を込めながら作っていた。
「大丈夫だ。そうなっても、いつかは消える」
誰の記憶にも残らなくなれば。
「可哀想じゃない。使い倒してあげるわよ」
「ええー……」
「それから、私からも」
ラビッツが鞄の中からフェルト人形を取り出した。
「三つもある!?」
俺っぽい人形とラビッツっぽい人形と、ウサギ人形だ。
「ニコラが全然指輪をくれないから、待ちくたびれて三つも作っちゃったのよ」
「すみませんでした……」
「いいわよ。う、嬉しかったし。それに、私も指輪と交換で渡したかったから。途中からは出来上がるまで待っててって気分になったわ」
「そ、そっか」
俺の指輪と同様に、作るたびに上達しているのが分かる。たぶん、ウサギを最初に作ったんだろうな。
「ほんとはさ、出来上がったら初デートの約束をして、その日に渡そうと思ったんだ」
「初デートは、この前の夜の空中ドライブでしょ。違うの?」
「あ、そうだな。確かにそうだ。えーっと、二回目のデートで渡そうと思ったけど、あまりにも待たせたから早い方がいいかと思ってさ」
「そうね。忘れられたのかなって少し心配になったわ」
「ごめん」
「……三つも作ったんだから、指輪もたくさんちょうだいね」
「分かったよ」
ラビッツが薬指に光る花を眺め、ふっと微笑んだ。その笑顔だけで、今日までの全部が報われた気がした。
――恋ってすごいんだな。
相手の喜ぶ顔だけで幸せになれる。
「じゃ、帰るか」
「……ええ」
並んで歩き出すと、互いの指が当たった。それだけ近い距離を並んで歩くようになった。そっと握っても離されない。
そして、ふと思い出す。
ラビッツにムードづくりをしろと言われていたことを。
互いのプレゼントを贈り合ってすらいいムードになれなかったのなら、結婚するまでこれ以上進展しないんじゃないのか!?
いい雰囲気にしないと、と思った瞬間から突然焦りだす。
「ララララララ、ラビッツ」
「突然歌い出して、どうしたのよ」
このままだと、寮へと辿り着いてしまう。しかし、いい台詞は何も思い浮かばない。
ムードってどうやって作るんだ!? ラビッツは既に呆れ顔だぞ!
「ニコラ?」
「えっと、あー、うー、た、たくさん指輪を作った俺に免じて、目をつむってください!」
訳の分からない言い回しをしてしまった! ああっ、しかめっ面で睨まれてしまっている! だんだんと無表情になり――、
「はい。閉じたけど?」
なんだと!?
閉じた!?
ど、どうしたらいいんだ。
キスしてもいいのか!?
ドキドキしながら顔を寄せる。唇まであと数センチ。胸の奥で心臓が跳ねる。耳まで熱くなる。そのぷっくらした唇が、鮮明に目に入る。手のひらは汗ばんで、息が乱れて。
頭の中で「本当にいいのか?」と自問自答し続ける。あと少し。ほんのわずか。
「おそいっ」
間近でラビッツが目を開くと、ふわっと俺の唇に彼女の唇がかすめた。
「もうもうっ。したいなら、さっきのいいムードだった時にしなさいよ!」
えええ!?
それはいつだ!?
「だ、大サービスなんだからねっ! 指輪くれたからなんだからっ。次はちゃんといい雰囲気にしてよね!」
「ま、待ってくれ。なんで涙目なんだ」
「恥ずかしいからに決まってるでしょ! このバカぁ! もう行くから!」
「あ、その前に!」
「なによっ」
「えっと、デートの場所はどこがいい?」
「ニコラが決めた場所がいいの! もう今度こそ行くんだから!」
パタパタとラビッツが寮の方へと走り去っていく。本格的に俺は、ムードづくりについて考えた方がいいのかもしれない。
恋人がいる男って大変だな!?
そう思いながらもニヤけてしまうのは、仕方ないだろう。俺は今日、寝るまでニヤけている自信がある。




